悪い男に騙される山城【解】『HAruna's waRD』真最終章其の参『よびさますこえ』
まだふらふらする頭と両脚で、なんとか立ち上がる。ずぶ濡れの身体に風が冷たい。 …。 海上に一隻のボートがこっちに向かっているのには気付いている。 空を飛び交う無数の瑞雲の存在にも。
2013-12-08 17:29:48「おつかれちゃん、榛名。生還できたんだね、おめでとう」 横を向けて停止したボートの上で、紫水が笑む。後ろに控える山城がちらりとこちらを見てから目を逸らす。 「まぁ、とりあえず着替えなよ」 紫水の声に、山城がこちらを見ないで大きなトランクを放り投げてきた。砂浜に突き刺さる。
2013-12-08 17:34:40中を開けると、大小のタオルと洗いたての衣装が入っていた。何故か私の下着も用意されている。何も口にはせずに、とりあえず囚人服をその場で脱ぎ捨てる。 朝日が照らす海岸で裸になるのも悪くない。奴の視線は完全に無視する。
2013-12-08 17:38:02お気に入りのショーツだけを履いて、バスタオルで頭をがしがしする。 当然ながら武装は入っていない。 …。 着替え終わったら奴が何を言い出すかをなんとなく予想する。 あちこちにある身体の傷はまだ塞がっていないのも多く、身体を拭くとタオルに染みがついていく。 奴は何も言わない。
2013-12-08 17:40:32…聞いていい? サラシを胸に巻きながら、問い掛ける。 「なんだい?」 ボートの上で朝日を向いてタバコを吸いながら、奴が答える。 どうして鎮守府を滅ぼしたいの? 奴の吐き出した煙が風に吹かれて消えていく。 「…それはもう答えたはずだけど」 奴の顔は見えない。
2013-12-08 17:43:35靴下を履く為に、近くの岩に腰を下ろす。 …本当は? 波がボートに当たる水の音だけが響く。 「…復讐だよ」 顔を上げる。奴が吸殻を海に放り捨てた。 鎮守府に恨みが? 朝日も徐々に顔を上げていく。 「俺がどうして『鬼』とそれに関わる裏に気付いたと思う?」
2013-12-08 18:03:10過去3人の奴に治療されたという艦娘の資料を思い出す。こないだ実際に対面した新月の姿も。 生駒、若宮、新月。私と山城と同じく『鬼』をその身に宿した艦娘を。 知ったこっちゃないわよ。 衣に袖を通し、腰帯を掴む。 「そりゃそうだ。…生駒は俺の恋人だった」 …え?
2013-12-08 18:08:33「榛名が見た資料じゃあ、あの3人とも同じ被害者だとでも思ったんだろ? 違うんだ。生駒は本当に『治療』していた」 …。 「彼女は当時、優れた運動性能とセンスから非常に期待されて前線に加わった。まだぺーぺーだった俺と付き合い始めたのもその頃だ」 前髪をかき上げ、髪飾りを着ける。
2013-12-08 18:14:23「だけど彼女は全然活躍できなかった。足を引っ張ったとすら言っていい。ろくに戦績も残せないのに、いつも入渠ばかりしていた」 山城が、紫水を見る。 「理由は簡単だ。弱気で内気、臆病で何事も全て後ろ向きに捉える性格がいけなかった。常におどおどしている姿は、仲間からも目を逸らされた」
2013-12-08 18:18:42山城はにこにことはしておらず、かすかに憂いを帯びた目で話を聞いている。 「俺は恋人として医師の端くれとして、彼女を励まし続けた。彼女を応援し続けた。けれども、戦線での彼女の評価は日に日に落ちていく一方だった」 奴が新しい煙草に火を点ける。 「そんなある日」
2013-12-08 18:21:22「彼女はMVPをとった。単独で敵をやり過ぎなレベルで屠ったらしい。仲間はいつもの生駒と別人のようだった、と話していた。翌日にはまたただのでくの棒になっていたらしいがね」 …それって。 「それからも彼女はたまに、豹変して活躍する事が増えていった」
