物語がフラフラするとき~心理療法の理論と技法の折衷を考える

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ccp @akabuchiyk

折衷派の場合、面接が上手くいかない時にどこにそれを帰属させるのだろ?折衷なので、理論やその適用に帰属させるのは、難しい。その場合、折衷の仕方や関わりに帰属させるのだろうか?それならいいけど、クライエントに帰属させないか心配だ。

2014-02-24 20:34:39
Kosuke Sawa @kosukesa

@akabuchiyk 僕の知ってる「折衷派」は、クライアントに応じてCBTや力動を使い分けてるので、うまく行かないとその都度「この方法は合わないか、変えよう」ってやってるみたいです。これだとクライアントに帰属させることはない。同時に複数の方法を混ぜて使う人もいるんでしょうか?

2014-02-24 21:54:24
ccp @akabuchiyk

@kosukesa 何かが引っかかるのですが、クライエントに応じて、CBTをやってみて、うまくいかないなら力動をやってみて、それも駄目ならどうするのだろうって少し思いました。自分の折衷する理論を増やす方向に進むのかな。

2014-02-24 22:17:13
ccp @akabuchiyk

心理療法の技法は、その背景理論というか人間観というのと不可分に思います。そういった人間観はセラピーの中でクライエントと共有されるものと思います。と思った時に、折衷する場合はどのようにそれを切り替えるんだろうなあと単純に疑問に思う。

2014-02-24 22:23:44
モエゾウ(もえぞう) @moe_zou

@akabuchiyk @kosukesa @kirakirakiko ワクテルの書いているようなことを実践しているとしたら、「背景理論を切り替える」必要はないんじゃないかな?と思いました。あと、行動療法の良い所は生活の不便を解消する「手続き」の集合体だから(続

2014-02-25 00:34:23
モエゾウ(もえぞう) @moe_zou

@akabuchiyk (承前)力動などの人格理解とは別の視点で進んでいくから、切り替えるのは簡単なのじゃないかと思いました。折衷にかぎらず、面接が上手くいかない時に理論や適用、クライアントに帰属する前に、自分の手続きに帰属してみることが大事なのではないかと。

2014-02-25 00:39:46
モエゾウ(もえぞう) @moe_zou

ケースフォーミュレーションとか、行動分析とか言ってるが、やってることは学習理論を使って「解釈」しているだけのような気がしていて、これって基礎の知見を便利に使いまわして消費しているだけなのではないかと思って少し怖くなる。

2014-02-25 00:45:19
モエゾウ(もえぞう) @moe_zou

分析して、介入をして、結果として予測通りの効果が出たとしても、自分がしていた分析が本当に正しく記述できていたことの証明にはならないものなぁ。自分が想定していたことと全く違う事が起こっていることだってあると思うし(むしろそっちのほうが多いかもしれないし)。

2014-02-25 00:49:06
ccp @akabuchiyk

@moe_zou そうですね。おっしゃる通りに思います。うまくいかなさを自分の手続きに帰属させるのが大切で、その手続きの妥当性を考える上でもよって立つ理論ってのも重要に思います。手続きとしてのACTのエクササイズだけをたくさん覚えるのはなんか違う気がしますよね。

2014-02-25 00:53:38
モエゾウ(もえぞう) @moe_zou

@akabuchiyk 実際自分が本当に学習理論を「正しく理解して・適用して」臨床ができているとはとても言えそうにないです。ガチガチの理論の方からしたら「その記述とその手続って対応してないよ?」って言われてしまうことが多々ありそうです。

2014-02-25 00:56:57
モエゾウ(もえぞう) @moe_zou

スキナーやウォルピは学習理論の応用として行動療法を使うようになっているからなぁ…。ばっちり基礎が入った上でやっているんだよなぁ。自分のように臨床応用が最初にある人間というのは、ある意味「わかったような顔をして」やっているところがある、実はかなり罪深い人間だよなぁ。

2014-02-25 01:00:50
ccp @akabuchiyk

@moe_zou うーん。そもそも正しくとかガチガチに理論的にというのは、無理な気もします。でも、学習理論の枠組みから問題をみて、それなりに共有可能な物語が作れれば十分なのかなと思います。そして、その物語がフラフラするのは避けるべきかなあと思います。

2014-02-25 01:03:40
モエゾウ(もえぞう) @moe_zou

@akabuchiyk そうですね。おっしゃることはよくわかります。一方で、行動療法が生まれた背景を考えるとやっぱり理論的な正しさを追い求めたい自分が居ます。あくまで学習理論の臨床応用なのだと。ところで「物語がふらふらする」ってどういうことですか?もう少し教えて頂けませんか?

