「千の想いを」～幕間ノ章・動作環境～

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

【幕間ノ章『動作環境』開始】

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【医療ドッグ‐待合スペース】 【０日目20:38】

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白を基調とした縦に広い大部屋。観葉植物の鉢と大きなガラステーブルと雑誌のラックが１つずつ。ソファとパイプ椅子と、病院でよく見る背もたれの無い丸椅子が適当な間隔で並んでいる。 ドアと対面の壁を埋める窓は白のカーテンに隠され、それでも室内は明るい。 時計の針がちくたくと進む。

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パイプ椅子の１つに腰掛け、タイル張りの床を見下ろし、あたしは何度目かの溜め息を吐き出した。 港に戻るや運び込まれたお姉の精密検査は、いまだに終わっていない。

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天龍を置き去りにして、提督の指令を拒否し艦に戻ったあたしは、誰かに叱られる事も咎められる事も無かった。 提督も龍田さんも労いの言葉だけを述べ、責めてはこなかった。 暁と雷を担いで戻った天龍とも、１度も顔を合わせる事も無く。 窓の向こうでは雨がまだ降り続いているみたいだ。

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――戻ったところで、あたしに何ができるわけでもなく。 頭部に被弾したまま目を覚まさないお姉と、４人の駆逐艦娘達が手当てされる様を、邪魔だという理由で見守る事すらできず。 提督や、手当ての術を学んで身につけた仲間達が駆け回る気配と音を感じながら、港に戻る艦の中で膝を抱えただけだ。

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ドアの開く音に目線だけを向けると、見知らぬ駆逐艦の子が２人連れ添いながら部屋に入ってきた。所在なさげに室内を見回してから、壁沿いの椅子に座り込み揃って俯き始める。 こんな時間だというのに、艦娘は少なくはなかった。 ある者は小さく会話をし、ある者は目を閉じ寝息を立て、何かを待つ。

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ずぶ濡れのままでいるわけにもいかず、熱いシャワーをして長い事座り込んでいると、自分で思っている以上に疲れている事に気付く。 千歳お姉の身を案じてそれだけに思考を奪われていた時間はまだしも、心配は残りながらも眠気が意識をくすぐり始める。 お腹も空いてきたな。

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お姉も体調が万全であったのなら、むざむざ頭に敵弾を受ける事も無かったんだろうな。 ぼんやり思う。 お姉がここ最近ろくに眠らずに働き回っているのは、知っていたはずなのに。 あたし達第十五支援艦隊は、この１週間ほぼ休み無く働いていた。 最近の鎮守府は『壊れて』いるから。

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３ヶ月前に起きた騒動、開発局副局長紫水楓也が悪事を働き捕まって以来、艦隊の出撃回数はそれまでの数倍以上に跳ね上がった。 『艦娘は兵器などではない、無闇に戦わせるべきではない』と掲げ、とにかく結果を挙げたい上層部を抑えていた紫水さんがいなくなったのは、鎮守府の流れを大きく変えた。

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暗に『穏健派』と呼ばれ、あたし達艦娘を大事に扱う思想の筆頭本人が艦娘を数人弄び、暴かれ投獄された事実は、それまでほぞを噛まされていたお偉いさんの枷を外す結果となる。 ひた隠しにされていた『鬼』の存在とシステムが全体に知られた面も、それに拍車をかけて歯車を歪ませた。

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戦力も準備も明らかに満たされないまま無茶な出撃をいくつもの艦隊が強制された。暁達もその中の一例だ。まだ改にすらなっていないあの子達が４人だけでキス島沖に送り込まれるなんて、以前なら絶対に有り得なかったと思う。 結果は御覧の有様だ。こうなる事はわかり切っていた。

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作戦が成功しなければ撤退するしかなく、撤退をすれば第十五支援艦隊に呼び出しが掛かる。 あちこちの海域と鎮守府をひたすら往復する毎日の中で、ゆっぴー提督と秘書艦である千歳お姉は、様々な手続きや書類のまとめも休み無く行っていた。 ２人ともほとんど眠れていなかったんだ。

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ただひたすらに弾薬と燃料、何よりも艦娘達の体力と精神を無為に浪費するだけの『作戦』とも呼べないような無茶振りが延々と続いている。 当然ごく僅かにしか残せない『結果』の有様を、遂には『たるんでいる』『気合が足りない』と精神論までも持ち出し、改善される気配は無い。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

前線ではないからと、直接痛い思いをする事も無いからと、あたしはひそかに他人事だと思っていた。口にはできないけども、どうでもいいと思っていた部分があった。 でも。 仲の良い４人の友人が怪我をし、自身も危険に直面して、世界で１番大切なお姉が重症を負ってこの場に至り、やっと気付く。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

このままでは、いずれ誰かしらが『沈む』事となる。 それも、そう遠くない未来に。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

悪い人だとは、思わなかったんだけどな。 艦隊の業務上、割と頻繁に会っていた紫水さんの顔と言動を思い出す。 艦娘を尊重する姿勢と態度には、少なからず尊敬を抱いていたというのに。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

この鎮守府で戦いに赴く千を超える艦娘や提督達は、現状をどう捉えているのかな。 千の想いは。 あたし達支援艦隊は。 この先、何と直面して、何を成し遂げられるのかな。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

壁に掛けられた時計の針は止まらない。 一度狂った歯車も、きっと止まらない。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

…お手洗いに行こうっと。 立ち上がる。部屋にいる艦娘達のいくつかの視線がこちらを向く。特に何が起こるわけでもなく注意を外される。 ほとんどの子が敏感になっているのね。 何に、は深く考えないようにしてドアを開けて廊下へと出る。 長い廊下の空気は妙に冷えていた。

卓ゲーマー夕張＠NWやりたい @Yubari_Yasaka

@tiyodadayo お疲れ様千代田さん。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

…ん。 タイミングが良いのか悪いのか、大きな紙袋を両手に抱えた夕張が廊下をこっちに向かってきていた。 「お疲れ夕張。…ごめんね、帰還後の業務も任せちゃって」 つい最近第十五支援艦隊に移動してきた青髪の娘に軽く頭を下げる。

卓ゲーマー夕張＠NWやりたい @Yubari_Yasaka

@tiyodadayo 気にしない気にしない。1人でやってるわけじゃないんだし。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

明らかに重そうな荷物を片手に持ち直し、空いた左手をひらひらと振って夕張が微笑む。 例の騒動で中心である榛名さんと山城さんと深く関わっていた、という全くもってよくわからない理由で前線の部隊を外されてうちに来た彼女は、不貞腐れる事も無く雑務等を進んで行う良い子だ。

ＴＲＰＧ狂いな千代田また多忙 @tiyodadayo

体格もあたしとほとんど変わらないし腕も全然細いのに、やたらと力持ちである。うちに回されてからというもの、遠征時等の重い荷物等がある時はもっぱら彼女と天龍の独壇場となる。 天龍が汗だくになっているのに、同じ量を運んだ夕張はけろりとしていたけども。 「…ありがと」 短く告げる。