古鷹青葉を見守る衣笠さんbot #8

更新八回目のまとめです。 鬼怒の語る、あの事件の後の青葉。
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古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

ビハール号事件は1044年3月、マレーシアのペナンに司令部を置く南西方面艦隊が行った「サ」号作戦の中で起きた。この作戦は、戦況が日に日に悪化し日本の物資や船も不足していく中、印豪間を航行する連合国側の貨物船を拿捕してインド洋の海上交通を破壊することを目的としていた。

2014-03-21 01:48:43
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貨物船の拿捕を行う奇襲隊は第十六戦隊の重巡足柄と青葉が担当することになっていたが、2月に足柄が北方の第五艦隊に引き抜かれたため、臨時に第七戦隊の利根と筑摩が編入されていた。3月1日、出撃。インド洋上を索敵し、3月9日利根が英国商船ビハール号を捕捉した。

2014-03-21 01:56:45
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

当初は作戦通り拿捕しようとしたがビハール号がキングストン弁を開いて自沈を図ったため砲撃で撃沈し、白人41名、中国人3名、インド人・ゴア人67名の計111名を捕虜にした。青葉の第十六戦隊司令部ではこの大勢の捕虜の扱いについて苦慮したようである。

2014-03-21 02:03:43
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作戦計画では捕虜は情報を得られる者を除いて「処分」することになっていたが、利根では尋問を理由にそれを先延ばしにし、15日捕虜を利根に載せたまま第十六戦隊はバタビアに帰投した。ここでは捕虜のうち船長や将校など15名を同地の陸軍の収容所へ、インド人約30名をジャワ島の抑留所に送った。

2014-03-21 02:12:41
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しかし、食糧事情が厳しいことや日本兵が少ないことから残りの捕虜を受け入れられる場所がなかった。そこで第十六戦隊の左近允司令官はバタビア市役所の地下牢に残りの捕虜を収容する手はずを整え、利根に捕虜の上陸を指示した。

2014-03-21 02:20:27
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ここで問題になったのが、作戦が終了すると同時に利根と筑摩は第七戦隊に復帰しており、残りの捕虜の上陸命令が出た時には利根は第十六戦隊の指揮下になかったことである。形としては艦隊命令である捕虜処分命令のみが生きていると考えられ、捕虜の処分をしなければ抗命罪に問われる恐れがあった。

2014-03-21 02:26:11
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軍令部や日本と同盟を結んだドイツからも、撃沈した敵商船の乗組員は処分せよとの意向が伝達されていたことも背景にあった。かくして18日深夜、利根が原隊へ復帰するためバタビアを出港した後、洋上で残りの捕虜の処刑が行われた。左近允司令官は戦後まで捕虜は全員上陸したものと思っていたという。

2014-03-21 02:33:11
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戦後、第十六戦隊の左近允司令官と利根の黛艦長が戦犯に問われ香港で軍事裁判にかけられている。裁判では捕虜の処分命令がどこから出ていたかが争点になったが、処分に関する命令が口達であったことや当時すでに南西方面艦隊の高須司令長官が亡くなっていたため、真相は判然としない。

2014-03-21 02:39:11
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

判決は左近允司令官が絞首刑、黛艦長が懲役7年である。 (参考文献:青山淳平2006『海は語らない ビハール号事件と戦犯裁判』光人社)

2014-03-21 02:45:03
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

「利根と筑摩が第七戦隊に帰った後は第十六戦隊はそれまで通りの輸送任務や訓練に戻ったんだけど、青葉は残りの捕虜はどうなったんでしょうってずっと気にしてた。ううん、薄々何があったかわかってたんだろうね。ふさぎ込んでることが多くなった。『青葉、何のためにここにいるんでしょう』って」

2014-03-21 02:50:16
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

青葉は、自分の戦う理由がわからなくなったんじゃないかな、と鬼怒は続けた。手に持った箸の先をくるくると空中でさまよわせる。 「あの頃も、ちょうど今の青葉みたいな暗い顔してたと思う。まあ戦況もどんどん悪くなってたし、同じような顔してた子も少なくなかったけどね」

2014-03-21 02:56:32
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その後の戦史は私も知っている。マニラからレイテ島のオルモックへの陸上部隊の輸送任務に着くためマニラ湾近海にたどり着いた青葉はそこで潜水艦からの雷撃で大破し、鬼怒に曳航されてマニラ港に入った。 一瞬ためらった後、鬼怒が言った。 「青葉ねえ、『もう、いいです』って言ってた」

