怪傑教師列伝ダンゲロス

『ハイキュー』と『鈴木先生』に影響を受けた教師物ダンゲロス。発表直後、フォロワーが7人減りました。
9
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

そう言われてもド正義にはにわかに信じたがたいものがあったが、確か雁木は魔人であったはずだ。であれば、一方面での秀でた才能を持っていたとしても不思議ではない。「しかし、部内でのその絶大な人気が今回の問題の原因だったのです。きっかけは一年生の北島さんが魔人覚醒したことでした」25

2014-05-25 18:48:33
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

スズキによると演劇部一年の北島という女子生徒は魔人覚醒により雁木に匹敵する程の恐ろしい演技力を得たのだという。強力なライバルの出現と言えたが、雁木は彼女を邪険にすることなく、むしろ彼女を深く愛し、その才能を更に伸ばすべく厳しくも優しく先輩として指導していたのだという。26

2014-05-25 18:52:40
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「雁木の態度に非難する点はありません。ですが、周りの部員たちは面白くなかった。ウチは部員が全員女子ですから女子特有の嫉妬感情のようなものが働いたのだと思います。一年生に演技力で追い抜かれたばかりか、敬愛する雁木部長の寵愛を北島が一身に奪ってしまった、そう思ったのでしょう」27

2014-05-25 18:56:00
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

そうして北島へのイジメが始まった。それは暴力的なものでもおおっぴらなものでもなかった。最初はよそよそしい態度を取るだけだった部員たちだが、すぐにシカトに発展した。だが、他には聞こえる距離で陰口を叩くなどの、陰湿ではあったが一線は超えないものであったためスズキも手をこまねいた。28

2014-05-25 19:04:31
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「これが暴力や窃盗を伴うものであれば断固とした指導で臨めたのですが、この段階ではどう対処するのが正解か分からなかったのです。北島とも話をしましたが、先生には関わらない欲しいと言われました」雁木とスズキの二人を仲間にしたと思われたらイジメが加熱する恐れがあったためだろう。29

2014-05-25 19:07:46
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「僕にはどうすればいいのか分からなかった。ですが」スズキは静かな声音のまま、だがハッキリと言った。「この問題は先の夏休みに解決したのです。雁木の取った英雄的行動によって。その時のことを皆さんにお話したい……」思い出すように宙を見つめながらスズキ先生がとつとつと語り始めるーー。30

2014-05-25 19:10:21
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

八月のある暑い朝のことでした。我が演劇部は都内演劇コンクールに出場するためチャーターしたマイクロバスに乗り込んだのです。ですが、ケチったためかこれがとんでもないボロ車で、窓はほとんど開かず熱気は内に溜まり、おまけにクーラーも故障していました。まるでサウナのような車内でした。32

2014-05-25 19:15:53
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「どうしたの?」雁木が隣に座る北島に声をかけました。北島は青い顔をしてずっと俯いていたからです。おそらくは車内の熱気と自分に向けられている敵意にやられてしまったのでしょう。車酔いを起こした彼女は必死に吐き気を堪えていたのですが、バスは渋滞にはまり高速上で立ち往生しています。33

2014-05-25 19:20:30
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

いっそ吐いてしまえば楽になったでしょうが、しかし、熱気のこもる車内で嘔吐などすれば匂いが充満します。それでは他の部員にも迷惑をかけるし、またイジメられてしまう。それが分かっていたから彼女は必死に耐えていたのです。それになぜか彼女たちの席にはエチケット袋が用意されてなかった。34

2014-05-25 19:25:24
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

ですが心優しい雁木には苦しむ後輩を見捨てることなどできませんでした。「マヤ……もう大丈夫よ。我慢しなくていいの」彼女はそう言って立ち上がると、己のスカートをたくし上げました。そして、穿いているパンツをギュッと前に伸ばしてこう言ったのです。「さあ、ここにお吐きなさい。存分に」35

2014-05-25 19:30:42
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「オゲゲーッ!」北島も既に我慢の限界だったのでしょう。勧められるままに彼女は雁木の股間に向かって嘔吐したのです。雁木のパンツから吐瀉物が溢れ、漏れだし、太腿を伝ってバス車内へと流れ落ちて、異臭はたちまち車内へと充満しました。36

