カシマレイコは赦さない【第一章（一）】

テキストカラテ・ドージョー @mpb_karate

「カシマレイコは赦さない」一（一）

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その部屋は、決して広いとは言えなかったが、僕達が集まるには充分な大きさだった。　1

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班の形に集合した机と椅子が五組。壁際の本棚には、本やＤＶＤ。内容は全てホラー。棚の上には、怪物のフィギュア、胡散臭いオカルトグッズ。反対側の壁際に、机に載ったテレビとＤＶＤプレーヤー。窓は無く、明かりは天井の蛍光灯。出入り口はドアがひとつ。これが僕達の部室だ。　2

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お誕生日席に座り、両手で台形を作り口元を隠した、ボブカットと赤縁眼鏡が特徴的な女の子が一人。小柄な彼女の背後にはホワイトボード。気品とポップさを同時に感じさせる字で『赤牟田高校十三不思議』『井戸っ子メルちゃん』『井戸に落ち死亡』『不気味な声』『怖いと思った』等と書かれている。 3

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彼女は台形の体勢を崩さないまま、ホワイトボードの脇に視線を送った。そこには先程まで書記を務めていた、ゆるくパーマがかった長い髪の女の子が立っている。「書記ご苦労です、委員長。もう座ってよろしいです」「イェッサー部長」委員長は軽い足取りで、僕の向かいにある席に座った。 4

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「それでは、来週の研究発表に関する連絡をするです」鋭い眼光と、それに全く釣り合っていないアニメみたいな声で、『部長』は場を仕切っていく。迫力があるんだか無いんだか未だに分からない。彼女は眼鏡の向こう側から僕を見た。「来週の発表は、トシ研究員ですね。良い発表を期待するです」　5

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「あの、清水さん――」「部長と呼ぶですよ」「あっはい、部長」僕の発言は一瞬で清水さんに遮られた。日常生活では『清水さん』でいいのに、ここでだけは『部長』でないと彼女が許さない。僕は訂正して話を続ける。「部長の言ういい発表っていうのは、つまりどんなのを指すのかなぁって」　6

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「プレッシャーに感じてるですか？大丈夫です、我々『赤牟田高校オカルト研究部』の歴史に残しても恥ずかしくないように、きちんと調べれば問題ないです。題材も十三不思議から好きに選んで構わないですよ。少なくとも、アナタの隣でふてくされてるタイゾー研究員よりマシならそれで」「んだよォ」　7

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僕は右隣を見た。短髪の男子が、頬杖をついて口をへの字に曲げている。彼……タイゾー君は、数分前まで研究発表をしていた。というか、清水さんに怒られていた。「ノートの切れ端に噂話を三行くらい書いて小学生並みの感想を付け加えたモノを発表資料とは呼ばないので、気を付けるですよ」　8

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「ケッ」タイゾー君はそっぽを向いた。「細けぇ女だぜ、タカコは昔からよぉ」「部長と呼ぶですよ」「大体何が歴史だよ、テメェが今年作った部活だろ。しかも、俺がトシ捕まえて部員を五人にしたからこの部が設立できたんだぜ。感謝しろよなもっと」「それとこれとは――」「ストーップ、二人とも」　9

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流れを遮ったのは委員長だった。彼女は細いたれ目で、僕を間に挟んで再び激闘を始めようとしていた二人を交互に見た。「ちびかわトシぴーが困ってるよン」「ちびかわトシぴー？」僕のコンプレックス『背が低い』『男らしくない』の二つををダ.イレクトに殴る謎の呼称が今誕生した。　10

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清水さんは台形の姿勢のまま一度ため息をついた。タイゾー君も鼻を鳴らしながら「やれやれ」のジェスチャーをしてみせた。「そうだったです。トシ研究員の質問だったです」「悪かったな、ちびかわトシぴー」とりあえず、二人の緊張状態は解かれた。でもその呼称の定着を図るのはやめてほしい。　11

