【邪悪の樹】第一戦闘フェイズ――第四の樹

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

結果的に、戦場に転がり落ちることと相成った。ふかふかのマットの上をころころ転がって、ひときわ大きいぬいぐるみにぶつかってぴたりと止まる。 「いたあい」 涙声でそれだけつぶやくと、引き連れてきたぬいぐるみたちがこぞって集まり少女を立ち上がらせてくれた。

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

きょろきょろと、落っこちた場所を見渡した。ぶつかったのは少女よりも大きな黒豚のぬいぐるみだ。他にも、そこかしこに様々な種類の、少女が思いつくことすら出来なさそうなぬいぐるみが転がっている。 「…………かわいい…………！」 目的を忘れかける程度には、少女の表情は輝いていた。

『醜悪』カイツール @kaituls

気がつけば、『醜悪』はうつ伏せに眠っていた。眠っていた、というよりは、気絶していたに近いのか。どちらでもいっか、それは些事だし、とぼんやりとした頭で結論づける。 「……すごい、なぁ」 ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。様々なぬいぐるみで溢れ返った部屋。天井は高く、壁は見えない。

『醜悪』カイツール @kaituls

大きな部屋だ。少なくとも、今まで見たことないくらいには、大きな。 「カーロ」 名を呼ぶ。ぬいぐるみの山が動き、見慣れた双頭が姿を見せた。それを視認し、『醜悪』は自分のマントから翅が破けた蝶のぬいぐるみを五つ千切り取る。 「——女とやらを、探しておいで」 歌うように囁く。

『醜悪』カイツール @kaituls

ぬいぐるみの翅が歪に動く。それでもゆっくりと浮かび上がると、それぞればらばらに、『醜悪』の言葉に従うように、飛んで行った。 床に座り込んだまま、それを見上げ、見送ると、近くのティディベアを手に取る。何度か優しく撫で、 「かわいい」 ——唐突に両手を捥いだ。

『醜悪』カイツール @kaituls

左右を逆にして指先の糸で縫い直す。歪なそれを満足げに見下ろし、手を繋いで、立ち上がる。ゆらり、と辺りを見回し、当てもなく歩き出した。後を双頭のぬいぐるみが追う。 「女って、どんなのだろうねぇ」 呟く声はただ淡々と。『醜悪』は覚束ない足取りで、マントを引きずって前へと進んでいた。

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

気に入ったぬいぐるみで両腕をいっぱいにして、本来の目的すら忘れたように少女ははしゃいでいる。主である少女とは裏腹に、付きぬいぐるみたちは周囲を警戒していた。そのうち、犬のぬいぐるみが近づいてくるものに気づいた。歪な蝶――の、ぬいぐるみ？

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

犬はスカートの裾をちょんちょんと引っ張り、少女の意識を向けさせた。少女が抱えたぬいぐるみの山のてっぺんから、羊が転がり落ちる。 「なあに？……へんなちょうちょさん？」 おかしな飛び方をする蝶を、ゆっくりと追いかけていく。

『醜悪』カイツール @kaituls

蝶は歪に飛ぶ。ゆらゆらと歪に揺れ、それでも、ゆっくりと、導くように。 ——『醜悪』は唐突に足を止めた。そのまま、手を宙に伸ばす。伸ばされた細い指。そこへゆらゆらと歪な蝶が、一つ、二つ、三つ、四つ、と留まる。そうして、最後の一つは、——見知らぬ『何か』を連れてきた。

『醜悪』カイツール @kaituls

香色の髪に碧い瞳。距離があるとはいえ、どう見ても自身よりは小さな体躯。幼い子供だ、と一目で分かった。けれど、屋敷で見た、子供たちとは違う。 「カーロ、」 双頭を呼ぶ。傍に寄ったそれの頭を撫で、大きくさせる。自らと同じくらいの背丈になった双頭のぬいぐるみに寄りかかり、頭を預けた。

『醜悪』カイツール @kaituls

黒雲のような、長い髪が揺れる。寄りかかられたぬいぐるみはしっかりと彼を支え、『醜悪』は一度目を伏せる。そうして、再び開かれる。ぬいぐるみに体を寄せたまま、腕を組み、小さいねぇと囁くような声音で、僅かに微笑み、呟いた。 「……あれが、女なのかなぁ」 紫紺はただ、少女を見つめている。

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

蝶を追いかけて、とことこと駆け足で少女は進む。そうして蝶のとまった手の持ち主にほー、と感嘆の声をあげた。 「おっきいひと！」 これが男の人だろうか。こういうのは聞いてみるのが一番いい。 ぬいぐるみたちとともに、気をつけをして。 「こんにちは！あなたが『おとこのひと』ですか！」

