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思えば理系大学に入学して以来今日に至るまで 彼女がここまで生物学と真摯に向き合ったのは初めての出来事であった。 彼女にとって学問とは、自らの価値を高め他者に顕示するための 指輪やアクセサリー同様の装飾財以外の何者でもなかった。 万能33
2014-04-06 11:07:02(なんだこの中身のなさそうな女は。適当にあしらいもし自分に気があるようであれば その時だけかわいがってやろう) 的な下心をむき出しに愛想笑いとスペックの誇示に勤めていた合コン相手の男たちも 万能35
2014-04-06 11:08:34いざ彼女が身分を明かし、横文字の専門用語を並べ連ねた身の上話 を開始すると自らの無知の露見を恐れ、 さもわかっているように顔を縦に振り続ける機械と成り果てるのだ。 万能36
2014-04-06 11:09:20「プロテアソームをin vivo でハイブリダイゼーションすると サイクリックAMPがアクティベイトされて下流カスケードに クリティカルなエクスプレッションが見られますのよ」 万能37
2014-04-06 11:13:24それは彼女が自分自身もよく分かってはいない、しかしながらいかにもそれらしい ワードをでたらめに羅列してもまったく同じことだった。 万能38
2014-04-06 11:15:14中には怪しげに眉を寄せ長考に入る切れ者がいないでもなかったが 少なくとも突っ込まれたり意義を差し込まれたりしたことは一度としてなかった。 その遊びが面白く、世の男どもを翻弄する自己に陶酔するあまり、 万能39
2014-04-06 11:16:31しだいに彼女は 細胞専攻学をする理系学生であることだけに固執していくようになった。 個々の具体的な研究内容に興味はなかった。 万能40
2014-04-06 11:18:04そこからはかつてDNAの構造解析にいたる ワトソンとクリックの伝記に胸を熱くし、将来はこれに並ぶ偉業を打ち立てるのだと固く誓った 向学の少女の面影は失われていた。 万能41
2014-04-06 11:18:55同時に彼女は学問の鎧を纏さえすれば、人など簡単にだませることを肌身をもって自覚した。 人はとかく権威に弱く、自身では理解できぬこと、納得できぬことであってもその道の「専門家」が口を開くや瞬時にひれ伏し信じ込んでしまうのだ。 万能42
2014-04-06 11:20:44彼女が大学に入って学べた最もたるものは、人間の愚かさとそれを利用した操縦方法だった。 だが例の研究者の歴史的記者会見を目の当たりにし、 万能43
2014-04-06 11:21:38ここへきて 彼女の中で長らく息を潜めていた学問領域における立身への野心が ナパーム弾を投下された石油コンビナートのごとき勢いで爆発的に再燃していた。 万能44
2014-04-06 11:22:11もはや虚で身を飾り浅学なる部外者に賞賛されるだけでは収まりがつかず、 正真正銘その道の専門家たちから稀有の天才として祭り上げられ、 万能45
2014-04-06 11:23:00だが自分のアイデアはすでにあの中年研究者に盗まれてしまった事後だ。 もはや彼女こそ先祖帰り細胞作成技術の第一考案者であると主張したところで 世の連中には受け入れられないことだろう。 万能47
2014-04-06 11:24:02ではどうするか。 その上位互換に位置づけられるより優れた万能細胞をこの手で発見すればよい。 それが一週間に及ぶ引き篭もり生活の末、女学生がたどり着いた結論であった。 万能48
2014-04-06 11:25:39ではそれはどうすれば見つけられるか。そもそもそんな細胞は存在しうるのか。 問題ない。 カーテンを閉め切った薄暗い室内で彼女はくすくす笑った。 万能49
2014-04-06 11:26:12私が探す以上、その細胞は実在するに決まっている。 そして実在が確定している以上、すぐには見つけられずとも とりあえずは発見したと発表すればいい。 万能50
2014-04-06 11:26:48