【第二部-拾四】僕の進水日 #見つめる時雨

1935年5月18日、駆逐艦時雨、進水
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誰かを見つめる時雨 @rainshowers_bot

部屋をノックする音。扉の近くにいた村雨が対応に向かった。 「はいはーい、どちらさまですか?」 今、僕と夕立の部屋にはジュースやお菓子、そしてケーキが置かれていた。白露達が、僕のお祝いにと持ち込んだものだ。皆お風呂を済ませたパジャマ姿で賑わっている。今日は僕の、進水日。

2014-05-18 22:30:09
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「時雨、あーん」 夕立が小さくしたケーキをフォークで刺し、僕に向ける。ちょ、ちょっと恥ずかしいんだけど…。夕立は躊躇する僕なんてお構いなしといった様子。もう…。 「あら、山城さんじゃないですか」 そんな村雨の声が聞こえた。…山城?

2014-05-18 22:35:10
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「あ、ちょっと、時雨!」 よそ見をした僕に夕立が少しむくれた顔をする。 「いや、だって山城が来たみたいだし…」 「もー!今は、夕立だけを見て!」 夕立が粘ってくるので、僕は観念することにした。自分の耳にかかった髪をかきあげ、口を開ける。すると夕立がケーキを差し入れてきた。

2014-05-18 22:40:09
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ん…美味しい。指を口元に当てて、ケーキを味わう。夕立を見ると、ご満悦といった表情を浮かべていた。 「あら、楽しそうね、時雨」 ギクリとして声の方を向くと、お菓子を囲む輪形陣に山城が混じっていた。驚きむせる僕を見て、五月雨がジュースを持って来てくれた。ふ、ふぅ…。

2014-05-18 22:50:09
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「人の顔見ていきなりむせるなんて、ご挨拶ねぇ。そんなに驚いた?」 山城が意地悪い笑みを浮かべる。山城ってば…。 「山城さんも参加しますー?」 涼風が山城の袖を引きながら聞いた。 「いえ、私はこれを渡しに来ただけよ」 そう言って1枚の折り畳まれた紙を僕に差し出してきた。

2014-05-18 22:55:10
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中には文字が書かれていた。えっと…。 「じゃあ、私はこれで。おやすみ。あと進水日おめでとう、時雨」 「あ、山城!」 呼び止めると山城は人差し指を自分の唇の前に置いた。何かのサインだろうか?紙に書いてあることに関係あるのかも。…山城はそのまま、さっさと部屋を出て行った。

2014-05-18 23:00:25
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「何貰ったの?」 夕立が覗きこんでくる。何だか見せてはいけない気がしたので、僕は一旦しまうことにした。 「何でもないよ。気にしないで」 夕立がじっと僕を見つめる。…そんな目されても困るんだけどな。

2014-05-18 23:05:10
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「はいはーい、次は村雨特性のスイートポテトよ。皆、食べてみて!」 村雨のその声を聞いて、夕立の髪がぴんっと立った…気がした。 「スイートポテトだって」 「…うん」 「食べよう?」 「うー…」 夕立はしぶしぶといった様子で僕から視線を外した。食欲には勝てなかったみたい。

2014-05-18 23:10:09
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夕立がそちらに向かっている隙に、僕は山城から渡された紙を開いてみた。 「…あ」 書かれていた文字は、ほんの一行程度。その内容は…。 「何が書いてあったの?」 「うわぁ!?」 いつの間にか五月雨が近くにきていた。 「な、何でもないってば…」

2014-05-18 23:15:09
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「内緒ってことね」 五月雨が少し微笑みながら僕を見た。もう、みんな興味津々で困るよ…。 「…後で、か」 僕は再び紙を懐にしまい、それから村雨のスイートポテトを貰うべく、皆の中に混じっていった。皆すごい勢いで詰まんでるけど、僕の分、残ってるかな?―

2014-05-18 23:20:10
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“0100、茶室で待ってます” ―山城から渡された紙にはそう書かれていた。僕は夕立が寝静まったのを見てから部屋を抜けだした。…茶室に行くのは初めて。あそこでは扶桑と山城が、仲の良い艦娘達とよくお茶会をしている…みたい。僕は誘われたことがなかったから、詳細は知らなかった。

2014-05-19 00:50:10
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お茶会に誘われるメンバーには一定の法則があるらしい。僕はそこには該当しなかったようで…。そのことを残念には思ってはなかったけど、お茶会の様子は気になった。どんなこと話してるんだろう、とか、どんな顔で話してるんだろう、とか。そんな事を考えながら歩いている内に、部屋に着いた。