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「要は調べ学習みたく、ちゃんとまとめてれば良いって話です」「調べ学習かぁ」得意じゃないんだよなぁ。……という僕の声が顔に出ていたのか、「リノっちの発表を参考にしたら？」対面から委員長がそう声を掛けてきた。僕は右斜め前に座っている、先程から一言もしゃべっていない女の子を見た。　12

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少々長すぎる前髪が特徴的な、ロングヘアの女の子。彼女は自分の名前に反応して体をびくんと振るわせると、上半分の隠れた真っ白な顔を赤くして、少し下を向いた。「確かに、和泉研究員の発表は素晴らしかったですね」清水さんは頷いたが、和泉さんは反対に首を小さく横に振っている。　13

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部室の大気に拡散して、ふわっと崩れて散ってしまいそうな、儚い声だった。「謙遜しなーいで、『ハッパのフレンダ』の発表、良かったよン」委員長は和泉さんの後ろに回り、肩を揉みだした。和泉さんは「や、や」と繰り返しながらますます下を向いてしまった。　14

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「トシ研究員、困ったらリノ研究員の発表を参考にするです。『フレンダ』はどんなことをするのか、それはいつどこで起こるのか、それにはどんな背景があるのか。非常によく調べてあるのが伝わってきたです」「うぅ」小さく唸り声を上げる和泉さんの白い肌は、今や桜餅みたいな色になっている。　15

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そんな彼女の方から僕の方へ視線を戻した清水さんは、台形を解き、手を一度パチンと叩いた。「と、いうわけで。来週の発表はトシ研究員です。研究員は相互扶助に努め、トシ研究員が困っていたら助けてあげるですよ。私を唸らせるような発表を期待するです。本日の部会はこれにて終了です。解散」　16

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「清水さんが直接指導してくれればいいのになぁ」「それだよな」とぼとぼと歩きながら発した僕のぼやきを、タイゾー君が拾い上げた。お日様はちょうど今日の仕事を終えようとしているところで、空は鮮やかな夕方色をしている。明日も晴れだろうか。僕の気も知らないで、呑気なものだ。　18

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ちなみに、先程提案した清水さんから直接指導を仰ぐ作戦は、既にタイゾー君が試そうとして却下されている。「研究員一人ひとりが、自分の興味を自分で深められる子どもになってほしいです」というのが理由だった。うーん、よく分かるような分からないような、余計なお世話のような。　19

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そんな清水さんは、今隣にいない。カラスの鳴く声だけが響くこの住宅街を歩いているのは、僕とタイゾー君だけだ。委員長は帰る方向が違う。和泉さんはいつも最後まで残っている。清水さんは最初の一週間だけ一緒だったけど、塾に通いだして帰る方向が別になった。「昔からああなんだよ、アイツ」　20

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だから僕は、入学してから今日までおよそ一か月間、毎日のようにこうしてタイゾー君による清水さんへのアツい悪口を聞きつつ帰り道を歩いている。「アイツの思い付きに振り回されるのはいつも俺だぜ。オカ研設立だって、部員も顧問もアテ無しなのにアイツが――」この話題も十回は聞いている。　21

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「大体中学の頃も（略）そう言えば小学校の頃（略）いや、幼稚園のアレからして既に（略）そもそも物心ついた時から（略）」タイゾー君は力説を続けているけど、これらの話も最低五回、多いもので二十回は聞いている。一回一回真面目に聞いていたら精神の修行になりそうだ。絶対しないけど。　22

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「やっぱり、そういうのってよく覚えてるものなの？」聞いてばかりいるのも疲れた僕は、逆に質問をすることにした。「そりゃそうだろ。顔合わせる度に思い出されるからな、アイツのせいで俺がどんな被害に遭ったか。この人生で顔合わせない日の方が少なかったんだ、嫌でも脳に刻まれるっての」　23

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タイゾー君は吐き捨てるように言って、ローファーでアスファルトを数度強く踏みつけてみせた。「……はぁ。そんで、トシはアレか、何度も引っ越ししてんだっけか」「うん、小学校に上がる時と、小学校の途中と、今回」「俺は赤牟田から出たことないからなぁ、逆にちょい羨ましいぜ」「そうかな」　24