2013-12-08 18:24:12「いつかはその共通点に俺も彼女も気付いた。そう、俺と夜を過ごした翌日にだけ、彼女は『鬼』になっていたのさ。持っているスペックは高いだけに、性格さえ戦闘を拒まなければ彼女を止められる敵艦隊なんかいるわけがないんだ」 結末が。 見えてきて。
2013-12-08 18:26:59「ずっと悪く言われていた彼女は、戦えるきっかけである俺との関係に気付いてから一層、俺との行為を求め続けた。端から見れば壊れてるように見えたかもな。愛している俺は彼女を拒まなかった。どんどん戦果を挙げていった。伴い俺も昇格していった」 その結末は。 きっと残酷で。
2013-12-08 18:30:11山城と私が鎮守府から話されて幽閉された理由。 条件を満たした艦娘達に『人格』を植え付けてまで抑制する理由。 生駒が、消された理由。
2013-12-08 18:32:29「彼女は『鬼』になり得ると、上層部は判断した。あとは早かった。彼女はろくな武装も持たされないまま前線に置き去りにされた。それをおかしいと思った当時の彼女の仲間が、ひっそりと彼女を助けに行ったが、全ては手遅れだった。俺の元に帰ってきたのは彼女に贈った髪飾りだけだった」
2013-12-08 18:34:38静寂が。 「そもそも彼女を弱くしたのは誰だ? 奴らだ。素のままの彼女であれば、彼女は最初からまともに戦えていた。俺と出会わなかったかもしれないが、彼女は死なずに済んだ。最後に彼女を殺したのは誰だ? 奴らだ。だから俺は奴らを許さない。そう決めた」 太陽は何も知らずに昇っていく。
2013-12-08 18:38:04「俺は必死でこの立場までのし上がった。そして全てを知った。彼女に施された暗示、彼女に下された処分、彼女を失った理由。だから決めたんだ。奴らが忌み嫌う『鬼』の力で、奴らをこの世から消し去ってやるってな」 …紫水。 「ん?」 貴方は間違っているわ。
2013-12-08 18:41:00「おいおい榛名。『彼女はそんな事を望んでいない』だとかお決まりでお約束なセリフを言うなよ? そんな事は『わかってる』んだ。俺が愛した彼女は作られた『人格』だという事も、その『人格』が無ければ結局彼女はいつか『鬼』になって消されていたという事も、全部『わかってる』。その上で俺は…」
2013-12-08 18:43:07違う。そうじゃない。 「あ…?」 私は生駒さんに会った事はないし、どんな人かも知らない。 でも、これだけは言えるわ。 「…」
2013-12-08 18:45:36私達は戦う。 戦う為の存在だから。 でも何も無しに戦う事なんてできやしない。 誰も戦えるわけがない。 みんなみんな大切な物を守りたいだけ。 提督を姉妹を帰る場所を誇りを思い出を、恋人を! 大切な何かを守る為に、命を賭けて戦っている! それだけの為に、私達は戦っているんだ!
2013-12-08 18:49:13生駒さんが今のあんたをどう思っているか望んでいるかなんて、どうでもいいわ! ただ、生駒さんが『守りたかった』あんたが、彼女の意思を決め付けて自分勝手なわがままに利用している、それが私には許せない! 艦娘の想いを、馬鹿にしないで!
2013-12-08 19:01:36あんたが私を復讐の道具にしようとした事はいいわ、甘かった私が悪いんだとチャラにしてあげる。 けど! 私の守りたい姉さん達を霧を山城を提督を鎮守府をみんなを思い出を、最上さんを! 奪おうとする事は許さない! 絶対に、許さない! 絶対に、榛名は、許しません!
2013-12-08 19:06:49