【予告】「千の想いを」~番外編・千でも足りない部品~
- mamiya_AFS
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部品が足りない。 ドライバーの柄を額に当て、夕張が眉間に皺を寄せる。椅子を引き、足元を見渡す。立ち上がって服を数回叩いてみる。しゃがみ込んで机の下を覗き込んでみる。 無い。 溜め息を吐いて椅子に座り直す。まただ。こんな初歩的なミスをするなんて。 軍手をはめた手で頭をかく。
2014-06-12 01:09:01なくなったのは取るに足らない小さなビスが1つだけであり、規格外の物でもないので工廠を少し回れば代わりの物はすぐに手に入るだろう。だから失くしても良い、などという道理は彼女の中では成り立たない。 代替の利く『小さな部品』だからこそ、彼女は失くした事を大きく悔やむ。
2014-06-12 01:15:20工具や無数の図面が積み重なった作業机の上をもう一度見回す。はんだごてを持ち上げ、ハンマーを脇にずらし、一旦必要の無い道具を自前の工具箱にしまいながら、念入りに探す。 やっぱり無い。 飲み物の入った紙コップを引っ繰り返しそうになっても、あるべきはずの部品は姿を見せなかった。
2014-06-12 01:18:46@tiyodadayo だーもう、なんで見つからないのかしら。出てきなさいって、時間はたっぷりあるわよー
2014-06-12 01:19:10モンキーレンチを指先でくるくると回して嘆く。流石に諦めて椅子の背もたれに体重をかける。ぎしぎしと鳴る骨組みに後頭部を預け、天井の汚れた照明を見上げる。 目線を少しずらせば壁に掛けてある時計とカレンダーが見えるだろう。わかっているからこそ、照明を半眼で睨み続ける。 繰り返し溜め息。
2014-06-12 01:22:23床に着いたままの両足の裏をずりずりと押して、きこきこと鳴る椅子を真後ろへと進める。数メートルすら進む事なく机にぶつかり首をがくがくと揺らされる。 彼女の背後で陣取る所有者のいない机は物置と化しており、武器の改造や手入れに使わない小物が積まれている。 2つあるベッドの片方も同様。
2014-06-12 01:27:49艦娘寮は基本的に2人で1部屋が与えられるものの、彼女はこの部屋を独占していた。 『整頓』は得意なものの『片付け』が苦手な彼女にかかれば、ベッドは新作の武器の試作品置き場となる。厄介な事にペンキ缶なんかも並んでいたりする。 急に新入りがやって来たとしたらさぞ面倒な事になるだろう。
2014-06-12 01:31:02天井を見上げたままぼんやりと呟く。 いつの間にか独り言が癖になってしまっていた。気付いてはいたが、直そうという気力すら湧いてこない。 そもそもしばらく誰かと会話した記憶がしばらく無い。 ぼさぼさのままの髪を注意される事も、油で汚れた顔を笑われる事もない。
2014-06-12 01:33:25例の事件からどれくらいが経っただろうか。 前線の艦隊を除名され、次の配属先が決まるまではという期限のあやふやな謹慎処分が言い渡されてからというもの、彼女はずっと部屋で武器をいじっていた。 昼と夜の境界も曖昧になってからも、上からは何の通達も連絡も来ない。
2014-06-12 01:37:53@tiyodadayo …外の空気吸うなり、ご飯食べるなり、入渠するなり…うん、このままだと腐るわ。
2014-06-12 01:36:16鏡も見ないでひたすらスコープの調整するのは年頃の女性としてどうなのか。 思い直して彼女は緩慢な動きで立ち上がった。どの道ビスを入手しない事には、机の上のバラバラになっている連装砲に手を付ける事もできない。 ふらふらと洗面所へと向かう。 時計が視界に入った。午前か午後かわからない。
2014-06-12 01:42:50冷たい水で顔を洗い、汚れの目立つタオルでごしごしと顔をこする。 ぼけー、っと正面を向けば、不健康を擬人化したような少女がこっちを睨んでいた。 自分は何をしに艦娘になったんだっけ。 ふと思ってしまい、ぶんぶんと頭を振ってもう一度水をかぶる。 怒られる。 誰に? 決まってる。
2014-06-12 01:45:55父親に、だ。もう一人の父親のような存在は怒りはしないのだろうけれど。 仕事。 自分は仕事をしないといけないというのに、何をしているのだろう。 給料をもらえれば仕事か。否。 履歴書に書けるのならば仕事か。否。 彼女の『仕事』は、そういった意味ではない。
2014-06-12 01:49:13呻き、久し振りにリボンで髪を縛る。 弾装内部の弾を送るスプリングは一回で奇麗にセットできるのに、リボンを何度も巻き直すのは、どういう事なのだろうか。 ようやく満足行く形になって、うんうんと頷く。無論、これが仕事なわけもないが。
2014-06-12 01:52:39ジャンクフードのゴミが詰まったクズ箱を避けて引き出しから靴下を取り出す。ベッドに腰を下ろして履き直しつつ、凝り固まった背中と肩の痛みに一人雄叫びを上げる。 軽巡洋艦娘、夕張。 『足りない部品』を求めて、彼女はドアを開いた。 焼け落ちた『部品達』の物語が、今動き出す。
2014-06-12 01:59:30このストーリーは 『悪い男に騙される山城HARD~悪い男に騙されない榛名』 夕張過去話『千の部品の中で』 五十鈴さんによる三次創作『霧が晴れたら』 の世界戦と要素を含みます。
2014-06-12 01:03:37※各物語へは目次を参照してください。