お題「カメラ」ss 『カメラの中に』

フォロワーさんからいただいたお題「カメラ」で書いたssです。死んだ祖父が持っていたカメラを覗くと、そこには……。
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てい @orztee

ファインダー越しに、和服姿の貴女が見える。黒く艶やかな髪が肩に流れ、いつものように憂いを帯びた瞳が下を向いている。何か悲しいことがあったのですか。そう問い掛けた言葉を呑んで、僕はカメラを持った手を降ろす。同時に、貴女の姿も消える。貴女は、このカメラ越しにしか見えない。

2014-02-02 18:29:13
てい @orztee

祖父が死んで、僕の手に渡ったこのカメラ。最初にファインダーを覗いた時は、心臓が止まるかと思った。見たこともない美しい女性が、僕の部屋に立っていたのだから。「あ、貴女は誰です」か、と言い終わる前に彼女は消えた。慌てて目をこすり、辺りを見回す。もちろん部屋には僕以外の誰もいなかった。

2014-02-02 18:29:25
てい @orztee

それからカメラのファインダーを覗くたびに、彼女が見えるようになった。撮った写真には写っていないのだが、彼女は必ずそこに現れた。カメラの精か、妖怪か。その美しさに心奪われながらも、僕はいつでも、彼女の正体に関する疑問を抱いていた。それでも彼女は変わらず、悲しげに佇んでいる。

2014-02-02 18:29:40
てい @orztee

祖父は彼女を知っていたのだろうか。ふと疑問に思った僕は、祖父が撮りためた写真アルバムを開いた。写真を愛し、どこへ行くにもカメラを持ち歩いていた祖父。カメラの中の彼女は、祖父にとっての何かなのか。やがて、一つの頁に目が留まった。そこには紛れもない、カメラの中の彼女が収まっていた。

2014-02-02 18:29:55
てい @orztee

長い黒髪を日本式に結い、和服を着た彼女は、こちらを向いてにっこりと笑っている。いつも見る彼女にはない、明るさがそこにはあった。『私が愛する唯一の女性』ーー傍に、祖父の万年筆が滲んでいる。この先にも、きっと彼女の写真がある。僕は直感し、焦る手で頁を繰った。

2014-02-02 18:30:07
てい @orztee

パラパラとめくられていくアルバムの中には、彼女の変貌が収められていた。最初の頃はにこやかに笑っていた彼女だったが、アルバムの後ろへいくに連れ、表情に翳りが出てきた。それに比例して、祖父の万年筆は益々饒舌に彼女への愛を語る。そして最後の頁には、虚ろな目で微笑む彼女の姿があった。

2014-02-02 18:30:22
てい @orztee

『私は考えた。彼女を永遠に私の手元に置いておくには、どうすればいいのか。その美しさを留めておくには、写真では足りない。そうだ、彼女の美しい精神を、あの中に閉じ込めてしまおう。そうすれば私はいつも、いつまでも』滲んだ青インクは、祖父の狂気を秘めて、そこで途絶えていた。

2014-02-02 18:30:34
てい @orztee

そして、僕はまた、あのカメラを取り出す。全て判明した今、もう彼女に疑問を持つこともない。ただ、その美しさに酔い痴れるだけで良い。長い黒髪に縁取られた、儚げな彼女の顔。決して触れることはできない、「美」そのもの。憂いを帯びたその姿に、僕は今日も声をかける。悲しい事があったんですか。

2014-02-02 18:30:55