三日目、夜の出来事 - 異世界奇譚婚礼祭

2014/04/29から2014/05/01までの、王子王女殿下方の記録です。
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ジェルト @jeltferluo

自分の匂いは、判らない。これから伴侶になる相手に、香りなど飾っても仕方があるまいと思っていたが、どうやら世の女や貴族が香水を纏うのは、こういう気分が原因なのだろうと思った。 「……ニルファタは、鼻が良いからな」 袋から、花蜜の飴を取り出そうとして、止めた。これは、俺の香ではない。

2014-05-01 21:49:15
ニルファタ @Nirfata

@mill_well 部屋の前に、何かが置いてあるのに気づいた。拾い上げると、硝子の器に見慣れぬ花ふたつ。包みの内が透けて見えるほど薄い布。緑の糸で、文字の縫い取り。それで、送り主が知れた。 「言葉と品物では釣り合わぬ。何ぞ返礼を考えねばの」 受け取ることへの恐怖は、なかった。

2014-05-01 20:48:00
ニルファタ @Nirfata

部屋に入る。自分の部屋であるはずが、既に安らぎはなかった。私の帰る場所は、ここではない。 贈り物を置いて『手紙鳥』を取り出す。二通。ひとつはニルファタムへ。伴侶を伴い明日のうちに戻る旨を記す。ひとつは近侍へ。先と同様だが、文体は砕けて、客人を迎える心の構えだけはせよと書き添える。

2014-05-01 21:00:17
ニルファタ @Nirfata

滲まぬように始末をして、窓を開いた。ひやりと吹き込んだ夜風に身震いをする。『手紙鳥』を折りたためば、それは脚のない白い鳥に姿を変え、一目散に星の下を翔けた。普段であれば消え去るまで見送るところ、そうはしない。私は、疾く、帰りたいのだから。閉ざした窓にカーテンを引く。

2014-05-01 21:09:49
ニルファタ @Nirfata

少しも安らがない。疾く済ませて帰りたい。湯を浴びて、服を着替える。長い髪が煩わしい。水気を取るのに、ひどく時間がかかってしまう。いっそ短く切り落としてしまおうかと思う。もうすぐ、肌を染める死の色に怯えなくてもよくなるのだから。ただ、いま出来ることではないだろうと、頭を振る。

2014-05-01 21:24:33
ニルファタ @Nirfata

髪を拭くのは、雫が垂れぬ程度で切り上げた。一度櫛を通してまとめて、頭ごと布で包んでしまう。これでは角覆いも着けられないが、どうせ既に布が隠している。とても外に出る格好ではないけれど、今は夜で、見咎める目もないだろう。入り口の扉を少し開けて、それを確かめると、私はまた、早足で急いだ

2014-05-01 21:36:18
ニルファタ @Nirfata

カツカツと小刻みに、木靴の音が響く。自分の立てる靴音にすら、恐怖を感じる臆病さ。一人、夜闇の中を歩ける自分がいるなどと、思わなかった。昼は眩しいが、夜は恐ろしいのだ。きょろきょろと、周囲を伺いながら、立ち止まらずに歩き続ける。目指す扉が見えてくる。カツカツと、足音が速くなる。

2014-05-01 22:02:21
ジェルト @jeltferluo

耳が、足音を拾った。濡れた布地を放り捨てた。ぱす、と。小気味の良い音を発てて、籠に収まる音がした。立ち上がる。適当な服に袖を通した。どうせ部屋着だ。黒地の肌に張り付く作りの服は、大した違いなど無い。使用人が居なければ、机の上の紅茶は無くなったりしない。数歩。内側から、戸を開けた。

2014-05-01 22:07:24
ニルファタ @Nirfata

手が届くよりも声をかけるよりも先に、扉が開いた。突然のことに驚いて、靴音が乱れて止まる。細い悲鳴のような息が漏れた。見えた姿を確認すれば、驚きに跳ねた心臓は恋しさに鳴り始めた。帰り着いたはいいが、何と言おうか、考えていなかった。 「……只、今」 咄嗟にそう言ったのは、変だろうか。

