モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Autumn IV~
- IngaSakimori
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週末が近づくにつれて、季節外れの台風が二つほど日本列島をかすめていったが、志智のテスト結果は平均点という名の海を、波任せで航海する船のようなものだった。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:13:43「さて……雨はやんだけど、なあ」 土曜日の午前。 前日までのバイト疲れが抜けきっていない体を引きずりながら、ベランダに出て空を見つめる志智の表情は冴えない。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:13:49台風はそろそろ茨城県沖にいる頃だろうか。 都内は直撃こそ免れたものの、延々と四日間も続いた雨で、どこもかしも濡れ放題だった。 気温は今もって低く、アスファルトの路面には黒い染みのような雨の名残が盛大に残っている。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:13:57(もっとも、俺のバイト的には風が強くなかったのが助かったな……雨続きで疲れはひどいけど……) 志智が安堵しているのは、何も転倒を恐れていたからではなかった。働ける日が一日減れば、それは直接、毎日の生活に響くのだ。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:14:17と、その時。 「ん~……お兄ちゃん、おはよ~……今日も出かけるの~?」 振り向くと、ワイシャツ一枚の千歳が目をこすりながらゆらゆらと体を揺らしていた。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:14:32「ああ、そうだけど━━って、今は十時か。千歳にしては朝遅いな」 「ごめんね、テストがあったから、委員会のお仕事がたまってて……」 「なるほどな」 どうも夜遅くまで学校から持ち帰った雑事に追われていたらしい。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:14:49(我が妹ながら、俺なんかよりずっと働き者だよな……) 来年からはぜひ生徒会にと誘われているらしいが、よほど頑張っているのだろう。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:14:57「うにゅ~……眠い……お兄ちゃん、お腹空いてる……空いてない?」 「朝ご飯は昨日の残りとかで、適当に食べたよ。 今日はもう少し寝てろって」 「う~……お兄ちゃんがベッドまでついてきてくれたら、寝る~……」 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:15:07「はいはい。甘えん坊さんめ」 「くぅ……」 志智が肩に手を置くと、千歳はわざとバランスを崩したようにもたれかかってくる。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:15:14「ほら、歩く歩く」 「んぅ……」 ふらふらと落ち着かない妹の体を支え、抱き上げ、ベッドに横たえると、志智は千歳の部屋のカーテンを閉め切り、電気も落としてしまった。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:15:27「あれぇ……暗いよぉ……?」 「日の光をさえぎった方がよく眠れるんだよ。夕飯時には帰ってくるからな」 「うん……お兄ちゃん、いってらっしゃい~……」 「ああ、いってきます」 音が立たないように千歳の部屋のドアを閉める。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:15:34「……ふう」 休日のリビングは主を失ったかのような、気まずい沈黙で満たされていた。 「……千歳がいないと、なんか空気が違うよな」 志智の呟きはしかし独り言ではない。 主はいなくても、そこで見守っている者はいるのだから。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:15:43「いってくるよ、父さん、母さん」 仏壇に並んだ遺影へ手を合わせると、三鳥栖志智はまだ雨の匂いが残るヘルメットを手に取った。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:15:55都市部の道路は10分、20分ごとにみるみるとその色を変えていく。 雲が残るとはいえ、日光の力は偉大だと思わされる。 しかし、あきる野を抜けて檜原街道の山間部に入ると、木々の陰が路面の乾燥を厳然と拒否していた。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:16:33(これは周遊の中は、すごいことになっていそうだな……) 山肌の法面からあふれかえった水が、道路を横断している。 タイヤで水面を切りつけつつ、志智は自分の中にあるライディングの感覚を、晴天時のそれとは異なるモードへと切り替えていく。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:17:05そして━━ 「いよ、ちゃんと来てくれたな。ふーん、何しろこんなコンディションだから、ドタキャンされるんじゃないかと、少しだけ心配したぜ」 「いや、このくらいなら走ってみせますよ」 「そう来なくちゃ。それでこそバイク便ライダーってもんだよな?」 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:17:17大多磨周遊道路・川野駐車場へ志智のスパーダが滑り込むと、茂草弘は待ちかねていたように右手を挙げた。 もっとも、その心は志智自身には向いていないようで、誰かを探すように辺りを見回している。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:17:28「ところで三鳥栖君。 あのふわふわ金髪きゅんきゅんぷにぷにほっぺの美少年くんは来ていないのか?」 「いや、分からないですけど……今日は来ないんじゃないかな」 「なにぃぃぃぃぃっ!? マジかよ! くっそ、そのままお持ち帰りする予定だったのに!」 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:17:45「は、はあ」 お持ち帰りという言葉の意味を理解しかねつつも、志智が視線を巡らすといつものように吉脇のハイエースの傍らで、ゴシックロリータ姿の亞璃須が紅茶を飲んでいた。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:18:00「ごきげんよう、志智」 「この時期だとツナギよりその格好の方が快適そうだな」 「そうでもありませんわ。意外に通気性が良いので、風が吹くと寒いのです」 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:18:32「へえ、そういうものなのか。ところでお前、今日は走るのか?」 「そうですわねえ……」 小首をかしげながら、亞璃須は意味ありげにハイエースの方を見る。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:18:36(ん……?) スモークウィンドウの先は判然としないものの、どうやら亞璃須のXR650Rはそこにあるようだ。 だとすれば、毎度のようにレーシングスーツも持ってきているのだろう。走らない理由はないはずだった。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:18:55「なんだ体調悪いのか?」 「体調が悪いというか、気分が乗らないといいますか」 「……生理か?」 「スパーダのタンクにこれ、入れてあげましょうか?」 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:19:11「いや、すまん。冗談だ。エンジンが壊れるからやめてくれ」 「まあ実際のところは、少しパワーが落ちる程度だと思いますけれども」 亞璃須はつまみあげた角砂糖をティーカップへ放りこむと、志智に手招きして耳打ちする。 #mor_cy_dar
2013-10-31 20:19:58