Kiss or Knife #4

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劉度 @arther456

◇◇◇◇◇◇◇ ←九十一式徹甲弾

2014-02-09 21:01:51
劉度 @arther456

北方海域、キスカ島。アメリカ大陸との唯一の交易路、通称ベーリングルートに位置する島である。かつては守備隊が駐屯し、包囲され、駆逐艦による救出劇が行われた島であるが、北方海域の解放により守備隊も撤収し、今は元の無人島に戻っている。1

2014-02-09 21:03:53
劉度 @arther456

その沖合に、再び艦娘たちが出撃した。不知火、電、矢矧、利根、古鷹、そして旗艦はシャルンホルスト。横須賀の精鋭だが、彼女たちはあくまで斥候。本命の戦艦、空母部隊は艦隊決戦のために後方で温存されている。そう、今回は撤退戦ではない。正面切っての決戦だ。2

2014-02-09 21:07:25
劉度 @arther456

横須賀からわざわざ彼女たちがここまでやってきたのは、深海棲艦の大軍団がこの海域で確認されたからだ。予兆はあった。北方C2船団を始めとする、ベーリングルートの輸送船団が、ここ数週間で頻繁に襲撃されていた。本来ならここにいない、潜水艦の目撃報告もある。3

2014-02-09 21:10:48
劉度 @arther456

ベーリングルートは日本で消費される食料の30%を運んでいる。再び北方海域が深海棲艦の手に落ちれば、日本は飢餓状態に陥るだろう。だが、ここを守る単冠湾泊地も幌筵泊地も完成したばかりだ。大艦隊を相手にするには力不足。故に横須賀からはるばる提督が出張ることになった。4

2014-02-09 21:14:04
劉度 @arther456

「……レーダーに反応!敵影6!2時の方向です!」霧の向こうの敵を、シャロンが察知した。彼女に積まれたレーダーは、日本の32号電探よりも強力なものだ。マーク3と言うらしいが、国家機密らしく工廠の妖精さんも触らせては貰えない。とにかく、キスカの濃霧も見通す一品なのは確かだ。5

2014-02-09 21:16:37
劉度 @arther456

『総員、雷撃準備!』「はい!総員雷撃準備!」ドリフトによって頭の中に提督の声が響き、シャロンはそれを復唱する。艦娘たちは各々の魚雷管を構えた。五隻二十本の魚雷が、見えない敵に放たれる。『よし、そのまま突撃しろ!』「はいっ!シャルンホルスト、吶喊致します!」6

2014-02-09 21:20:01
劉度 @arther456

魚雷を追って、艦娘たちは前進する。途中、霧の向こうから鈍い爆発音が聞こえてきた。「当たったか。運がいいのう」利根が呟く。魚雷は追尾するものではない。20本打って1本当たればいい方だ。だから長距離雷撃は艦隊決戦の決め手にはならない。決め手はあくまでも接近戦。「砲雷撃戦、用意ッ!」7

2014-02-09 21:23:35
劉度 @arther456

霧を抜けた先には、雷撃を受け右往左往する深海棲艦たちの姿があった。中心にいるのは、片膝をついた戦艦タ級。北方海域にはいないはずの深海棲艦。「ひょっとして、リーダーなのです!?」「そのようね、チャンスよ、一気に仕掛けるわ!」艦娘たちが思わぬ大将首に沸き立つ。8

2014-02-09 21:26:54
劉度 @arther456

@m_akoto 「とっかん」デスネー。「突撃すること」の他に、「鬨の声を上げる」という意味もあります。某ガンダム主人公の名台詞の一つでも使われております。

2014-02-09 21:28:52
劉度 @arther456

奇襲を受けた深海棲艦たちは、反撃する暇もなく沈められていった。最後に残ったタ級も、不知火と利根の連続攻撃により満身創痍。この勝負も、危なげなく勝てる。シャロンが慢心した瞬間だった。「危ないっ!」「えっ?」誰かの声で、こちらに砲を向けたタ級に気付いた。9

2014-02-09 21:32:13
劉度 @arther456

物凄い轟音と共に、視界が一瞬真っ黒になった。身を貫く衝撃に、意識が砕け散る。バラバラになった意識の内、最初に戻ってきたのは視覚だった。霧がかった空を見上げている。そして、自分が倒れつつあることに気付いて、無意識の内にその場に踏みとどまった。10

