英都物産⑰〈回想〉

∞まゆか∞【終了】 @8mayuka8

〈回想〉【1】 今さら遅いねん…。 辞令の紙を指で弾いてつぶやいてみる。 せめてもうちょっと、あと半年、いや、２ヶ月早かったら。 あの日より前やったら…。 そしたら素直に喜べたのにな。 これで、もう逃げられへんよな。 そろそろ腹括るしかないか。 終わってしまうんかな…。

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【2】 最初に抜けがけしたのは俺やった。 ヤスとマルが、新入社員にええ子が入ってきたって騒いでて。 本社に行った時に会うたけど、どこがええんか正直全っ然わからんかった。 コレやったら事務の派手めの子らのがかわいいやん、って。 確かにクソ真面目な子らよりは…やけど。 普通やん。

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【3】 でもしばらく見ててわかった。 仕事もやけど、会話が。 受け流すんも返すんもうまい。 少々の下ネタもサラッとかわしたりツッコんだりして笑いにする。 社長に頼まれたから毎晩得意先の店に連れてったけど、どこ行っても気に入られた。 何でも美味そうに食うし。 うん、ええ子やわ。

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【4】 「お前らが言うてた意味がわかったわ」 ってLINEしたら、ヤスからソッコーで電話が入った。 「お前、なんかしたんか！」 「ちゃうわ！そういう意味じゃないって。ええ子やってわかったってことや。それ以上の意味は無いよ。女として見る対象か？アレ。」 「それやったらええけど…」

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【5】 「絶対、手ぇ出すなよ。あの子、ちゃんと彼氏おんねんから。」 「おるんや。」 「それがなかったら、俺もマルもとっくに動いとるわ。」 「そうなん？そこまで…？」 「とにかく、わかったな。あの子は絶対アカンぞ。」 「わかったって。て言うか、そんなんとちゃうて。」

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【6】 出張最終日。 最後やし、ちょっとええとこ連れてったろうと思った。 それまでは運転する俺が飲まれへんからってあの子も飲まんかったけど、最後やねんからって勧めた。 美味い鮨には日本酒が合うねん。 嫌いじゃないらしくて、結構呑んでた。 相変わらず、美味そうに食うなぁ。

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【7】 ホテルまで送って行って、大将に頼んだお土産の鮨を渡す。 びっくりした顔で断られた。 『彼女さんに…』 いや、彼女とかおらんし。 『半分食べてくださいよ』 ってソレ、どういう意味や？ 部屋に入っていったあの子から連絡が入る。 『大丈夫です。』

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【8】 大丈夫って何が大丈夫やねんっ！ なんや？ 俺、誘われてんのか？ いや、ただ単にお腹いっぱいで食べられへんってことやろ。 そうや、それだけや。 第一、別に俺、あの子に女なんか感じてへんし。 あの子の部屋に向かう。 小さなテーブルを挟んで座るとあの子は寿司を開けた。

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【9】 寿司を覗き込むあの子の胸の谷間がチラッと見える。 意外と胸大きいんや… 『大倉さん、どれ食べます？』 って上目遣い…。 酒のせいかちょっと潤んだ瞳… 気付いたら押し倒してた。 「誘ってきたのはそっちやで」 言い訳してみる。 最初は抵抗したけど、キスしただけで…。

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【10】 女なんか感じてへんって思ってたのに、キスしただけで、もうめちゃめちゃ女やん。 舌、指、言葉…そのどれもに、これでもかってぐらいに反応する。 もう、止まらんかった。 最後に引き抜く瞬間、めっちゃ残念そうな顔したのが脳裏に焼き付いて。 コイツを満足させたいって思った。

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【11】 そうやって始まった。 「あの子、彼氏おるんやからな。」 ヤスの言葉が引っかかってたから、次の日はそのまま送ろうと思ってた。 今やったらまだ…。 迷った。 このまま帰すか…？ やけど、やっぱりムリやった。 俺は、もうあの子の中の女を見てしまったから…。

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【12】 それでもまだ、甘く考えてた 出張ん時に会う程度や。 彼氏おるくせに、あんなに感じてたぐらいやし。 “そういう関係”を持っただけ。 俺が本社に行った時も、先に帰るでもなくついて来た。 『シたかっただけ？』 って聞いたのはあいつも同じやから。 それぐらいに思ってた。

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【13】 付き合ってるわけじゃない。 彼女ヅラして詮索してくることも、毎日会いたいのにって泣かれることもない。 その関係は俺にとっては都合が良くて。 だからズルズルと一年以上も続いた。 本社の連中がスキーに行くって聞いた時も、別になんとも思ってなかった。 けど…。

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【14】 スキーの数日後、ヤスから連絡が来た。 「お前、あの子とどうなってんねん。」 バレたか…。 追求されて、全部話した。 最初から。 今の、関係も。 ヤスの反応は意外なモンやった。 「付き合ってるわけじゃないねんな？ほな、俺がもらうぞ。」 ちょ、ちょっと待ってくれ！！

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【15】 付き合ってるわけじゃないって思ってた。 いや、付き合ってない。 けど… あいつがヤスと付き合う…？ もう、会われへん？？ そんなん、ムリや。 慌てた俺は、勝負に出た。 めっちゃドキドキした。 今さら、何言うてるって流されるかと思った。 そんな関係ちゃうやろって…

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【16】 でも、あいつは俺の気持ちに応えてくれた。 ヤスにも話した。 「ちゃんと付き合うことになったから。」 「俺は諦めへんぞ」 予想外の答えが返ってきた。 急いで異動願いを出したけど、そんなもん、すぐに通るわけもない。 あいつらは毎日会うてるのに、俺は週末だけ。

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【17】 もう、毎日気が気じゃなかった。 そばにおられへんって、こういうことか。 あの日、ヤスからのLINE。 「お前らの仲、壊すわ。」 なんやねん、それッ 「悪いな、なりゆきで。実力行使させてもらう。」 何する気やねんッ すぐあいつにLINEも電話もしたけど連絡もつかんし。

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【18】 車を飛ばしながら、遠距離ってこういうことかって思い知る。 好きな女を守ることもできへん。 でも… 始まりは、俺もおんなじようなもんやん。 あいつは、ほんまに俺のことが好きなんか？ 俺はあいつから、その言葉を聞いたことあったっけ…？ そんなこと考えながら辿り着いた。

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【19】 まだ帰ってないんや…。 玄関の前に座り込む。 あいつ、どんな顔して帰って来るんやろ。 俺、ココに来て良かったんかな。 そんなこと考えてたら、あいつが帰ってきた。 なんちゅう顔してんねん。 俺に気付いて、逃げようとした…？ 会いたくなかった、か。 でも俺は…。