公開読書(『べてるの家の「当事者研究」』被害妄想の研究)

まとめました。
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ロクゴー @rokugoooooo
明日は、っていうか今日は#福岡当事者研究会 です。今回は、『べてるの家の「当事者研究」』(医学書院)から、被害妄想の研究(清水里香さん、p93~109)を取り上げるので、その前半だけ公開読書してみようと思います。なんで前半だけかというと、後半はまだまとめて無いからです笑
ロクゴー @rokugoooooo
この章では、被害妄想と幻聴の苦労を持つ清水里香さんが、べてると出会ってどう変わったのかが描かれています。 研究テーマは、「なぜ、被害妄想であることに気づくことができなかったのか」「なぜ、気付いたのか」「なぜ、今は毎日の生活の中で被害妄想を「消化」できているのか」の3点。
ロクゴー @rokugoooooo
【補足:当事者研究】当事者研究とは、べてるの家で始まった取り組みで、精神障害を抱える当事者が、自分自身の抱える苦労について、当事者仲間やサポーターの力を借りながら研究するというものです。 最近では、精神障害だけでなく、地域活性化や、発達障害の分野にも取り入れられています。
ロクゴー @rokugoooooo
前半は、清水さんの苦労の始まりについて描かれています。 はじめに、自分の思考が他人に筒抜けになっているという感覚に襲われたそうです。これは、医学の世界では「考想伝播」、べてるでは「サトラレ」と呼ばれる苦労で、ちょうど漫画の「サトラレ」と同じ感じだそうです。
ロクゴー @rokugoooooo
そして、「サトラレ」に続いて、自分を責める幻聴が聴こえるようになりました。 医者に行っても信じてもらえず、薬を飲んだが症状があまり良くならず、いつしか引きこもるようになったということです。 この時期ついて、清水里香さんは「幻聴に依存していた」と述べています。
ロクゴー @rokugoooooo
「(幻聴に依存しているという)その証拠に、途中、どういうわけか幻聴が和らいだ時期がある。幻聴と被害妄想は双子のようなものである。わたしは、幻聴にすら見捨てられたさびしさで、身体にポッカリと大きな穴が空いたようなスカスカの自分になっていた。わたしはその「空虚さ」に耐えられなかった。
ロクゴー @rokugoooooo
それはまるで生きている目的を失ったかのようだった。(中略)つまり幻聴と被害妄想は、「空虚さ」というわたしのこころの隙間を埋め尽くし、「生きていることの虚しさ」という現実からわたしを避難させるという役割を果たしていたといえるのではないか。(p97~98)」
ロクゴー @rokugoooooo
このように、「自分いじめ」が、実は「自分助け」の役割を果たしていた、と清水さんは考察しています。それ故に、「それが被害妄想であると気づくこと自体が、わたしにとってはこわいことだった。(p98)」のです。
ロクゴー @rokugoooooo
本書ではここで補足として、「苦労のピラミッド」という図が添付されています。このサイト(http://t.co/IQuYe9iyRM)の下の方に解説付で載っているので、こちらをご覧下さい。清水さんの幻聴や被害妄想の苦労は、図の一番上、みかけの苦労(=病気の苦労)に当たります。
ロクゴー @rokugoooooo
みかけの苦労が無くなると、その下の、「現実の苦労」や「本質的な苦労」に下りざるを得ません。その意味では、幻聴や被害妄想の苦労は、清水里香さんをピラミッドの一番上に留めて、それより下段の苦労に直面しないよう守っているのです。これが「自分いじめ」が「自分助け」になるという意味です。
ロクゴー @rokugoooooo
以上、前半でした。清水さんが浦河に来て何に気がついたのか、幻聴・被害妄想の苦労とどんな風に付き合い方を変えていったのか気になる方は、今日の #福岡当事者研究会 に来られるか、『べてるの家の「当事者研究」』読んでみて下さい。 #当事者研究

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