2014-05-25 19:35:12
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

僕はその光景を見ながら唖然としていました。どうしたんだ、雁木。確かにエチケット袋はなかった。だが、股間で受け止めたからって何ら本質的解決にはなっていないぞ! 結局、ゲロは車内に溢れたし異臭も充満した。理性的なお前らしくないじゃないか! 37

2014-05-25 19:37:57
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

わなわなと震える僕を尻目に、雁木は穏やかな微笑みを浮かべたまま、吐き続ける北島の背中を優しくさすっていました。どうして雁木はそんなことをしたのか。その時の僕には何も分かりませんでした。ですが、結論から言えば、これで我が部のイジメ問題は全て解決したのです。38

2014-05-25 19:42:46
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「これでイジメが解決……」「一体どういうことなの」居並ぶ教師たちはそう言ったきり絶句し、ひたすらにスズキ先生を凝視した。今の話にとても本質的で重要な何かがあることに誰もが気付いていたが、それを言語化することができなかったのだ。「皆さんに考えて頂きたいのはそのことなのです」40

2014-05-25 19:52:31
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ハッ、そんなの」数学教師長谷部が人差し指で頭の辺りをクルクルしながら笑って言った。「雁木の頭がイカレてたからでしょう? ラリってたんですよ」魔人の雁木を見下したゆえの発言だったが、空気を読まぬこの言葉に、教師たちがキッと冷たい目で睨みつけると流石に彼も苦笑して押し黙った。41

2014-05-25 19:57:02
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

しばしの静寂の後。「……シンプルに考えましょう」口火を開いたのは校長の黒川メイであった。「雁木さんはおそらく部内のイジメ問題には気付いていたはずよね。であれば、北島さんのゲロなら股間で受け止めれることを示すことで、彼女への強い愛情を明らかにしたのでは?」42

2014-05-25 20:01:52
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「お言葉ですが、それでは逆効果だと思います」反論したのは生徒会長のド正義だ。「元はと言えば北島さんに対する特別扱いが嫉妬に繋がりイジメの原因になったんですよね。であれば、そんな特別な愛情を示しては一層イジメがエスカレートするだけではないでしょうか?」「そうよね……」43

2014-05-25 20:04:49
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「逆にこう考えるのはどうでしょうか?」ド正義が己の推理を開陳する。「彼女はゲロを股間で受け止めた。これにより自らのカリスマ性を意図的に減じたのでは? 股間がゲロまみれであれば部員たちも彼女に幻滅し、したがって北島さんへの特別扱いに嫉妬を抱く理由もなくなります」44

2014-05-25 20:09:26
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「それはどうかしら……」控えめながらも異を唱えたのは家庭科の女教師、吉岡だ。「そんなに幻滅されたなら雁木さんもイジメの標的になってしまうのではないかしら? それに股間がゲロまみれになったくらいで女子高生に幻滅することなんてありえないわ」「それはそうですね……」45

2014-05-25 20:14:47
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「ついでに言っておくと」スズキ先生が付け足した。「その後、雁木は下半身ゲロまみれのまま舞台に立ち、見事に主役を演じきってコンクールに優勝した」「やっぱり……」「いささかも魅力を減じてない」「むしろプラス……」「人間的成長……」教師たちは納得の面持ちで頷き合う。46

2014-05-25 20:25:05
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「この問題、私はイチ科学者として、もっと物理的な問題だと思うんですよね」次に口を開いたのは物理教師の平田だ。「ひょっとすると……、その時、雁木は生理が来てたんじゃないですか?」スズキ先生は重々しく頷いた。「なんだ、それなら答えは簡単だ」47

2014-05-25 20:28:15
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

平田は自信げに言った。「ナプキンですよ。男の私にはよく分かりませんが、あれにはすごい吸水能力があるんでしょう? 雁木はナプキンの吸水能力でゲロを全部吸い取ろうとしたんじゃあないですか!?」「でも、ゲロは結局パンツから漏れちゃったのよ!」日本史の田沢先生が咄嗟に疑義を挟む。48

2014-05-25 20:31:33
架神恭介/作家・ゲームデザイナー @cagamiincage

「だから、雁木はナプキンを過信し過ぎてたんですよ」「同じ女性だから分かりますけど、私達はナプキンにそこまでの信頼感を抱いてません。それに結局失敗したんじゃイジメは解決しませんし」「……分かったぞ」ここでポンと手を叩いたのは体育教師の山岡だ。「忘れてたけど雁木は魔人なんですよ」49

2014-05-25 20:39:41