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2013年10月13日

ガルパンラジオ#32 「フンメル」

WW2ドイツの自走砲、フンメルことSd Kfz 165の特集ですね!
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西住みほ @Miho_Nishizumi

今週も始まりました戦車トークラジオ企画『ガルパンラジオ』! 大洗女子学園あんこうチーム車長、西住みほです! #gpradio

2013-09-28 21:01:40
西住みほ @Miho_Nishizumi

今週はWoTでもおなじみの自走砲『フンメル』特集です! #gpradio

2013-09-28 21:03:34
西住みほ @Miho_Nishizumi

III/IV号自走砲フンメルは、第二次大戦中にドイツで開発された自走砲です。III号戦車・IV号戦車からそれぞれパーツを流用して制作されたIII/IV号車台を利用したもので、15cm榴弾砲を搭載しています。 #gpradio http://t.co/3kWrqPdFPb

2013-09-28 21:06:10
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西住みほ @Miho_Nishizumi

運用していたのは主にドイツ国防軍。1943年から終戦まで運用されました。フンメルという愛称は「マルハナバチ」という意味です。制式番号は『Sd Kfz 165』になります。 #gpradio

2013-09-28 21:08:59
西住みほ @Miho_Nishizumi

ドイツ軍は、第2次世界大戦が始まって間もない1940年に、戦車としては旧式化していたI号戦車の車台を使って、チェコ製の43.4口径4.7cm対戦車砲PaK(t)を搭載したI号4.7cm対戦車自走砲や(続く #gpradio

2013-09-28 21:11:16
西住みほ @Miho_Nishizumi

(続き)11.4口径15cm重歩兵砲sIG33を搭載したI号15cm自走重歩兵砲を実用化していました。 #gpradio

2013-09-28 21:12:53
西住みほ @Miho_Nishizumi

1940年5月10日に開始されたフランス侵攻作戦で実戦に投入されたこれらの車両の活躍は、ドイツ軍に自走砲の有効性を強く認識させることになりました。 #gpradio

2013-09-28 21:15:21
西住みほ @Miho_Nishizumi

さらに、1941年6月22日のバルバロッサ作戦発動によりソ連に侵攻したドイツ軍は、戦訓により、より強力な対戦車自走砲の必要性を認識すると共に、まだ着手していなかった榴弾砲の自走化も早急に行う必要があるとの認識を高めることになりました。 #gpradio

2013-09-28 21:17:30
西住みほ @Miho_Nishizumi

当時、ドイツ軍の主要榴弾砲には28口径10.5cm軽榴弾砲leFH18と、30口径15cm重榴弾砲sFH18が存在していました。ですが、当時のドイツ軍にはこれらの榴弾砲を搭載するのに適当な戦車車台がありませんでした。 #gpradio

2013-09-28 21:19:50
西住みほ @Miho_Nishizumi

10.5cm軽榴弾砲leFH18は、後にII号戦車の車台に搭載されてヴェスペ自走榴弾砲となりましたが、この時には、同時期に開発が進められたマルダーII対戦車自走砲の生産が急務であったことと(続く #gpradio

2013-09-28 21:21:51
西住みほ @Miho_Nishizumi

(続き)10.5cm軽榴弾砲leFH18は、マルダーII対戦車自走砲に搭載された7.5/.62cm対戦車砲より重く、弾薬庫および作業スベースも多く必要なため、II号戦車の車台では小さいと判断されたようです。 #gpradio

2013-09-28 21:22:54
西住みほ @Miho_Nishizumi

そこで、10.5cm系榴弾砲leFH18を搭載するための自走砲用車台が開発されることになりました。この時点では15cm重榴弾砲sFH18の方は自走化されることを考えられていなかったようです。 #gpradio

2013-09-28 21:24:58
西住みほ @Miho_Nishizumi

自走砲専用車台は、1941年9月の段階でIII号戦車とIV号戦車のコンポーネントをできる限り流用し、これを使用した自走榴弾砲の戦闘重量を23.5トンとすることが兵器局で検討されていました。 #gpradio

