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新国立競技場問題:シンポジウム「都市の美学」中谷礼仁先生の講演

美学会シンポジウム「都市の美学」で中谷礼仁先生の講演内容のダイジェスト。新国立競技場問題に対して建築歴史家としてではなく個人的に発言するとおっしゃる中谷先生ですが、歴史工学を標榜される先生らしい、自身の感性にも斬り込むギリギリの本気の論。
建築 美学会 中谷礼仁 建築史 新国立競技場
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AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演①:新国立競技場に関しては建築歴史家としてではなく、中谷個人として発言します。まずまっ正直な話として「感性からな発意」と「悟性による説明」という2形式での自分の反応があった。感性からはあの案みたとき「え!なにこれ?デカ!でも、どうせ建つんでしょ」だった。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演②:その後に悟性的説明を理解。「予算超過、歴史的経緯、市民社会の合意」といったもの両者に非常にギャップを感じる。前回のオリンピックと比較してこの感性と悟性の乖離が大き過ぎる事態といえる。その乖離とはグローバリズムとローカリズムの問題と捉えられるだろう。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演③:近代国家、産業革命、モダニズム、これまでもグローバリゼーションとローカリズムは交互に対比的に現れ議論は常に対になり先鋭化する。その拮抗する力のダイナミズムが文明の歴史であり、それは陰陽図のようにモデルとして表せる。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演④:歴史は時のポリティカルパワーバランスによって容易に入れ替わる。よって新国立競技場問題における外苑の歴史的景観論は根拠化できない。それよりも建築家の職能問題からこの件を考えたい。今回の最優秀者は建築家と位置付けられていない。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演⑤:1953年に国立図書館コンペという建築家の職能を根底から否定した事件があった。このとき反旗を翻したのは吉阪隆正だった。ザハ案の契約形態をみると、この国では未だに建築家の存在権が定着していないことを証明した。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演⑥:新国立競技場のコンペ要項はUIAが掲げる世界の建築家の地位確保定義に抵触している。契約書の本文は未入手だが、見本があった。抜粋する「主催者はザハと協議の上、作品の一部に変更要請でき、ザハは不合理にこれを拒絶しないこと」だ。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演⑦:新国立競技場には2つの設計主体が結果携わっている。監修者ザハと日本側設計組織。両者間での契約は?JSCに開示請求すると30日以上かかり、設計主体は守秘義務と答えた。しかし、このケースで守秘は建築家の倫理規定に合致するのか?
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演⑧:建物、広義の建築文化が共有されることについて考える。歴史的正統性を客観論として根拠化しない。外苑は100年以上前は野っぱらだし、江戸時代はまったく他の用途。都市環境としての共有化は可能だろう。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演⑨:ザハの考えも日本側の設計組織の考えを問う必要がある。設計条件も再整理し、環境要因や市民の意見も出し、そのうえで正統なかたちでの建築家との契約を結び直しザハ作品として成立させ得ることが本来のかたちだろう。
AI建築エコノミスト森山高至 @mori_arch_econo
「都市の美学」中谷先生講演⑩:新国立競技場問題は建築家の権利、職能を確立させてはじめて賛成意見も反対意見も意味をもって立ち上がってくるにちがいない。 以上、中谷礼仁先生講演ダイジェストでした。

コメント

中谷礼仁NorihitoNAKATANI @rhenin 2014年7月23日
⑧の発言に関するプレゼンの言葉は以下の通りでした。 タイトル:建物が共有されること  ポイント: ・建築家(代象責任者)の存在と意義を認めること   建築家の人権の回復(国立国会図書館1953以降ずっと懸案) ・反対者の人格権の付与…建築家の人権回復と同時 ・歴史的正当性の問題ではないこと(歴史は事後的に発見される) ・普遍的状態(動的平衡関係)へ至る未来へのプロセスであること   環境として感性的に共感されること。   建てて、こわすことも念頭におくこと。
中谷礼仁NorihitoNAKATANI @rhenin 2014年7月23日
最も重要なのは、これから環境として感性的に共感されるような建築を構築するためのプロセスをつくりあげることに尽きると思います。これに関連して、コインの裏表の関係でもあるグローバライゼーションとそのローカライゼーションを統合する力が如何に現在の国家組織が失ってしまったかがまたそもそもの問題でもあります。しかし骰子は設計者という代象責任者に投げられるべきです。建築家、設計士に人権と遂行の責任を。
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