- SevenWarTL
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ふわ、り。 何もない空間に『存在』が浮き上がる。 存在はひどく曖昧だが、それでも『在る』という意識だけは確かだった。 (…私は、死んだのでしたね。) この場所の事も、自分のこの曖昧さも。記憶を辿ればすぐ納得がいく。 瞳の向けた先には、帰るはずだった場所で過ごす誠実の姿。
2014-02-16 20:16:47静かな向こうに、困ったように笑む。 「1人にしてしまうなんて、思ってなかったです。」 あれもこれも手伝いたいことだらけなのに、自分にはその術がない。それが酷く歯がゆくて、傷一つない手と向こう側とを交互に見やって。 不意にその視界に、花瓶が入る。自分が置いてきた《美徳》の花だ。
2014-02-16 20:19:36「一人ではありません、から。」 花を見つめていると言葉が口をついて出た。それは『最後まで見守りたい』という意志の表れ、今の自分に『できること』だった。…だから、あとは。 ――どうか彼女が、《誠実(かのじょ)》で居られますように。 翠を伏せる。胸の前に手を組み、ただ静かに、願った。
2014-02-16 20:20:41「いいえ、いいえ。己の選択を、悔いてなどいませんわ」 声は水面に落ちるかのように。 「――ただ、……ただ、皆で片付けようと言いましたのに。」 薄ぼんやりと見える、広間の光景。ただ一人、そこに在る誠実の姿を確かに感じ取りながら。……それ以上は、うまく言葉にならず。
2014-02-17 01:16:17「プルーデンス、様……?」 面を上げるような動作。紅茶色が滲み、ふるりと首を横に振る。 「――っ、いけませんわね、わたくし。何を、どう言ったら良いのかも、わかりませんわ」 姿は茫洋と。まるで陽炎のように揺れて。 「持っていてくださって、有り難う御座います」 胸がいっぱいだ、と。
2014-02-17 01:16:20手の内に握られるリボン。男は《慈愛》の手を取り、引き寄せる。 震えた言葉に、返す言葉はない。たた一言。それだけを告げる為に。 「おかえり。《慈愛》」 男の腕が透過する。握られた帯が滑り落ちる。否、それは『所有者が戻る』だけの事。 女の手の内に落ちたリボンは、密かに熱を帯びていた。
2014-02-17 13:17:15「なら、思い出させるより他はあるまい」 《勇気》へ背を向けたまま、男はそう放言する。 再現し、再生し、再誕させよう。いや、するのだ。誰一人欠ける事など、断じて許さない。 ここが『記憶領域』ならば、同じく『記憶』で象るまで。 「レディ。君も『想う』のだ。在りし日の《勇気》の姿を」
2014-02-17 13:24:52足りぬ。足りぬ。一人でも足りぬ。二人でも三人でも足りぬ。より強い想いでなければ、この理は成し得ない。 「《節制》、《純潔》どこにいる!休むにはまだ早いぞ、出てきたまえ!」 張り上げる声。 「《寛容》、君はもう一つだ。そこの《嫉妬》を引き上げろ!君との繋がりはまだ生きているだろう」
2014-02-17 13:34:52滑るように掌に落とされた自分のリボンをそっと胸に抱く。陽炎のようだった記憶は、幾らか姿形がはっきりとし始めて。 「――在りし日の、」 言葉を反芻。《純潔》とよく話していた。燃えるような赤い髪。物を運んで貰った事もあった。美徳は皆、一様に優しいけれど。
2014-02-17 13:59:37彼は一段と優しいように思えた。《慈愛》であった時の記憶は、ほつれていない。まだ“ここ”に在る事に安堵の息を漏らす。 「そう、そうでしたわ。」 思い出した、と。唇を綻ばせる。 「帰ってから、片付けたらいいと。そう、言ってくださったのは、フォティテュード様、あなたさまでしたわ」
2014-02-17 13:59:39《慈愛》が思い出したなら、彼女の前にも形は現れる。いつもと同じ血色の良くない顔に穏やかな笑みを浮かべ、「やあ、ティティ」と呼び掛ける。彼女が覚えているままの、美徳たる《勇気》が佇む。 「言ったことに反しちゃったのは、そりゃあ悪いと思ってるよ。でも、俺は謝らないよ。ここではね。」
