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Mattover @mat_over
移動の間に書き溜めておこう。ジョルジと僕が知り合いになった経緯。 ジョルジがレイソルに来ると言う噂になったのは2010年の夏か秋頃だった。大津がリハビリのためにサンパウロFCのトレーニングセンターにいた頃の事だ。
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大津のリハビリの記事とともに、そのサンパウロのワグネルが柏に来ると言う報道がブラジルでされていた。 昔から僕はブラジルサッカーに興味があって、それ故にポルトガル語も学んだ人間なのでジョルジの事を色々調べた。左利きでFKも蹴れて、かなりすごい選手らしい事がわかって色めき立った。
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更に調べるとTwitterのアカウントが存在する事がわかった。フォローしてリプライを送ってみた。「日本にようこそ!歓迎するよ!何か困ったら連絡してね!」と。当然返信はない。
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そんな事してるうちに本当に彼の加入が決まって日本にやって来た。時々Twitterでポルトガル語でメッセージ送ってたけど、当然返信はなくフォローしてくれる訳もない。そんなこんなで2011年のシーズンインを迎える。
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デビュー戦の清水戦はご存知の通り。ジョルジがFKを自ら決めてデビューを祝った。その試合でジョルジの奥さんがTwitterに自ら撮影したゴールシーンの動画を公開してて、それをみんなにRTしたり、返信したりして僕もデビューを祝った。だけどやっぱりなんのリアクションもなし。
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そこに来たのが3.11。レイソルはアウェイ、セレッソ戦に向かう新横浜駅の新幹線の中で震災を迎えた訳だけど、ブラジルでは地震が起こらないのでみんなひどく怖がった。当時レイソルにいたホジェルは「ブラジルに帰りたい」とその場で漏らしたくらいだったらしい。
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ただ、恐怖を感じたのは選手だけじゃなかった。その家族もひどく恐怖を感じていた。ツイッターでフォローしていたジョルジの奥さんが「どうすればいいの!?家にいればいいの?それともどこかに逃げないといけないの!?」と混乱しているのを見て、僕は彼女にニュースを翻訳したものを送り続けた。
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実はこの年まで僕は大阪に住んでいたので、全く揺れない関西にいて貢献できるとすればポルトガル語を使って日本に住むブラジル人を支援する事なんじゃないかと思って震災直後からポルトガル語でツイートし続けていた。結局、これが理由でジョルジの奥さんといくらかやり取りをする事になる。
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ちなみにホジェルの混乱はかわいそうなくらいで、混乱の中彼の自宅の電話番号が僕に知らされたりした。結局かけた事はなかったけど。 そんな不安な数日間を過ごしてジョルジたちはブラジルに帰る事になる。皆さんも同じ気持ちだったと思うけど、世界から見捨てられたような気分だった。
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でも一方で仕方ないと思う気持ちもあった。日本人でも恐怖を感じるのに、ましてや地震のない国の外国人が安心して日本に暮らせる訳がない。帰国してしまうのも、二度と帰って来ないとしても仕方ないと感じる部分があった。
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でも、その頃のジョルジやネルシーニョがブラジルに伝えた震災の様子は好意的なものだった。なにより彼らが評価してくれたのは、混乱した中でも秩序は維持されて、略奪や犯罪が見られない事。水などの生活物資を得るのに、行儀良く列を作ること。ブラジルではこうはいかないだろう、と。
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そう言う報道を見ながらも、彼が戻ってくる事はおろか、Jリーグが再開されるのも難しいんじゃないかと言う感覚があった。日本が元に戻る日が本当に来るのだろうか、と言う絶望感があった。
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実は個人的な話だけど、震災直前に自分の母親が入院して4月末にそのまま亡くなった。偶然にも柏の病院に入院していたけど、離れて暮らす僕にはこの母の事が更に絶望感を助長した。この頃の僕は長くても3時間くらいしか眠れないと言う精神状態だった。
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そんな絶望に沈んだ僕がある日の夜中に目が覚めて、ふと思い立ってジョルジにTwitterでリプライを送った。寝ぼけてたんだと思う。冷静ならそんな事しなかったと思う。 「なあ、ジョルジ。君達が日本に戻ってくる日は来るのかなあ」
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すると初めてリプライが来た! 「必ず戻るよ!全てが元どおりに戻れば!」 泣いた。と言うか、今これを書きながらもう一度泣いてる。
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初めてのリプライから程なくしてついにジョルジが僕をフォローしてくれた。嬉しくてその時のスクリーンショットを撮ったのがこれ。それからはリムーブされないか心配になってとツイートしづらくなった。毎日フォローされてるかの確認も欠かさなかった。 http://t.co/HWATl6j7uI
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そんなこんなでジョルジがツイッターでフォローしてくれるようになった。彼が帰国してからは、彼のツイートを翻訳したり、逆に応援のメッセージを彼に伝えたり。新聞、雑誌、ホームページに載った彼の写真や記事をツイートしてあげるとRTして、彼のブラジルのフォロワーに伝えたりして喜んでくれた。
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彼の奥さんも少し時間はかかったけど、僕の事をフォローしてくれるようになった。 で、その先に進展するきっかけになったのはFacebook。ブラジルは世界で最もFacebook人口が多い国なので彼や彼の家族もたくさん使ってる。
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検索してたらプロフィール写真がサンパウロ時代のユニフォームを着た"Jorge Wagner"が見つかったので、恐る恐る友達申請してみた。「Twitterの@mat_overだよ。所詮1人のファンでしかないから、迷惑なら無視してくれていいよ。」と。すると、すぐに承認された!
Mattover @mat_over
「ありがとう、ジョルジ!」とメッセージを送るもリアクションなし。まあ、そう言う感じのやつだよなあと思っていたら、数日後に似ても似つかないアフロのガキに彼のプロフィール写真が変更されていた。要はニセモノだったんだ。
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と、ぬか喜びだった訳だけど、結局本物のジョルジが見つかって、ニセモノに申請した時の緊張感もなく友達になる事が出来た。ここからは僕がジョルジを応援するポルトガル語を話せる日本人と言う事で芋づる式に彼の家族や友達の輪の中に入って行く事が出来た。
Mattover @mat_over
彼の日本での活躍をポストしてあげると、瞬く間にイイね!が付く。あらためて彼の人望を理解した。 ただ、現実の世界で彼に会う事はなかなか難しかった。前述の通り、僕は大阪に住んでいたのでそれほど多くの試合を見に行ける状態でもなかったし、ましてや練習に行く事なんか出来なかった。
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そんな僕の転機は2011年の33節、ホームのセレッソ戦だった。某氏にお誘いいただいてサポーター人生で初めてロイヤルシートで観戦させて頂いたんだけど、これがSS席へのフリーパスになる事を利用して初めてジョルジの奥さんや友達に会う事が出来た。
Mattover @mat_over
でも、まだジョルジ本人にはたどり着かない。 そう言えば、ジョルジはこの試合、FKでミスした自分を責めて泣いたと言う話があったよね。その夜に「大丈夫。仮に優勝出来なかったとしても、このチームにおけるお前の価値がないなんて事は誰も思ってない。
Mattover @mat_over
震災後に帰って来てくれて、プレイしてくれるだけで僕にとっては十分なんだよ。」とメッセージを送った。なんか自分で送ったのに泣けるな。
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コメント

Mattover @mat_over 2014年1月4日
まとめを更新しました。
Mattover @mat_over 2014年1月4日
まとめを更新しました。「リカルド•ロボ登場の巻」とでもしておこう。
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