2014-05-19 00:55:10
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見た目は普通の扉。でもその奥にもう一つ扉を挟んで茶室があるみたい。いつもはこの部屋、鍵がかかっていて入れないのだけれど…。ドアノブに手をかける。軽く回すと扉が緩んだ。…開いた。途端に、胸の鼓動が早くなった。確かにこの中に山城がいるのだと、悟ったから。

2014-05-19 01:00:09
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ドアを開けると、そこには小さな部屋があった。部屋の明かりは付いておらず、恐らく奥の部屋から漏れる月明かりが、この部屋の光源となっていた。部屋にはキッチンが備え付けてあり、棚にはおそらく茶道で使う道具が並んでいた。そして…正面には障子があった。

2014-05-19 01:05:10
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障子に人影が浮かんでいる。僕はゆっくりとそれに向かって歩いた。えっと、障子を開ける時ってどうすればいいんだっけ…。まさかノックするわけにもいかないし…。悩んでいると、畳をする音が聞こえてきた。人影の輪郭が、段々とはっきりしてくる。そして…障子がゆっくりと開いた。

2014-05-19 01:10:11
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「そんなところにいないで、早く入って来なさいよ」 山城が中から姿を見せた。山城はさっきと同じ、浴衣姿だった。 「…?何固まってるのよ。いいわよ、入っても」 あの…山城、その恰好でその姿勢はちょっと危ないよ…。屈んでるキミの胸元が…その…。

2014-05-19 01:15:10
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僕はなるべく山城を見ないようにして、素足さと茶室の中に入った。 「…わぁ」 畳の香りが漂う茶室には、開けられた窓から月明かりが差し込んでいた。床の間に飾られた花がそれに照らされ、まるで光って見えた。とても素敵な、空間だった…。 「気に入った?」 「…うん」

2014-05-19 01:20:11
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「どうして僕をここに?」 山城が障子を閉め、窓の近くに座る僕の傍に移動してきた。 「進水日のお祝い。ここ、気になってたんでしょう?だから、今日だけ特別。ちょっと日を跨いじゃったけど…」 「…そう。嬉しいな。ありがとう、山城」 山城がどういたしまして、と微笑む。

2014-05-19 01:25:09
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「勿論、それだけじゃないけどね。はいこれ」 山城が、紫の地に青色の花が描かれた布をくれた。これは…浴衣? 「私と扶桑姉様から。寝間着用の浴衣よ。改めて進水日、おめでとう、時雨」 …僕はそれを受け取ると、胸に抱いた。どうしよう、胸が一杯だよ。…ありがとう。

2014-05-19 01:30:11
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「ちょっと今着てみない?」 「え?」 「私、時雨がそれ着てるとこ、見てみたいわ」 …そんな風に言われると断れないよ。でも、着てみたいのは僕も一緒だった。 「着方はわかる?」 「うん、大丈夫だと思う」 「わからなかったら、着せてあげる」 「い、いいってば!」

2014-05-19 01:35:09
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山城に反対側を向いてもらい、僕は茶室で着替え始めた。女同士とはいえ、着替えを見られるのは恥ずかしい。特に、山城には。…パジャマのボタンを、一つずつ外していく。その間も僕は、ちらちらと背後を気にした。何となく視線を感じるような気がしたから…。実際、それは錯覚だったのだけれど。

2014-05-19 01:40:09
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パジャマを片側だけ脱ぎ、腕に浴衣の袖を通す。ブラはしていない。窮屈に感じることが多かったから。でも今は、少し後悔した。あまりにも無防備な自分の状態を思うと、緊張が解けなかった。自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。後ろにいる山城にまで伝わってしまうんじゃないかってくらい、大きかった。

2014-05-19 01:45:10
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視線を落とすと、何も纏っていない自分の胸が見えた。この非日常的な場所で、非日常的な恰好をしている自分に…ドキドキした。僕は両腕に浴衣を通し終わり、そのまま立ち上がった。 「……」 後ろを振り向き、山城の様子を伺う。山城は僕に背を向けながら、外を眺めていた。

2014-05-19 01:50:09
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僕はパジャマのズボンに手をかけ、ゆっくりと下ろし始めた。…一気に涼しさが増す。さっきまでパジャマに包まれていた脚が、空気中に曝け出された為だ。脚を一つずつ、ズボンから引き抜いていく。僕は急いで浴衣の前を合わせ、帯を結んだ。…ふぅ。

2014-05-19 01:55:10