2013-09-28 21:27:02
西住みほ @Miho_Nishizumi

自走砲専用車台の開発はアルケット社が担当。名称は「III/IV号火砲搭載車両」とされました。III/IV号自走砲用装甲車台の開発は1942年になって本格化しましたが、特に急ピッチというわけではなかったようです。 #gpradio

2013-09-28 21:29:09
西住みほ @Miho_Nishizumi

何故かというと、III/IV号車台に搭載する火砲について再検討が行われていたからです。III/IV号車台は大型で、10.5cm軽榴弾砲を搭載するにはオーバースペックだと考えられたためです。 #gpradio

2013-09-28 21:31:10
西住みほ @Miho_Nishizumi

1942年7月、10.5cm軽榴弾砲はII号戦車の車台に搭載できることが判明。アルケット社でII号戦車の車台に10.5cm軽榴弾砲を搭載した自走榴弾砲(後のヴェスペ)の開発が開始されます。 #gpradio http://t.co/6KMrQ1tgIb

2013-09-28 21:33:13
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西住みほ @Miho_Nishizumi

III/IV号車台には15cm重榴弾砲、あるいは8.8cm高射砲の搭載を新たに検討することになり、1942年7月からの総統会議でIII/IV号車台には15cm重榴弾砲を搭載することをヒトラーが決断。7月25日に命令が下されます。 #gpradio

2013-09-28 21:35:31
西住みほ @Miho_Nishizumi

この試作車両は、1942年10月に完成。ヒトラーに披露されました。この試作車は生産型と異なり、III/IV号車台が使われていませんでした。IV号戦車の車台がそのまま使用されていたそうです.そのため、戦闘室に比べて車体がかなり短かったとのこと。 #gpradio

2013-09-28 21:37:53
西住みほ @Miho_Nishizumi

15cm重榴弾砲には後座量を減らすために単作動式の砲口制退器(マズルブレーキ)が取りつけられていましたが、これも生産型では廃止されています。 #gpradio

2013-09-28 21:39:32
西住みほ @Miho_Nishizumi

ヒトラーはさらにIII/IV号車台に8.8cm対戦車砲を装備した車両(後のナースホルン対戦車自走砲)の開発も要求しました。 #gpradio http://t.co/ZVCMgQbNB1

2013-09-28 21:42:04
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西住みほ @Miho_Nishizumi

III/IV号車台を使った自走榴弾砲はこの時点ではまだ愛称がなく、1943年2月2日に『III/IV号火砲搭載車両によるsFH18/1フンメル』と決められました。でも、ヒトラーがこの愛称を却下。sFH(重野戦榴弾砲)はsPH(重装甲榴弾砲)に変更されました。 #gpradio

2013-09-28 21:44:14
西住みほ @Miho_Nishizumi

そのため、正式名称は『III/IV号火砲搭載車両によるsPH18/1自走砲』となりましたが、実際には『フンメル』の名称も使われ続けていました。 #gpradio

2013-09-28 21:46:32
西住みほ @Miho_Nishizumi

開発経緯はこのへんにして、構造について見てみましょう。まずは主砲の構造から。フンメルの主砲に採用されたのは30口径15cm重榴弾砲sFH18ですが、これは元々ドイツ軍が第一次大戦で使った17口径15cm重榴弾砲sFH13の後継として開発されたものです。 #gpradio

2013-09-28 21:48:59
西住みほ @Miho_Nishizumi

研究開発は1920年代中頃から開始され、1933年に制式化されました。本来ならsFH33と命名されるはずですが、そこは敗戦国の辛いところ。ベルサイユ条約で兵器開発を表立って出来ないドイツは1918年の開発に見せかけた、というわけです。 #gpradio

2013-09-28 21:52:44
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