トゥー・レイト・フォー・インガオホー #1
「シューッ……」四方に「体験」のスピリチュアル・ショドーを飾ったザゼン・ルームの中心でアグラするのは、黒緑色の装束を着たニンジャである。俯いて動かずにいたその者がゆっくりと顔を上げると、メンポの奥の双眸には気力が満ち、油断ならぬアトモスフィアが背中から立ち昇った。 1
2014-01-29 22:21:29やがてそのニンジャはアグラ姿勢から、「イヤーッ!」やおらバック転、部屋の隅に立てかけられたニンジャソードを流れるような動きで掴み、更に、「イヤーッ!」再度バック転を繰り出すと、その対角に飾られていた仕込み爪つきのガントレットを掴んで装着した。「イヤーッ!」フスマを引き開ける! 2
2014-01-29 22:31:50ターン!「洗う!洗う!洗えすぎてあなたの仕事は……もう無い?エーッ!?しかも半額上乗せすれば?もう一個プレゼント!?スゴーイ!これは非常なお得感がある分、無料よりも安いのでは?」途端にけたたましいテレビ音!フスマは防音仕様であったのだ。「何さ」女がオカキを食べながら振り返った。3
2014-01-29 22:35:45「何ってお前……」ニンジャは鼻白んだ。「俺は、ニンジャだぞ。むしろ、お前が何だだよ!俺のセイシンテキをお前、ふざけるなよ」「アー?」女はオカキを咀嚼し、凄んだ。ネグリジェ姿の胸の谷間にはそばかすが浮いている。ニンジャは天を仰いだ。「しかも朝からその格好とは……ブッダ!」4
2014-01-29 22:41:49「ふざけるなはこっちのセリフだよ、カイダ!」女は酒焼けした声で咎めた。ニンジャは手で制した。「やめろ!その名で呼ぶのは。俺はスカラムーシュだ」「ハッ!何がスカラムーシュだよ。もうちょっと強そうな名前にすりゃいいのにさ……」「そういうそもそも論はやめろ、ノバラ」ニンジャは遮った。5
2014-01-29 22:50:14そう、このニンジャの名はスカラムーシュ。ニンジャのふりをした狂人ではなく、実際ニンジャである。だがノバラはスカラムーシュの佇まいに何ら動じることはない。「先月のアンタの稼ぎは?」「だから、そういう……」「稼ぎは?」「ゼロだ」スカラムーシュは低く言った。「事情があるんだ」 6
2014-01-29 22:54:33「アタシが客を取ったほうが早いよね。ニンジャより稼げる仕事だとは思わなかったわ。辞めるんじゃなかった」「クライアントのヤクザクランが皆殺しにされちまったんだから仕方ねえだろ」スカラムーシュは苛立たしげに抗弁した。ノバラは取り合わない。「そんな弱いとこから仕事を取るからさ」7
2014-01-29 23:01:37「まあとにかく、そのせいでタダ働きだッたわけよ。アマクダリは半端ねえ。奴らが出てきたらもうダメだ、ハズレくじだ。事務所は根こそぎにされて、コーベインや万札も、オヤブン野郎の金歯も全部奴らが回収済だ。何度も説明したぞ」「何度もその、言い訳になってないような言い訳を聞いたわよ」8
2014-01-29 23:08:55「お前は想像力がない……わかっていないから……」スカラムーシュは言い募ろうとしたが、やめた。「俺のような腕利きにゃ、生きづらい時代だがよ……」「アハハハ!」ノバラが笑った。テレビだ。コメディアンが熊の着ぐるみに棒で叩かれている。「ノバラ!つまり新しいビズなんだ!ナメるなよ?」 9
2014-01-29 23:17:42「え?」ノバラが再び振り返った。「それを早く言いなよ!こンな所でいつまでダラダラしてンのさ。タイムイズマネーじゃないの?どんなビズよ」「新規クライアントだ」「新規……」ノバラは顔をしかめた。「また取りっぱぐれンのかい」「お前はペシミスティックに過ぎる。まあ見ていろ」「ハ!」 10
2014-01-29 23:24:19……75分後!スカラムーシュは四駅離れたスノマ・ストリートの喫茶店「シンエイ小気味」の窓際席で、ダークスーツにセルフレームグラスの男と対面していた。「つまりですね、ビジネスチャンスの障害になっているわけなんです。我々の革新的なソリューションの滞りを生んでいる」「ムム……」 11
2014-01-29 23:34:08机の上には交換済みの名刺がある。スーツ男の名刺には「電臣ニストソリューションシステムズCEO、コバヤシノ・シバ」と書かれている。手の込んだ光透かし細工の施された名刺だ。スカラムーシュのものはシンプルである。「ニンジャ、バウンティハンター、用心棒、暴力、実直な価格」。 12
