#変態不知火さん 陸奥の呪い編 『Breakdown to recollection』

高峯みやび @sukamelancholy

提督と陸奥は手術衣に着替え、全身麻酔を受ける。二人は並んで天井を見上げながら、次第に身体の力が抜けていくのを感じた。「なぁ……陸奥……」「どう、したの……？」力のない声で話しかける提督。「これが終わったらさ……、またみんなで、メシ、食おうな」「そうね……いいわ」 #変態不知火さん

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「……もう限界だ。おやすみ、陸奥」「えぇ……私も、もう。おやすみなさい、提督」そして二人は眠りにつく。今、二人の命は白衣の男とその部下に委ねられる。「……何処までも緊張感のない二人だ。私たちを信頼しているのか、それとも。……では、始めよう」 #変態不知火さん

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――時間との戦いだ。正確に、素早くを心掛けろ。 ――切除。 ――良し。 ――動けよ、受け入れろ。 ――……良し。陸奥は大丈夫だ。 ――。 ――何だと？ ――何故だ。 ――動け。 ――お前が受け入れなければ失敗だ。 ――動けと言っている。 #変態不知火さん

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提督と陸奥が並び、手術は執り行われた。白衣の男とその部下の手際は良く、切開から心臓の摘出、交換。滞りなく進んでいた。やがて先に陸奥の中にある提督の心臓が鼓動を始める。心電図でも定期的な音が鳴っている。……一方では、未だ音が鳴らない心電図。 #変態不知火さん

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ミスはなかった。彼らは完璧な手術を執行した筈であった。その証拠に陸奥は鼓動を始めている。呼吸も問題ない。……しかし提督の中にある陸奥の心臓は鼓動を始めない。呼吸も止まったままである。これが続けば、提督はそのまま戻らない。陸奥も、艦娘も置き去りにして。 #変態不知火さん

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「……何をやっている。あれだけ見栄を切った貴様が何故受け入れない。やれと言ったのはお前だろう。そのお前が、何故受け入れん。己の艦娘の心臓を受け入れずして提督と名乗るつもりか。戻ってこい。貴様の艦娘を置いて何処へ行くつもりだ。戻ってこい。聞いているのか」 #変態不知火さん

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……しかし、心電図は未だ沈黙を続ける。 #変態不知火さん

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青く、何処までも続きそうな澄み渡る空が見えた。雲一つない、快晴の空があった。それに見惚れていると潮の香りを乗せた風が鼻をくすぐり、自分が何処にいるのか、漸く気が付いた。ここは、海の上だ。海と空と潮の香り。 #変態不知火さん

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何故自分がここに居るのか、何故海の上に居るのかもわからない。辺りを見渡せば、海の青と空の青の世界にただ一人、見知った顔が居た。その名を呼ぶと、彼女はこちらを見て近づいてきた。「……あなたは、だれ？」……誰と言われても。俺の顔を忘れたか？ #変態不知火さん

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「ここに私以外の人が来たなんて、初めて。一体何者？」見知った顔の女性は怪訝そうにこちらを見る。いやいや、待てよ。俺がお前を建造して、今まで沢山の海域を制圧したじゃないか。今では第一艦隊の重要な――「私……が？ 有り得ないわ。戦った事なんてないのに」 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

戦った事がない？ そんな筈はない。第一艦隊のメンバーに選ばれた時も戦闘に入る前も、楽しそうにしていたじゃないか。「だから……、そんな覚えはないって言っているじゃない」……。……？ 何故だ。俺は彼女を知っているのに彼女は俺を知らない。戦いも思い出も、ないのか。 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

……。お前は、陸奥で間違いないんだよな。「……えぇ。そう呼ばれていたわ」俺の知っている陸奥とは、雰囲気が違う。「あなたの知っている陸奥……？ 私以外に〝陸奥〟が居るの？ 長門じゃなくて？」長門を長門姉と呼ばずに呼び捨て……？ #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

なぁ、もしかして……だが。君は太平洋戦争に爆沈した……。「……！」そこまで言うと、彼女は俯いてしまった。あぁ、やはりなのか。俺の前に居るのは、陸奥の姿をした戦艦陸奥。一九四三年六月八日に謎の爆発事故の後に爆沈した、本人なのか。 #変態不知火さん

