rsbs日誌#19(後編)

﨟長けた鉄血のかはたれどきの魔女🦋 @r_s_b_s

#rsbs日誌　わしは目覚める。うすらぼんやりとした視界で己の所在を知る。嗚呼、そうじゃった。昨晩は飛鷹の発作を止める為に茵を共にしておったのじゃった。些か体の筋が痛いが、他は特に問題も無さそうじゃ。わしの髪を撫でる飛鷹の手は、とても優しく慈母神の様であった。

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#rsbs日誌　「お目覚めね。おはよう提督…体の具合は如何かしら…あんな事をして居る私が言えた事じゃ無いけれど」「大丈夫じゃよ…問題ない」「そっか」わしを胸に抱き抱えた飛鷹は頬を寄せた。躰に震えは無く、溢れ出る闇も無い。わしは此度の茵も上手く行ったか…と小さく安堵した。

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#rsbs日誌　飛鷹は…捨てられた艦娘じゃった。偶さか艦娘の適性があり、偶さか配属された先がヤリチンの糞提督の鎮守府で、偶さか珍しく…やや子を宿してしまったが故に、あやつはやり捨てられた。哀れで可哀想な…軽空母じゃった。見目麗しいのが災いした悲しい話である…

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#rsbs日誌　波間をただぼんやりとさ迷う彼女を拾ったのは初夏の話じゃった…腹のやや子かや…残念ながら流産しておったよ。正視に耐えぬ彼女を保護したのは、確か千歳じゃったか。丁度南西海域の巡回をしながら、練度を高めておった頃じゃろう…あの頃は初めてのイベントが控えておった…

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#rsbs日誌　わしは参加する積りは殊更無かったが…大本営からの命と在らば従わぬ訳には行かず、渋々艦隊を向かわせた。あの頃わしは既にイベント海域での戦闘が過酷な物であると言う話を聞いておった。深海棲艦の罠が何重にも仕掛けられた、死の海域…わしは吐いてしまいそうじゃったよ。

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#rsbs日誌　死臭が漂っておった。艦娘の、怨嗟に塗れた酷い死臭が。其れでも戦わねばならぬ。わしは細心の注意を払って進撃した。被害を受けたならば直ぐ様に撤退する様に強く念を押して。…しかし、敵とは眼前に佇む深海棲艦だけでは無いのじゃよ。嗚呼、恐ろしい…

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#rsbs日誌　疲労による失念。わしは指示を間違えた。そして彼女…わしは飛鷹を沈めてしまった。隼鷹の目の前で。わしは海域での戦闘を破棄し、彼女の捜索に当たった。余りにも下らない理由で沈めてなるものか、とばかりに。

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#rsbs日誌　無論、隼鷹には殴られたもんじゃよ。散々殴られた。そりゃそうじゃ。姉を沈められたのじゃ。わしの些細なミスで。わしは甘んじて受けた。否、受けなくてはならない罰じゃ…当時共に艦隊を組んでおった響が隼鷹を止めに入ったがわしは止めさせなかった。首がもげても受け入れた。

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#rsbs日誌　涙を流し拳を握る隼鷹の怒りの矛先は、わしに向けられて漸く落ち着きを取り戻せる物じゃった。其れを受け止めず、何が提督であろうか…ぼろ雑巾にされた後、響は小さくわしに呟いた。「提督だけの責任では無いさ…今回の死は、私達全員に付いて回るある種の宿命なのだから…」とな…

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#rsbs日誌　さて…この程度で腐って居るほどわしゃ落ちぶれてはおらん。魔女として化け物としての矜持が許さぬ。倫理？理？クソ喰らえじゃ。戦闘を放棄してまで捜索した飛鷹の遺体は、冷たく、白く、ビスクドールのやうであった。わしは門を開く。冥界への門を…三途の川を渡った魂を出迎えに。

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#rsbs日誌　三途の川を無断で渡河し、魂魄蠢く冥界を渡り歩く。時おり、何処かで見掛けた様な顔を見たが、わしは脇目も振らずに真っ直ぐに歩いた。北を示さぬ羅針盤を片手に、只黙々と歩いた。歩き果てたその先。暗い暗い崖の上で彼奴は独り座っておったよ。寂しそうに唄を歌って…