2014-02-17 17:46:24「プルーデンス、その呼び掛けが俺のためなら、眠りたい子は寝かせてあげよう。どれだけ集めて形を整えても、俺自身の記憶はここにはないんだ。」 中身のないはりぼてを作り上げて悲しむのは、俺じゃない。 「大丈夫。眠ってる子も、俺も、欠けたわけじゃない。ちゃんと、ここにいるよ。」
2014-02-17 17:47:28「『俺たち』がしっかり覚えていれば、そのうちきっと目をさます。ね、トレランス、チャスティティ、節子さん。」 俺にはそのための記憶がないから、みんなに頼りきりになってしまうけれど。 「それにねプルーデンス。俺はどうしたって、思い出すことはできないんだ。外に置いてきてしまったから。」
2014-02-17 17:48:30ゆるり、と。どこかで『自分だったもの』が呼ばれた気がした。 嗚呼、と覚醒したばかりの意識で思う。 (一人にしてしまったんですね) お茶をしようという言葉は叶わず、もう彼女と言葉を交わす事すら出来ない。 それどころか、自分は今、何となっているのかすらわからない。 定まらない、形。
2014-02-17 20:42:43思考すら、融けるようにゆるり、と揺らぐ。 (僕は、何なのでしょう……) 呼ばれた名が本当に自分のものであったのかすら、定かではない。 戻る場所は、未だに定まらず。
2014-02-17 20:50:19ゆらり、とその身が揺蕩う。 ぼんやりとした意識はまるで溶けきれなかった砂糖のようにふわふわと。 (死の続き……?) 頭が冴えない。そもそも冴える頭すらあるのかが疑わしい。自分が何故ここにいて、何故こんな状況なのか。 理解したのは、皆の声が聞こえてから。
2014-02-17 21:20:10「……私ったら寝坊助さんねえ」 第一声がそれだった。 死に嘆くわけでも、取り残された一人のことでもない。 それ以外、何も言えなかった。 震えた言葉は、何の助けにもならなかった。
2014-02-17 21:23:22自分だけだと思っていた空間に、声。それらは此方に来る前に聞いていたもので。 「プルーデンスさん…? フォティテュードさんも…!」 他にも《慈愛》や《節制》の声が耳に届いて、辺りをゆっくり見回す。 その瞳にこそ映らなかったが、確かにいると。そう感じて、柔らかな笑みを湛えた。
2014-02-17 23:24:55「覚えてます。皆さんは、私の中にちゃんと“居ます”よ。」 「この記憶で呼び覚ませるなら、」 何かを与えられるなら、ひたすらに。曖昧さを、形にするために。 ――《分別》を。《勇気》を。《慈愛》を。《節制》を。《純潔》を。 呼び起こすように。そして願うように、彼らへ想いを馳せる。
2014-02-17 23:25:21……そして、もう一人。 まだ繋がれるだろうか。声は、届くのだろうか。 わからない。しかしやらない選択肢はなかった。想うのは、扉の中で出会った相手のこと。 「エンヴィー、さん」 零れた名。それはその空間に静かに染み渡り、溶けていく。
2014-02-17 23:26:19「フォティテュード様……!」 眦が下がる。そうしてから、浮かんだ何かを拭うようにして。続いた彼の言葉にはしかと頷きを示す。 「――節子様、チャスティティ様、トレランス様、」 次々と聞こえる声に笑みを深く、柔らかくして。 「聞こえておりますわ、皆々様」
2014-02-17 23:27:18声。名を、呼ばれる。彼方からと、彼方ではないどこかから。留められないそれらは、大切なひとと、それと。 …留められなくても、それでも応えようと、ただ、彼方の彼らの名だけを朧に呼んだ。そして望む。無事を。傷つかぬことを。帰ることを。
2014-02-18 00:26:26それは今だけでなく狭間へと続く扉を通る前にも望み、そして自分が違えてしまったこと。それでもまだ望み続ける。もう望むことしかできないのだ。 …そして、もうひとつ。 ……美徳の、 扉の先、狭間で遭った美徳に名を呼ばれたのだと思う。聞きなれずとも聞き覚えのある声、これは確か美徳の。
2014-02-18 00:28:57…望むばかりのものが、狭間の記憶に立ち返る。 …どうして、 どうして、 なぜ、 思い返されるのは狭間の妬み嫉んだ記憶。 何故どうしてと、疑問と同じ音で嫉妬した。 なんで、 触れたかったのは美徳じゃないのに。 なんで、 皆を傷つけてまで触れようなんて思えなかったから。
2014-02-18 00:31:27