南北朝SSふたつ

書いたのまとめてみました
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どくだみ @dokudamiY

「人を殺し、他人の土地を奪い、そうやって生きていくことを定められている、我等とはまったく別の生き物なんですよ、あれは。だから、我々が獣の真似をしても滑稽なように」忠顕は、ようやく顕家の顔に貼り付いた笑みが、侮蔑のそれだと気付いた。「武士の真似などしても、剽軽なだけだ。」

2014-06-29 21:30:58
どくだみ @dokudamiY

忠顕は、胸に深く杭を打ち付けられたような気分になった。彼は、己が建武の御一新後に都に上ってきた武士どもに、自分がどう呼ばれているか知っていた。六条の青侍、などと面と向かって罵倒するものはいなかったが、彼自身、周囲の雰囲気からそれとなく察してもいた。

2014-06-29 21:31:31
どくだみ @dokudamiY

「だが、今は我々公家が武士どもを従える時代ぞ。武家に戦を任せれば、元の北条丸の天下に逆戻りではないか。」忠顕は、呻くように答えた。

2014-06-29 21:32:21
どくだみ @dokudamiY

顕家はそんな忠顕の顔を愉快そうに覗き込み、答えた。「だから、そのためには器が必要なのですよ。人殺しの衆を、有無を言わさず抑えつける、器が。それを持たずに武技など磨いて、いったいどうするのです?」己にその器量はない、と、この十五にもならぬ少年は、忠顕にそう告げていた。

2014-06-29 21:33:37
どくだみ @dokudamiY

「そう仰るのなら、陸奥守殿はさぞ大きな器をお持ちのようだ。某にそれを見せてはくれませぬか?」心の底から湧きだす怒りを抑えられず、忠顕は手近な木剣を疲労と、顕家に放った。顕家は、可笑しそうに笑うと、いいですよ、と応え、剣を構えた。

2014-06-29 21:33:52
どくだみ @dokudamiY

勝負は、一瞬でついた。顕家は強く、そして容赦がなく、残酷であった。忠顕の振りかぶった木剣を難なく受け止めると、その剣をそのままに忠顕の肩に振り下ろした。ぐう、と思わず忠顕の動きが止まる。その間に顕家は忠顕の懐に潜り込んでおり、したたかに胴を一閃した。

2014-06-29 21:34:13
どくだみ @dokudamiY

忠顕は、胃の奥から熱い液体が湧きだすのを覚え、蹲った。そして顕家は、虫のように丸まった忠顕の、先ほど木剣を打ち付けたその肩に、もう一撃剣を振り下ろした。ぼぐっ、という音が、体内に響いた。忠顕は悲鳴を上げ転げまわった。涎を垂れ流す口に土が入り込んだが、忠顕はそれにも構わず、悶えた。

2014-06-29 21:35:05
どくだみ @dokudamiY

顕家はそんな忠顕を、相変わらず笑みを浮かべたまま見下ろしていた。「千種殿。」顕家はしゃがみこみ、泣いて悶え苦しむ忠顕の耳元で、囁いた。「蠅はね、龍にはなれないのですよ。」

2014-06-29 21:35:29
どくだみ @dokudamiY

それから三年が経った。いつしか新政は破綻しており、さらに足利尊氏が離反したことで、帝と忠顕を含む近臣たちは京を追われた。大丈夫でございます、我らが京を取り返して御覧に入れましょう、と忠顕は帝に言った。忠顕自身、それがいかに空虚な言葉かということに気付いていた。

2014-06-29 21:36:00
どくだみ @dokudamiY

忠顕は、幾度も比叡山から兵を送り、尊氏の軍勢と戦った。いつしか忠顕は、戦の度に顕家の言葉を思い出すようになっていた。それは多分に反発としてではあったが、そこに幾何かの諦念が含まれていることに、彼は薄々気がついていた。それを振り払うように彼は何度も出陣し、その度に負けた。

2014-06-29 21:36:20
どくだみ @dokudamiY

いつしか、彼を見る周囲の公家の目は、厳しいものになっていった。それまでの権勢の反動であることは、彼も承知していた。しかし、帝までもが、忠顕の言葉を疑い始めていた。忠顕は、少しずつ追い詰められていた。

2014-06-29 21:36:33
どくだみ @dokudamiY

顕家の上洛が伝えられたのは、そのような折であった。奥州を発った顕家の軍は、鎌倉を炎上させ、東海道を食い潰しながら進撃した。帝と近臣たちは歓喜し、顕家の上洛を待ち望んだ。

2014-06-29 21:37:24
どくだみ @dokudamiY

そして顕家は易々と京に侵入した。足利方の軍勢を蹴散し、尊氏を九州に追い落とした。忠顕もこの合戦に参加した。顕家の進撃に浮足立った足利の軍勢は呆気なく崩れ、四散していった。

2014-06-29 21:37:46
どくだみ @dokudamiY

顕家の軍勢に護られるように、帝と近臣たちは京に戻った。誰もが顕家を、救い主のように仰ぎ見た。ただ当の顕家だけは、いつもと変わらぬ笑みを浮かべたまま、悠々と馬に跨り、都大路を進んでいった。

2014-06-29 21:38:13
どくだみ @dokudamiY

忠顕は、顕家の姿を見ながら、己の中に芽生えた感情が、怒りでも羨望でもなく、周囲の近臣たちとまったく同様のものであることに、気付いていた。そして、ああ俺は本当に蠅になってしまったのだな、と思った。翌年、忠顕は取るに足らぬ戦で、虫のように死んだ。

2014-06-29 21:38:31
どくだみ @dokudamiY

Twitterでこういうの書いてみると必要な部分以外全部削がなきゃいけなくてなかなかいい練習になるけど難しい。忍殺って本当に凄いわ。

2014-06-29 21:40:15