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#rsbs日誌　飛鷹、とわしは声をかけた。「…！？」あやつは心底驚いた顔をしておった。無理もあるまい。其処は死の国。黄泉比良坂。生きた人間が立ち寄っては為らぬ場所。平手打ちが飛んだ。ぱちん、と気持ちのよい音が、冥界に響く。「馬鹿！なんて事してるのよ！」そりゃ、馬鹿じゃからじゃよ

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#rsbs日誌　そして、無言。肩を震わせ、涙を目尻に溜めてあやつは睨んだ。責めぬのか、と問う。責める権利がある。とわしは伝える。「苦しかったわ、凄く」そうじゃろうな…「寂しかったわ…とても」ああ、死別じゃからな…「何より、なんで来たのよ！」おう、そっちを責めるかや。

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#rsbs日誌　「沈められた事なんて、今はもうどうでも良いの。だけど今は、こんな事してる提督に私は怒ってるんだから！」おやまぁ…ちょいと心外じゃ。「私だって…艦娘だけども陰陽師の端くれ。反魂の儀が何れだけ馬鹿らしいか位、判るわよ！」其れだけわしは、お前を手放したくは無いのじゃ

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#rsbs日誌　「馬鹿よ、本当に馬鹿！私みたいな軽空母なんて、掃いて捨てる程居るじゃないの！」ハッキリと飛鷹は言い切った。為らば言い返す他在るまい。「飛鷹や、わしらにとっての飛鷹は、同じ釜の飯を喰ったお前さんだけなんじゃよ」わしは抱き締めた。もう二度と放すまい。愛しい乙女よ

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#rsbs日誌　わしはそっと飛鷹の首筋に爪先で三本線を引いた。魔女のまじないを。わしは飛鷹の手を引いた。「帰るぞよ。ハデスが文句を言う前に」わしは口笛を吹く。帰りの足を呼ぶ為に。「良いのかしら…こんな事」心配そうに呟く飛鷹に、わしは言ってやった。「悪党が生きるより何倍もよい」

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#rsbs日誌　冥界に、波音が立つ。瀑布の如き水音が白波を立てて。現れたるは黒塗りの船体に、白亜の客室。太く凛々しい洒落た帽子の様な一本煙突と二本マストの豪華客船。タラップが優雅に彼女の前に掛けられた。「ひとときの、安らぎと夢を」わしは恭しく腕を胸の前に起き、飛鷹を促した。

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#rsbs日誌　「…っ！本っ当、馬鹿じゃないの貴女！」「馬鹿じゃから、こんな芸当も出来るのじゃよ。お嬢さん」そして彼女はタラップを渡り、甲板に立った。優雅な汽笛が響くと、豪華客船は流れる様に動き出す。有り得なかった未来。有り得なかった姿。それは死んだ自分の姿。憧れの自分。

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#rsbs日誌　嗚呼、出雲丸が行く……望まれたにも関わらず、浮き世から捨てられし彼女が航く。背中に己の未来を、そして終わりの姿を載せて。しかしその航路の果ては…もう一度、暗い闇を祓い栄光を掴むが為に。故に、出雲丸が行く。背中に己を載せて。二度と惨めな死を繰り返さない為に

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#rsbs日誌　飛鷹は、取り返した。連れ帰ってきた。下法を持って、わしが連れ帰ってきた。赦される事では無い。それは皆、承知の上であった。だが、「帰ってこれた…帰ってこれた…」と喜び咽び泣く飛鷹を見て、血を吐いて転がるわしを見て、誰が責められようか。

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#rsbs日誌　艦娘らは皆、外道がこの世にのさばるよりは憐れな一人の少女が黄泉帰る方が余程良いか…と納得する事にした。何よりも、血を吐いて倒れているわしが、傷を省みずに連れ戻した事が彼女らに「其れまでして連れ戻したかったのか」と理解してくれた。

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#rsbs日誌　然し、万事が全て上手く行った訳では無かったのじゃ。飛鷹は、其の身に闇を宿してしまった。人への、『提督』と言う人種への怒りが、憎しみが沸き上がり、体が発作を起こす。手が震え、何事も出来なくなる。であるが故に、わしは彼女の憎しみを、闇を受け入れる事にした。

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#rsbs日誌　彼女の暴力を、闇を、呑む事にした。其れで彼女の闇が晴れるので在ればわしは幾らでも呑んでやると。何より、沈めてしまった事実は覆らん。わし自身に課せられた罪だとばかりに、わしは飛鷹の冒涜的な茵を共にした。夜を共にする度、あやつの闇は薄れていった。