2014-02-09 21:35:44
劉度 @arther456

「――ですかっ!?」声が聞こえる。「え?」「大丈夫ですか、シャロンさん!」「あ、えっ、はい!」そう返事はしたが、胸の当たりが焼けるように痛い。戦艦の主砲が直撃した、とようやくシャロンは理解した。幸い、痛いだけで大事には至らなかったようだが。だが、古鷹は更に聞く。11

2014-02-09 21:39:18
劉度 @arther456

「提督は!?」「え……あっ!」提督の視界が、床を間近で写している。自分の体を打ち据えた痛みが、提督にも伝わっている。「提督!大丈夫ですかッ!?」『大丈夫……一発だけなら……がくっ……』提督の感覚が途切れた。気絶したようだ。傷の痛みとは別のものが、シャロンの胸を締め付ける。12

2014-02-09 21:43:37
劉度 @arther456

「油断しないで下さい」声が掛かる。不知火だ。その更に後ろでは、もう動かなくなったタ級が沈みつつある。「敵に止めを刺すまでが戦闘です」「ご、ごめんなさい……」眼光に射すくめられ、シャロンは身を縮める。提督に一番信頼されている不知火が、シャロンは一番苦手だった。13

2014-02-09 21:46:03
劉度 @arther456

「敵の旗艦は討ちました。そろそろ日が暮れます。帰投しましょう」見れば、他の艦娘たちはもう帰り始めている。残っているのは不知火とシャロンだけだ。「そう……ですね。帰りましょうか。提督も心配ですし」しゅんとしていたシャロンが顔を上げる。その目が大きく見開かれた。14

2014-02-09 21:49:34
劉度 @arther456

シャロンの前には、夕焼け色に染まった霧の世界が広がっていた。淡く光るオレンジ色は霧の流れに沿って、あるいは海の波に跳ね返って生き物のようにうねっている。空も海も一緒になった壮大な光景。紙に描いた天国のような景色に、シャロンはただただ圧倒されている。15

2014-02-09 21:53:35
劉度 @arther456

「提督は、キスカ島に来たことはあるんですか?」シャロンが問う。「いえ。前の作戦は我々だけで行いましたから」「そうですか……」はぁ、と焦がれた溜息が漏れる。「提督にも見せたいですね、この景色。そう思いません?」「思いません」不知火は冷ややかに言う。16

2014-02-09 21:57:12
劉度 @arther456

「敵の旗艦は討ちました。後は残敵を掃討し、横須賀に帰るだけです」「そんな、少しぐらいゆっくりしていっても」「それに」不知火がシャロンを睨みつける。「同盟国の艦娘とはいえ、あなたは外部の人間です。完全に二人きりにさせるわけにはいきません」ざぁっと風が吹き、海が泡立った。17

2014-02-09 22:00:33
劉度 @arther456

「外の人間だなんてそんな、私たち、仲間じゃないですか!」「提督はそうおっしゃったでしょうが、私はあなたを信頼していません」「どうしてですか。私が外国の艦娘だからですか?それとも……私が『シャルンホルスト』だからですか……?」震える声で、シャロンが問う。18

2014-02-09 22:04:06
劉度 @arther456

「あなたが死神かどうかは知りませんが」不知火は彼女を突き刺した。断絶の言葉で。「戦闘中に気を抜く上に、素性の分からない人間を、提督の側に置いておくわけにはいきません。帰投次第、提督に進言致します」踵を返し、不知火は去る。シャロンは一人、黄昏の中に取り残されていた。19

2014-02-09 22:07:28
劉度 @arther456

原子力巡洋艦『蔵王』。その艦長室にシャロンたちの提督がいる。先ほどまでドリフトのフィードバックで気絶していた提督であったが、今は痛みも引いて元通り仕事に戻っていた。敵の旗艦は倒したので、後は掃討戦を行うだけ。そのための面子を考えているところだ。21

2014-02-09 22:10:57
劉度 @arther456

ドアがノックされる。「入っていいぞ」誰が来るかは分かっている。二つの視界の一つは手元の資料を、もう一つはこの部屋の前。「失礼します……」帰還したシャロンが、恐る恐る部屋に入ってきた。「あの、提督……」「まずは、結果報告」22

2014-02-09 22:14:50