2014-05-01 22:19:54
ジェルト @jeltferluo

開けた扉。息を呑む音。木靴の足音は、目の前で止まったまま、動かない。彼女は、角隠しすら付けて居なかった。よく水を吸いそうな布地を、髪に巻いているだけで。 「……お帰り。其方を待ち侘びていた」 笑顔。戸を開けたまま、残る片手を、軽く広げて見せる。王子は、王女を名前では呼ばなかった。

2014-05-01 22:25:51
ニルファタ @Nirfata

檻の戸が開いている。私を招き入れようと、開かれている。木靴が再び音を立てた。迷いなく、飛び込むように。僅かでもはやく着けるように、両の手を伸ばして。 「もう、離れぬ」 ぴたりと触れ合う距離で、囁くように宣言をする。これは、とても、愛とは呼べない。こんな、独り善がりな想いは。

2014-05-01 22:40:51
ジェルト @jeltferluo

飛び込んだ、胸。両手で、しっかりと肩を抱いた。手を離した扉が、閉じる。 「ああ、離さぬ」 鼻先、湿った布地。此処は異国で、この部屋は彼女に充てがわれたものですらない。それでも、王子は「お帰り」と言った。其方が帰るべき場所は此処なのだと、触れ合った肌が言っていた。熾火のような、熱。

2014-05-01 22:46:26
ジェルト @jeltferluo

「……夜が明けるまで、こうしていよう、ニルファタ。其方の鼓動が無ければ、きっと俺は眠れん」 ぎゅっと、力を込めた。鎧は付けていない。剣すら履いていない。それでも、手元に剣がある。ネザーフェミアの王子は、恋だとか愛だとか言うものが、よく解らない。だが、これが無ければ生きていけない。

2014-05-01 22:50:40
ニルファタ @Nirfata

私一人がちょうど収まるだけの檻に、錠が落ちる。この檻はあたたかで、強くて、やさしい、私だけの檻だ。 「夜が明けるまで、こうしていたい。其方に囚われている間は、此方は何にも、怯えずにいられる」 頬を寄せる。少しでも、近く。少しでも、狭く。いま許される限り、できるだけ、近く、狭く。

2014-05-01 23:00:10
ジェルト @jeltferluo

「夜が明ければ、本当に其方は俺のものだ」 抱き締めたまま、腰に宛てた手を、下げた。覆うように、寄せた胸。抱え上げるように、足の付根を、持ち上げた。 「寝台は一つしかない。俺は本当に其方を抱いたまま眠るぞ、ニルファタ」 足が浮く。歩を進める。姫君を運ぶには、この姿勢は顔が近すぎる。

2014-05-01 23:06:46
ニルファタ @Nirfata

「其方もだ。其方も此方のものになる」 対等でなければ、釣り合っていなければならぬ。 足が浮いたのに、身体がこわばる。両腕を首に回して、しがみつく。大丈夫、私の檻は私を害さない。だから、怖くない。 「……それなら、目が覚めた時、其方を探さなくてよいの」 今朝は探してしまったけれど。

2014-05-01 23:19:27
ジェルト @jeltferluo

「俺は、其方が俺を求めるのと同じように、其方を求めるぞ?」 そっと、寝台の上へ、王女の身体を置いた。腕を離さぬままなので、殆ど、覆い被さるような姿勢だった。自然、声は、耳元。 「俺は、傍に居る。何処へだって、其方を抱いて、連れて行く」 伏せた瞳。擦るように寄せた耳が、頬を撫でる。

2014-05-01 23:26:48
ニルファタ @Nirfata

横に寝かされれば、髪を覆う布が崩れて解けた。まだ濡れている髪と、角が晒される。 「求めてくれねば、釣り合いがとれぬ」 求めただけ求めてくれるなら、与えられただけ返すのだ。釣り合って、近くあるために。 「其方が連れてくれるなら、何処へでも行ける」 頬をすり寄せて、耳元、囁き合う。

2014-05-01 23:42:44
ジェルト @jeltferluo

「夜が明けるまで、其方が眠れるまで、話していよう」 額に、口吻(くちづけ)を落とした。角に触れぬように、それは、夜が明けてから、する事だから。濡れた髪を撫でる指。これは、睦言と呼べるだろうか。 「……其方の話を、俺に聞かせてくれ。何でもいい」 婚礼祭の、最後の、夜が更けていく。

2014-05-01 23:50:08
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