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「イマジナリーライン」をいくらか共有できるようテキスト化

まとめました。
マンガ
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伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
いまだマンガにおける「イマジナリーライン」をめぐる論争? は続いているようなのだけれど、昨日大学に行って資料をもってきたので、いくらか共有できるようテキスト化してみる。
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いまはなぜか「イマジナリーラインを越えない」という言い方になっているが、マンガ技法書では多く「切り返しはやってはいけない」という言い方になっている。
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「切り返しはやってはいけない」を、「並ぶ二人の人物をある方向からの<カメラ>でとらえたのち、反対側の方向に<カメラ>を持って行くこと」と、映画の180度ルールの意味ととらえるのが一般的な理解だし、だから「イマジナリーライン」とも呼ばれているのだが、(続く)
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(続き)単にコマ内の人物の配置を、連続するコマで反転させてはいけないという意味(必ずしも仮想的な<カメラ>を想定しない)で用いられていると考えられる場合もある(例:鳥山明のHETAPPIマンガ研究所)。
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『鳥山明のHETAPPIマンガ研究所』では、ひじょうに平面的なキャラ図像が用いられ、二人の人物の間に置かれたコップ等に厚みが描かれていない、画面内の奥行きのない絵が解説のための例に用いられている。なお、この作例は鳥山明によるものではない。
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『鳥山明のHETAPPIマンガ研究所』は1984年。
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飯塚裕之・小野敏洋『熱筆! まんが学園!! 』小学館、1997 では、「キャラの立つ位置が急に変わると、読者は混乱してしまう!!」と書かれている(下巻、p.85)。
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さらに(この本はマンガ仕立てで、主に登場人物たちの会話で解説が行われている)、「切り返し」については以下のように禁忌であるといわれている。同、p.84
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(会話する二人の人物を示す連続する二コマで、コマ内の人物の位置が逆転しているものを示したうえで)「こ…この構成の どこがわかり にくいんだっ!!」と主人公(熱筆という名)が叫ぶと(続く)
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「ダメよ 熱筆!!」「こ…この構成は、まんがではタブーと される「切り返し」!!」とツッコまれる。さらに「「切り返し」!?」「そうです。構成を乱し、読む者のリズムを崩し、状況をわかりにくくする 憎むべき存在…その名は 「切り返し」!!」と続く。
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これなどが「『切り返し』はやってはいけない」と説く典型的な例だろう。「切り返し」なる語は、映画の世界ではショット・リヴァースショットという別の意味で用いられており、180度ルールのことを指すものではない。
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拙著『マンガは変わる』所収の「マンガの描き方本の基礎知識」(初出1998)では「誤用」としたが、誤用と断じるのは早計かもしれない。管見の限りでは「劇画村塾」のテキストまで遡ることができ、先の『熱筆!! まんが学園』もそうだが、劇画村塾系の著者の本に出てくることが多い。
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また、この意味での「切り返し」は、小池一夫氏による発案という話は聞いている。
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一方、「切り返しはやってはいけない」と同義のことを、編集者がマンガ家に言っていたことを示す資料もある。またそこでマンガ家の側からこのルールは必要ないということも言われている。以下、竹宮惠子『Passé Composé』駸々堂書店、1979、p.100より引用する。
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『変奏曲外伝』という作品について詳細に解題する文章の一部である。 「ここでちょっと第2ページを見てもらいたい。最初、右にウォルフがいて、ボブは左にいる。5コマ、6コマと進んだあと次のコマでは、ふたりの位置が左右逆になっている。頭のよい読者諸君には、もうおわかりのことと思うが」
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「(白土三平氏がよく使ったねェ、このセリフ!)つまりカメラが彼らを中心に百八十度回転して、逆から写しているのよ。」 <写して は原文ママ>
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「昔はこう描くと、編集部からよくおこられた。幼い読者が見間違う、誤解をする、というのだ。キャラクターの描きわけられていなかった昔ならいざしらず、このくらいキャラクターが描きわけられていたら、いくらなんでも読者が間違ったりすまい。」
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「最近は、TVでもスタジオでは、1カメ、2カメ、なんてあって三、四台のカメラで、バンバン構図を変えて写す。そういうことが子供にだって理解されているんだから、漫画に同じ方法を使ったってなんの支障もないはずだ。」
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以上、竹宮惠子『KEIKO-TAKEMIYA Passé Comosé』駸々堂書店、1979、p.100 より引用。 ここで「昔」と言われているのは、おそらく1960年代末から70年代なかばにかけてのことと思われる(竹宮惠子のデビューは1968年)。
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なお、竹宮惠子の表記は現在のものとした。『Passé Comosé』は1979年なので「恵子」である。
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次に、「切り返し」という語を明確に用いつつ、コマ内に置かれた人物の位置関係(正確には、物語世界内での位置関係ではなく、紙面上での配置関係)が連続するコマで反転することを「あえて行う」ことを解説した例を引用する。藤島康介『漫画描き方入門じゃありません』講談社、2009、p.120
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やはり自作解題の一部。テキストに用いられているのは『ああっ女神さまっ』第一話である。
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「P6~P8 このあたりが、第一話の”承”にあたる部分です。(中略)この”承”の部分は会話だけで話を進めなくてはいけなかったのですが、視点の切り返しを使うことで絵面にバリエーションをつけています。」
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「会話している人物の立ち位置なんですが、何となく自分としては右にいる人間が語り手で、左側が受け手に回るという感覚があるんです。  ちなみにP8の三コマ目のベルダンディーは語り手なんですけれど、一コマ目と二コマ目の螢一の疑問を受けているので、受け手の左位置にいるんですよ(藤島氏)」
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この「P8」の三コマ目では、ベルダンディーはコマの左側に描かれ、顔は右を向いている。次の四コマ目では、コマの右側に描かれ、顔は左側を向いている(左側には、斜め後ろからとらえられた螢一の顔が置かれている)。つまり「切り返し」をやっている。 同、p.118
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コメント

山咲梅太郎 @umetarou_y 2014年3月16日
ちなみに『漫画バイブル〈5〉コマ割り映画技法編)』にあった「イマジナリーラインを越えないように注意しよう」との記述ですが、「なぜ越えてはいけないか」の説明は無いです。
山咲梅太郎 @umetarou_y 2014年3月16日
umetarou_y 読みやすさ(読みにくさ)の説明と言うより(イマジナリーラインを越えないように配置した)数台のカメラで撮影した、同一会話シーンのコマ運びを数パターン紹介し、「カメラ位置の替え方で、印象が変わる」事を説明する感じでした。
もるのがわ ちょうすけ @1983216 2020年4月14日
こち亀なんか物凄いイマジナリーライン越えるシーンが多いけど読みやすい。そしてこち亀に限らずよくよく注意して漫画を読むと読みやすい漫画でもイマジナリーライン越えてる例は多い。作品を見ずに理論にばかり執着する様はピクサーの言う「取っ手だけを持ってスーツケースがないことに気付かないまま立ち去ってしまってる」状態だろう。「要はスーツケースより取っ手の方が何倍も持ち歩きやすいのだ」
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