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ではこの場所は彼女の心象風景なのだろうか。空と海しかない、寂しいこの場所が。「ねえあなた。見たところ軍服を着ているけれど、海軍の人？ それにしては、身体つきが細いけれど……」俺は彼女に今の時代の事、敵、そして陸奥に起きた爆発事故の事もを話した。 #変態不知火さん

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それを話すと、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。「そう。その陸奥は戦闘も生活も楽しそうで羨ましいわ。それに、身体を張ってくれる素敵な人が居てくれるなんてね」そう言うと彼女は俺の胸に手を伸ばす。その中には陸奥の心臓がある。――と、その心臓が熱を持ちはじめた。 #変態不知火さん

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熱い。心臓が鼓動を打つたびに、熱した鉄の棒を突っ込まれたかのように熱く、そして痛い。内部から俺を殺そうとしている。そう思えるほどだった。「……あなたがここに居る理由、その熱の原因も……私のせいなのね」 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

陸奥の指が俺の胸をなぞる。燃えるように熱い胸の中はどんどん温度を上げていく。陸奥が感じていたあの熱はこんなにも苦しいものだったのか。こんな苦痛、どうすればいいのだ。「ごめんなさい。私のせいであなたを、陸奥を苦しめて」 #変態不知火さん

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胸の中の苦痛を受けながらも、俺は必死に首を振った。これを受け入れたのは俺のエゴだ。陸奥を死なせたくはなかった。女が苦しんで、そのまま死ぬなんて許せないんだよ。「死の安楽よりも、生の苦しみを選ばせることを命令する」……死は安楽じゃねえ。 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

「死は全てが消える。思い出も意志も、何も残らずに」……それが安らぎだとでも？「そう。痛みも消える。何も考えなくていい」陸奥の細い指が、俺の首筋に伸び、次第に力を込めていく。やめろ、息が、出来なくなる。「いいの、それで」 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

「このままだと、あなたは私の熱で殺されて死ぬ。苦しんで、苦しんで、苦痛の頂点に達して、死ぬだけ」……その前に、情けで、殺すとでもいうのか。「そう。私は死。あなたに安らぎを与える」――ふざ、けるなよ。「受け入れて」――受け入れる、わけ、ないだろ。 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

「あなたの身体に触れてわかった。あなたは……、もう助からない。だからせめて、苦しみが続かないように。この手で」……なんで、自分自身を、死と決めつけんだ。「……どういう意味」力が一瞬、緩んだ。「私の存在が今の陸奥に悪影響を与えている。殺そうとしていたの」 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

「全て私のせい。私は存在してはいけないの。不幸で、良い事なんて何もない、呪いの存在なの」緩んだ力がまた入り、ぎりぎり、という音がする。いい加減、俺の声も上手く出せなくなる。その前に言わなければ。この、身勝手な思い込み女に。言わなくては。 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

呪い、だと。お前が、呪い？ 思い込みも、大概に、しやがれ。「……どうして足掻くの。そのまま意識を落とせば楽に死ねるのに」うるせえ。誇りを忘れて、何もかも諦めた女に、殺されてたまるか。「言ったでしょう。誇りはもう、昔に」ある、さ。受け継いでるんだよ。その誇りは。 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

――ああくそ、もう視界が白くなってきた。ちゃんと声、出るよな。いや、出ろ。吐き出せ。じゃないと、何も出来ずに終わっちまう。「嘘よ。あの誇りも、栄光も、あの日に全て――」消えてねえ。消えてねえよ。陸奥も、長門も、お前ら姉妹の魂を、受け継いでる。 #変態不知火さん

高峯みやび @sukamelancholy

「偽りよ。作られた、偽りの誇りに過ぎないわ。所詮偽物」……お前に、それを言う資格は、ねえ。妹を心配して涙を流したあの長門が、嘘なわけ、ねえ。あれは間違いなく、長門の魂だった。陸奥だって、そうだ。「……それは」 #変態不知火さん