Kiss or Knife #4

0
劉度 @arther456

「あ、はい。我が艦隊は本日夕方、ヒトヨンヨンナナに敵艦隊と接触。これを攻撃し、駆逐1、雷巡1、重巡3、戦艦1撃沈の成果を上げました。それから……」戦果報告も初めの頃に比べればだいぶ慣れた。しかし今日のシャロンは、不安げな声色だ。23

2014-02-09 22:18:20
劉度 @arther456

「戦果は上々だな。ご苦労様」ようやく報告を終えたシャロンをねぎらう。しかし彼女の表情は晴れない。「提督……申し訳ございません。私が慢心したばっかりに、提督を酷い目に遭わせてしまって」やはりその事か。提督は心の中でため息を付いた。24

2014-02-09 22:22:13
劉度 @arther456

「気にするな。ドリフトは普段からやってることだし、今日はちょっと当たりどころが悪かっただけだ」「でも!それでも悪いのは私なんですから、謝らせて下さい」「……まあ、そうだな。油断したのは確かに悪い。次は止めを刺すまで、気を抜くんじゃないぞ」「はい。すみませんでした」25

2014-02-09 22:25:19
劉度 @arther456

会話が途切れる。秘書艦になっている間は何度も過ごした静かな時間だが、今日はお互いにとって居心地が悪かった。提督が口を開き、閉じる。何か話題を見つけようとしたが、いいきっかけが見つからない。「あの」結局、先に口を開いたのはシャロンになった。26

2014-02-09 22:28:58
劉度 @arther456

「……なんだ?」「提督は私の事、捨てたりしませんよね……?」唐突な言葉。青い瞳には怯えの色が混ざっている。「どうした、急に」「だって、さっき撃たれた時に、提督の感覚が途切れて、それが凄い怖かったんです。提督、私を離したままどこかに行っちゃうんじゃないかって」27

2014-02-09 22:32:27
劉度 @arther456

「どうした、ちょっと……」戸惑う提督の手を取って、シャロンは叫ぶ。「お願いですから、私を置いて行かないで下さい!そう言ってくれるのは提督だけなんですから!」提督の手を握るシャロンは、震えていた。明らかに様子のおかしい彼女に、提督はただ戸惑うしかない。28

2014-02-09 22:35:49
劉度 @arther456

「お、落ち着けってば。シャロンにいなくなられたら困るのは私の方だよ。ウチで一番仕事ができるのはお前なんだから」宥めるように話しかける。シャロンは返事を返さない。ただ、その頬をつぅっと涙が伝った。「え、えっ……?」突然の涙に、提督は更に戸惑う。29

2014-02-09 22:39:13
劉度 @arther456

「あ……ごめんなさい」思い出したように、シャロンは頬の涙を拭う。自分が泣いていたことに気付いていなかったようだ。それだけ追い詰められていたのに、今の声は酷く落ち着いている。ゾッとするような無表情。その上に残った涙の跡がミスマッチに妖しく光っていた。30

2014-02-09 22:43:01
劉度 @arther456

「あの、提督」「なに……?」「提督に、見せたいものがあるんです」そう言いながら、シャロンは提督の手を強く握る。「ボートの操縦、できますか?大丈夫です。できなくても、私が連れて行きますから」今の彼女の青い瞳には、提督の姿しか映っていなかった。31

2014-02-09 22:46:18
劉度 @arther456

一時間後、提督とシャロンはキスカの洋上を航行していた。提督は内火艇に乗って、シャロンは艤装の力で進んでいる。夜の霧に囲まれたキスカの海は、月明かりも通さぬほどに暗い。「進路良好。そのまま進んで下さい」シャロンが持つレーダーだけが頼りだ。33

2014-02-09 22:49:14
劉度 @arther456

提督はレバーを握る手に息を吹きかける。寒い。「大丈夫ですか?」シャロンが不安げに聞いてきたので、窓の外に向かって強がって微笑んだ。本物と違い、このドリフトシステムは感情や記憶までは共有しない。そのお陰で、彼女に寒いと思っている心を隠すことができた。34

2014-02-09 22:52:50
劉度 @arther456

彼女の勢いに押されて海に出たことを、今になって提督は後悔していた。ほとんど誰とも喋らずにボートに乗り、たった一人で霧の濃い夜の海へ。自殺行為もいいところだ。なのに、彼女が側にいる間、提督はまるで正しい判断ができていなかった。無意識のうちにシャロンに身を委ねていた。35

2014-02-09 22:56:12
劉度 @arther456

判断と命令は提督に任せる、不知火とは違うタイプの秘書艦に寄り掛かりすぎていたことに、提督はやっと気付いた。そして彼女に大分無理をさせていたことにも。さっきの情緒不安定な涙はそのせいなのだろう。そう思った提督は、謝ろうと口を開いた。「なあ、シャロン――」36

2014-02-09 22:59:43
劉度 @arther456

ズドン。耳をつんざく爆発音が、言葉ごと提督を吹き飛ばした。37

2014-02-09 23:00:28