2014-03-21 03:03:17
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目を落として話を聞いていた私は、そこではっと顔を上げた。 「魚雷もらって今にも沈んじゃうかもって時なのに、ぼろぼろの大けがしてるのに、悟りきったような顔でさ、『古鷹さんに救われた命ですけど、それでやったのがあんなことで、何のために戦ってるのかわからなくなりましたから』って」

2014-03-21 03:10:54
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青葉、青葉。そんなことを口にした青葉の気持ちを思うと、きゅうっと胸が痛む。視界が滲み、鼻がつんとする。 「でも鬼怒は青葉のほっぺた引っぱたいて、手を引っ張ってった。青葉はその途中でも何度も『もうやめてください』とか言ってたけど、マニラにはたどり着かせたよ」 鬼怒が言葉を続ける。

2014-03-21 03:18:36
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その口調には戦友を救った誇らしさなど微塵もなく、ただただ悼むような悲しげな響きに満ちていた。 「鬼怒が知ってるのはここまで。青葉をマニラに置いて出撃して、輸送任務は成功したんだけど、その後すぐ空襲を受けて沈んじゃったから」 淡々と語り終えた鬼怒は一息ついてコップの水を口に運んだ。

2014-03-21 03:26:44
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

何か言わなければいけない気がしていたけれど、私は言うべき言葉が見つからなかった。そんな私の沈黙で察したのか、鬼怒が助け舟を出すように言葉をつないだ。 「ああ、鬼怒のことは気にしないでいいよ?やるだけのことはやったし、艦娘になって今ここでこうやって振り返ることもできるしね」

2014-03-21 03:37:36
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

ただ、と鬼怒はそこで言葉を切った。ぽつりと呟く。 「……青葉は、乗り越えられてないよねえ……」 青葉の背負っているものの一端を垣間見て、私は痛ましさを胸に抱えていた。「青葉は助けられちゃいけない」という言葉は、ビハール号事件の罪悪感から来ているのかもしれない。でも、そんなのって。

2014-03-21 03:47:40
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

少し離れた席に座っていた由良や阿武隈が席を立った。とうに食事は終えて、私たちの話が終わるのを待っていてくれたようだ。鬼怒も食器をトレーの上に片づけ、立ち上がる。 「鬼怒、話してくれてありがとう」 「ううん、鬼怒なんかが話してよかったのかなとは思うけどね」

2014-03-21 03:53:09
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そう言いながら食器の返却口に足を向けた鬼怒が、立ち止まった。 「そうだ、もう一個鬼怒が青葉に言ったことあったんだ。大けがした青葉をマニラに置いていく前に」 私は座ったまま顔を上げ、鬼怒を見る。 「それは、なんて?」 「『ちゃんと日本に帰らなきゃだめだよ』」

2014-03-21 04:02:23
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

私は目を見開いた。鬼怒が続ける。 「青葉ってさ、サボ島沖とメウエパセージ港とで二度も大破したのに、その度に日本に戻って修理して、また元気になって戻ってきたでしょ。だからさ、今度だって辛いことがあって生きる気力がなくなってても、日本に帰りさえすれば青葉は大丈夫だって思ったんだ」

2014-03-21 04:09:05
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

鬼怒らしい、と私は素直に思った。 「でさ、青葉は最後には本当に日本に帰りついたじゃない。どんな状況でも諦めずに。それってすごいことだと思うんだよね」 鬼怒が両拳を握って顔の前に上げて力説する。鬼怒は心なしか普段通りの明るい口調を取り戻しているように感じられた。

2014-03-21 04:18:46
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その様子に私も元気づけられるような心持ちがした。 「青葉にはそういうすごい力があるから、いつか青葉は元通りになれるって信じてるよ」 鬼怒はそう言い残していった。私もテーブルから立ち上がり、大きく伸びをする。そう、青葉は大丈夫だ。ただ一人の妹が青葉を信じてやらなくてどうするの。

2014-03-21 04:25:01
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でも、ただ待つだけじゃなく何か青葉を手助けしてあげられることがあるかもしれない。そのためには青葉の過去を知るのは続けなきゃいけないと私は思った。食器を片づけ、食堂を出る。鬼怒のおかげで、足取りは少し軽い。次に話を聞く相手はもう決まっている。青葉と共に日本を目指した、重巡熊野だ。

2014-03-21 04:33:51