Kiss or Knife #7(完結)
(これから艦これ二次創作SSを投下します。TLに長文が投下されますので、気に触る方はリムーブ・ミュートなどどうぞ。感想・実況などは #ryudo_ss を使用していただけると大変ありがたいです。それでは暫くの間、お付き合い下さい)
2014-02-16 21:04:16「敵戦艦、シャルンホルストを補足しました。攻撃を開始します」提督を通して聞こえたその声に、シャロンは咄嗟に真横に飛び退った。直後、彼女の居た所を砲弾が通過する。海面を滑り振り返った彼女が見たのは、薄紫色の髪を頭の後ろで束ねた少女。駆逐艦・不知火。1
2014-02-16 21:05:28機関を損傷したシャロンでは、駆逐艦から逃げることはできない。大鎌を構える。『待て、不知火!そいつに手を出すな!』提督の声は不知火には届かない。彼女は通信機のスイッチを切り、太ももに巻きつけたベルトからナイフを抜いた。『不知火!止まれ!』皮肉にも、その瞬間不知火が動いた。2
2014-02-16 21:09:19右肩の連装砲がシャロンの足元を狙う。シャロンは下がってそれを避ける。水柱が吹き上がり、シャロンの視界を覆う。その影に隠れ、彼女はスライドするように横に動いていた。既に放たれていた魚雷が、爪先スレスレの所を通り抜けていった。西方海域で初めて見た、不知火の二段構えの戦術。3
2014-02-16 21:12:57「まだよ」だが、今日は更にもう一段の備えがあった。水柱から飛び出してきた不知火が、シャロンの頭にナイフを振り下ろす。シャロンは咄嗟に大鎌を掲げ、柄でそれを受け止めた。青い瞳の目の前で火花が散る。ナイフの刃を押し返し、鎌を横薙ぎに振る。不知火は屈んで避け、果敢に近づいてくる。4
2014-02-16 21:16:28「くっ……!」ナイフを避け、シャロンは『霧』を展開する。シャロンの姿を消し、幻影を生み出し、周りの人間の思考を鈍らせる。彼女得意の幻影の魔術だ。泊地棲姫も陸奥も提督も惑わされた霧だが、不知火のナイフは乱れない。「どうして……っ!?」肌を掠める刃に、戦慄する。5
2014-02-16 21:20:05確かに不知火の視界は濃い霧と幻影に阻まれている。だが彼女は駆逐艦だ。視界ゼロの夜闇に紛れて敵艦に近づき、装甲が意味をなさぬ距離で敵に必殺の一撃を叩き込む。そのための戦い方を、彼女は心臓から指先にまで浸透させていた。ナイフが鼻先を掠め、シャロンの黒い仮面を弾き飛ばした。6
2014-02-16 21:23:46シャロンが仮面に気を取られた一瞬、既に不知火は横に回りこんでいる。「終わりよ」左脇に一直線に刃を突き出し、心臓を狙う。鎌で防ぐには間に合わない。刃がドレスの生地に届くその瞬間、不知火の視界が彼女の背中の副砲を収めた。15cm連装副砲が、彼女の顔を狙っている。7
2014-02-16 21:27:27轟音。衝撃で、不知火の華奢な体が軽々と吹き飛ぶ。『不知火ッ!』提督の絶叫が、シャロンの頭の中に響く。この人は、誰にでも優しすぎる。場違いにシャロンはそんなことを考えていた。その優しさにずっと寄りかかっていたかった。提督に、ずっと私を認めていてもらいたかった。8
2014-02-16 21:30:55煙が晴れる。不知火はまだ立っている。だが、副砲の直撃を受けた頭から血が流れていた。水色の髪留めは吹き飛ばされ、まとめられていた髪は解けている。つつ、と頬を伝って流れる血を、不知火は指ですくい取る。9