『醜悪』カイツール @kaituls

少女の張りのある声に、目を瞬く。明るい声だ。泣き叫ぶそれではない。聞き覚えのない明るさに面食らい、堪らず吹き出した。くくっ、と愉しげに笑う顔は何処か幼い。 「こんにちはぁ。そうだねぇ、君が『女』っていう異性さんなら、ぼくは君の言う『おとこのひと』だろうねぇ」 笑んだまま、答える。

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

やっぱり男の人だった。もう一度へえ、と感嘆めいたため息をもらしながら、好奇心丸出しでちょこちょこと近づいていく。後ろにぬいぐるみがとことこと続く。 「おとこのひとってみんなこれくらいおおきいの？そっちのおおきいのはぬいぐるみさんなの？エルもね、たくさんぬいぐるみ持ってるんだよ！」

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

立て続けの疑問と一方的な自己紹介をまくしたてて、わくわくしながら初めて見る「男」を見上げている。うさぎを抱きしめて、ぬいぐるみを引き連れ、顔を輝かせている。

『醜悪』カイツール @kaituls

少女が近づいてくる。一瞬体が強張った。が、それはすぐに消え、『醜悪』は小さく息を吐いた。 双頭のぬいぐるみに体を寄せたまま、少女を見下ろす。——と、勢い良く飛んでくる疑問と言葉。あまりの速さに『醜悪』の思考は追いつかない。元々そう回転が速い訳でもないのだ。 「ちょっと待ってねぇ」

『醜悪』カイツール @kaituls

ゆっくりと息を吐き、少女の前に掌を向ける。ちょっと待って。もう一度告げ、ぬいぐるみから体を離し、その場に座り込んだ。熊の頭を撫でて、程よく小さくなった双頭を抱き込んで。 少女を見やる。視線の高さは同じくらいになっただろうか。紫紺を緩め、微笑む。 「一つずつ答えさせてねぇ」

『醜悪』カイツール @kaituls

「背丈は皆違うと思うよぉ。現に屋敷に居た仲間達はぼくより小さいのから遥かに大きいのまでいたからねぇ。 それと、そうだよぉ、ぬいぐるみだよぉ。ぼくのかわいい子」 ぎゅう、と腕の中の双頭を抱きしめ、笑う。そうして、緩んだ紫紺を少女に向けて。 「ぼくからも一つ。エル、って君の名前？」

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

わざわざ、少女のためにしゃがんでくれた。合った目線に嬉しくなって、返事が返ってくるのを待つのは苦にならなかった。大きかった頭がふたつのぬいぐるみが小さくなって、それにも質問をぶつけたかったけれど、待ってと言われたから、うさぎを強く抱きしめてぐっと我慢。

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

まくしたてた質問にもゆっくりだけれどちゃんと答えてくれて、いい人、という印象がついた。応えてくれたから、返さなきゃ、と頷く。 「うん、エルはね、エルシュナっていうの！ほんとはアクゼリュスっていうんだけど、かわいくないから、えほんからおなまえもらったの」

『醜悪』カイツール @kaituls

素直に待ってくれる少女に、相好を崩す。何とも言えない温かさを感じ、ただ紫紺を緩め。 「エルシュナ、に、アクゼリュス、かぁ。二つも名前があるんだ、すごいねぇ」 へらり、と笑う。ああと思い出したように、唇を開く。 「ぼくはカイツール、『醜悪』っても呼ばれてるよぉ」

『醜悪』カイツール @kaituls

君のようにかわいい名前ではないけれど、とてもしっくりくるから、気に入ってるんだぁ、と笑みを深めた。 「んと、あと何か質問残ってるかなぁ。ゆっくりでいいなら、答えるよぉ」 ——ただし、ぼくも質問するかもしれないよぉ。 付け足した言葉は何処か悪戯を企むように、愉しげに声を響かせて。

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

すごい、と言われれば、素直にえへへ、と照れた顔をみせた。 「カイツール、しゅーあく、ええと……。カイ……おねえちゃん？」 兄という言葉を知らぬがゆえに、そんな表現になってしまう。首を傾げて、一応の確認をとってみる。

【愚鈍】雪 @Setsu_MM

聞きたいことはたくさんあるし、いくらでも出てくるが、少しは我慢を覚えないといけない、と叱られたことがあるのでやっぱり我慢する。質問されるのは、嫌いではないし。 「エルはちゃんとがまんできるこだから、なんでもおしえておしえてってきいたりしないの」 だいじょーぶ、と頷く。

『醜悪』カイツール @kaituls

照れたように笑う少女に目を細め、笑む。おねえちゃん、と首を傾げられれば、同じように首を傾げ。 「うーん……なんとなく違う、ような？ カイとか『醜悪』とか、呼び捨てでいいよぉ？」 おねえちゃんの代わりになるような言葉に心当たりはないしねぇ。少なくとも今は。 そうして届く少女の返答。