2014-01-29 23:43:53「我々の商材は革新性をもたらします。つまりカネの流れを作る。信頼してもらっていいですよ。システムにショックを与える、それが生きがいですから」男の全ての指にはいかつい指輪がはまっており、両耳のピアスも攻撃的だ。隠し切れていない。別にそれはよい。「で?殺しか?」「そうです」 13
2014-01-29 23:50:34スカラムーシュはニンジャ装束の上からスタジアム・ジャンパーを着、野球帽を被っている。帽子のつばをやや傾け、クロームのメンポが効果的に見えるようにした。そしてテーブルに手を置いた。スカラムーシュの右手指には「コ」「ロ」「シ」「モ」「ノ」のタトゥーが彫られている。コワイ! 14
2014-01-29 23:54:07「悪いが新規クライアントには前金を要求している」「ハイ」「40%だ」「……」シバは携帯端末をその場で操作した。キャバアーン!「……」スカラムーシュはシバを睨みつけたまま、懐から己の端末を取り出した。そして素早く表示を確認した。「……」彼は無表情を保った。「内容を聞いてないぞ」15
2014-01-30 00:00:18「我が社の覚悟とキャッシュフロー健全性を証明するには十分ですね?」シバはメガネを指で直した。スカラムーシュはメンポを開き、不味いコーヒーを音立てて啜った。そして腕組みした。「お前さんの何とかいう会社の障害とやらは?ヤクザか?カルトか?弁護士か?」「ヤクザです」「武力の内訳は」16
2014-01-30 00:07:14「センセイには、どうという事ありません」シバはファイルを取り出し、広げて見せた。「どうという事ない?向こうさんにもニンジャがいるッて事か」スカラムーシュは顔をしかめた。「……」シバは笑顔のまま、黙った。図星である。「ニンジャはオプション料金だ。100%追加だ」キャバアーン!17
2014-01-30 00:14:58「ムム」スカラムーシュは唸った。もっとふっかけても良かったか。だが充分ではある。カネの問題はこれで解決だ。問題は敵のニンジャだ。「ニンジャは用心棒か?ターゲット当事者か」つまり、ニンジャの殺害が必要なケースとそうでないケース……危険度が段違いだ。「用心棒です」「よし」18
2014-01-30 00:20:11スカラムーシュはファイルを受け取り、ページをめくって行く。ゴーストオブドラゴンゾンビー・クラン。内部抗争で滅びたドラゴンゾンビー・クランの生き残りが作ったヤクザクランで、風前の灯だ。シバのような後ろ暗い新興ソリューション詐欺企業の上前をはねてシノギをしている。 19
2014-01-30 00:27:06「まあその、センセイが看破なさったように、障害らしい障害はニンジャです。ゴーストオブドラゴンゾンビー・クランから離脱しようとしたグレーターゴーストオブドラゴンゾンビー・クランの連中を皆殺しにしたのもそのニンジャ……」「ニンジャの名前は?」「ハオカーです」「……無名だな」20
2014-01-30 00:47:38スカラムーシュは前情報を一通りあらため、ファイルを閉じた。ニンジャ記憶力である。「それじゃ、始めるぜ。少し下調べをする。決行はこっちで決めさせてくれ」「よいでしょう」シバは頷いた。「ただ、四半期決算が近いです。その一週間前を期限にさせてください」「カイシャは大変だな」「はい」21
2014-01-30 00:52:51「スッゾオラー!カネだ!」「アイエエエ!?」そのとき、喧騒!覆面男が入店し、いきなりレジの店員にサブマシンガンを突きつけたのだ!「この紙袋に早く……客どもテメッコラー!見てんじゃねえ!店員!カネだ!早くしろ!」「アイエエエ!」「早く……」「イヤーッ!」「グワーッ!?」22
2014-01-30 00:58:07ナムサン!突然の覆面強盗は、しめやかに接近したスカラムーシュに後頭部をいきなり掴まれ、スコーンやタコヤキが陳列されたショーケースに顔面から叩きつけられた。「グワーッ!?」「イヤーッ!」スカラムーシュは強盗の頭を素早く引き上げ、再度叩きつける!KRAAASH!「アバーッ!」23
2014-01-30 01:01:19「アイエエエ!」店員が失禁!「イヤーッ!」「アバーッ!」KRAAASH!覆面強盗は痙攣!「よォし!いいタイミングだ、お前!気持ちがノッてきたぜ!」スカラムーシュはその場で両腕をストレッチし、テーブル席のシバを指さした。「グッドニュースを待ってろ!」 24
2014-01-30 01:05:07