2014-02-16 21:35:09「ひッ!?」先に恐怖が、シャロンを竦ませた。その後を追い、不知火が突撃する。恐怖心に煽られ鎌を掲げる。間一髪、鎌の柄が刃を受け止める。瞬間、不知火が消えた。一瞬で屈んだ彼女は、鎌の下を潜り抜け、シャロンの脇腹をすれ違いざまに斬りつける。脇腹に熱を持った痛みが奔った。11
2014-02-16 21:38:49歯を食いしばり、シャロンは振り向く。速い。もう刃が下から上にシャロンを切り裂いていた。肩口で一度離れたナイフが止まり、真下に落ちた。左手で不知火がナイフを取るのを見たが、それはフェイントだった。右手が、傷口に抉りこまれる。「いぎ……っ!?」12
2014-02-16 21:42:03激痛に視界が眩む。その一瞬で、不知火は無慈悲に左手のナイフを振るった。シャロンの左の手首に、荒く研がれた刃が深々と食い込む。捻り、抉る。血が吹き出す。「あぐっ……!」左手から力が抜け、鎌が滑り落ちる。刃を防ぐ物はもうない。13
2014-02-16 21:45:24ナイフが振るわれる度に、肉が削げ、骨に突き刺さり、激痛が脳髄を駆け抜ける。痛みと恐怖と出血で意識が朦朧としてくる。消えかけるその一瞬、シャロンの視界は海とは別のところにあった。あの人の視界だ。「てい、とく……私は」刃が、言葉を遮ろうと心臓を狙う。14
2014-02-16 21:49:06「敵旗艦、大破!」「第二艦隊が左翼を突破!敵が退き始めました!」戦闘指揮所に、妖精さんたちの声が響く。戦局は決まりつつあった。数では劣ると言っても練度が違う。そして敵陣中央の伊勢が、指揮官の泊地棲姫を引きつけることで、深海棲艦の大部隊はかえって烏合の衆と化していた。16
2014-02-16 21:54:14だが、提督は戦況を見ていない。提督が見ているのは、感じているのは、身に突き刺さる冷たい刃だ。そして聞いているのは、彼女の今際の声。「……聞こえてる」提督が呟く。戦場の熱気が声を掻き消しても、シャロンと提督にはお互いの声が聞こえている。17
2014-02-16 21:57:36「謝るのはこっちの方だよ」シャロンが最後に何を言ったのか、それは誰にも分からない。「……待っててくれ。絶対、絶対に忘れないから」「提督?」オペレーター妖精の一匹が、提督の異変に気づく。彼女の目の前で、提督が胸を抑えて椅子から転げ落ちた。18
2014-02-16 22:01:32「提督ッ!?」にわかに戦闘指揮所が騒然となる。「何が起こったのです!?」「提督がダウンです!」「大破?」「大破!」「おーのー!」妖精さんたちは右往左往するばかりだ。19
2014-02-16 22:04:48「どうしたのです!」騒ぎを聞きつけ、電が戦闘指揮所に入ってきた。「提督が倒れました!」「でも怪我はしてません!」電が朦朧とする提督の顔を覗き込む。首元のチョーカーが、電灯の光を受けて輝いた。「まさか……提督さん、ドリフトしたままなのですか!?」20
2014-02-16 22:08:02旗艦が大破したら撤退するのは、提督が大破の激痛に耐えられないからである。今、提督はその先を超えて死に至る激痛に身を捉えられている。そして五感を繋げたまま片方の人間が死んだらどうなるか。それは誰にも分からないが、この上なく危険であることは、電にも想像できた。21
2014-02-16 22:11:30「妖精さん!ドリフト・システム緊急停止なのです!」「ふぁいっ!?」「このままじゃ提督が……」電の声が遠くなる。聞こえなくなったシャロンの聴覚に引きずられて、提督の五感もまた、暗い海の底に沈む。その中で、胸に突き刺さった刃がひときわ冷たく、意識を刺し貫く。22
2014-02-16 22:15:42