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2010年10月29日

とある作家の『写真論』

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若‰ @ryojiw

フィルム写真は「見かけ」では経路抹消性を担保していると思う。それが像の在処を一気に「実体」へ遡行させるような仕組みになっているのかもしれない。その意味で「生々しい」とは言える。でもこの「生々しさ」は「見かけ」だから、いわゆる真正性というものは絶えず宙吊りにされているんじゃないか。

2010-10-29 21:20:34
若‰ @ryojiw

デジタル化された写真は「生々しさ」がないという。絵画的、素材的だという。でもそれも「見かけ」の問題な気がしないでもない。デジタル写真は経路を抹消しない。いつ、どこで、どのカメラで、どのレンズで、どんな露出で、その他事細かに撮影された情報が記録される。

2010-10-29 21:21:54
若‰ @ryojiw

次いで、どのコンピュータで操作され、どのソフトウェアで書き換えられ、どのカラープロファイルで、どんなファイル名で、何時何処でコピーされ、どのIPで、どのサーバーへ・・・といった具合にデータの真正性が可視的に?保たれ続ける。しかし像には真正性がないという。つまり「生々しさ」がない。

2010-10-29 21:25:06
若‰ @ryojiw

フリッカーなどの共有サイトでは、いわゆるExifデータを「隠す」ことが出来るし、アップロードする前にユーザーが「消去する」ことももちろん出来る。それらはプライバシーという観点からは「隠す」ものであるかもしれないけど、写真の出所、つまり撮影情報、編集技術・過程などを「隠す」ことで、

2010-10-29 21:28:05
若‰ @ryojiw

経路を抹消することで、写真に「見かけ」の「生々しさ」を醸すことが出来るとも言える。多くのユーザーが意図的に「隠す」ことで実体や瞬間に遡行させようとしているように見えることがある。そのなかで日付は往々にして隠されない。日付は写真にとって遡行を促すありがたいものであることが多い。

2010-10-29 21:30:14
若‰ @ryojiw

フィルム写真も実はそうなんじゃないかと。手品を「隠す」ことで実体との緊迫した距離まで一気に遡行させる。「生々しさ」は経路を「隠す」ことで見えてくるんだとしたら、華やかに隠し続ける言説ではなく、その手つきに、その「隠された」ものに批評可能性があるんではと思える。

2010-10-29 21:31:45
若‰ @ryojiw

ダラダラと書いちゃったけど、「生々しさ」を実体への経路抹消的な遡行と勝手に考えた上での話です。そこで、これらの作家の方々がどのような可能性を見せてくれるのかと期待しています。拙文すみませんでした。『写真分離派宣言』http://bit.ly/aHq52S

2010-10-29 21:34:15

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