2014-02-25 01:13:01
ccp @akabuchiyk

@moe_zou 確かに、僕もそう思います。物語がフラフラするってのは、共有した理論などに基づく見方が手続きの変更とともにズレたり、変わっていくことを言いたい感じです。手続きの変更とともにそれは変わるはずですが、変わる度に共有が必要かなあと思いました。

2014-02-25 01:20:44
Kosuke Sawa @kosukesa

学習理論に基づいた臨床介入と言った時に、話題はふたつほどあり得て、ひとつは「これこれこういう手続きはこういう結果を導く、という実験結果がありますからそれにのっかりましょう」の妥当性。パッと見、正しそうみ見えるけども実験室での統制とは違うので現場での攪乱変数には十分な注意が必要。

2014-02-25 08:18:15
Kosuke Sawa @kosukesa

ふたつめは「この技法はこういう理論に基づいています」の妥当性で、これがたぶん「物語」なんだけども。この「物語」は、学習研究の中では二つの点で妥当性を担保しようとしてて、ひとつは「理論の出発点としての操作的定義の妥当性」、もうひとつは「理論そのものの検証可能性」なわけだ

2014-02-25 08:20:53
Kosuke Sawa @kosukesa

「私が訴えている不安と、あなたの理論が背景としている不安は別物だ」といって物語が崩壊するのか、「その理論は間違っている」といって崩壊するのかによって全然意味合い違いますね

2014-02-25 08:24:39
Kosuke Sawa @kosukesa

「基礎研究の知見を便利に消費してるだけ」というのは、こういう物語の崩壊過程を目の当たりにしたときに「学習理論の妥当性問題」にフィードバックできる知見を引っ張り出せるかどうかにかかっているかも。「ダメか、次いこう」では消費してるだけ、ってことになるのかな

2014-02-25 08:26:46
Kosuke Sawa @kosukesa

で前々から言っているように、こういう物語の崩壊がイヤであれば、「おいでませ行動分析!」ってことになるわけです。スキナーは理論なんていらないって言ってますしね!スッキリ!

2014-02-25 08:28:03
Kosuke Sawa @kosukesa

基礎研究ってのは分野によって「何が重要な変数で何が攪乱変数なのか」が全然違うんだから、応用するなら自分の目の前の問題にとって何が重要な変数で何が違うのかを見抜けるようになってないとあきまへんよね。これ難しいな。

2014-02-25 08:35:36
ccp @akabuchiyk

@kosukesa 「物語」の崩壊は前提としてあるのかなあと思います。その上で、擦り合わせをしたり、理論を見直したりする試みがとても臨床的だと思います。A理論/技法が駄目なら、B理論/技法というのは、理論や技法選択以上にスタンスとして心配します。なんか、整理されてきました。

2014-02-25 08:41:30
Kosuke Sawa @kosukesa

@akabuchiyk その心配というのは、「サービスを提供する側の問題」としてはそうなのかもと思うのですが、受益者側としてはどうなんでしょう

2014-02-25 08:42:58
*サイパブ @psypub

@akabuchiyk 横レスすみません。たとえば医療だとA薬ダメならB薬、というのは、もちろん理論的な検討はあると思いますが、許容されてますよね。そことの違いはなんになるのでしょうか。

2014-02-25 08:46:24
ccp @akabuchiyk

@psypub @kosukesa なんというか、変更が駄目ではなくて、変更するには一度擦り合わせと理論への振り返りが必要なのかと思います。多分、物語の納得のいく共有なし医師からの投薬がに次々に変わると受益者としては不満があると思います。心理も同じかなあと思います。

2014-02-25 08:49:20
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