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思えば昨日の電話にて少々気になる言葉を残していたものだから、彼の安否が気にかかりはしたのだが、かといって自分から彼に電話をかけてしまってはまるで自分もまた彼の荒唐無稽な「鬼探し」に興味を抱いているかのようであり
2014-09-10 11:13:22またそうであると彼自身に認知されることがいやで仕方なかったため、そのままの状態で放置しておくことに決めた。 万一彼が遠く離れた日本海の地で朽ち果てる様なことがあったとしても、それはそれで彼の人生が帰するべき結末であったのだろうと諦めた。
2014-09-10 11:14:02次の日も友人からの音信はなかった。 さらに翌日、さすがにこれは何かあったかと自分が覚悟を決めかけていると そこでようやくなじみの番号から着信があった。聞けば、彼はこの3日間を使いあちこちを飛び回っていたのだという。
2014-09-10 11:18:18「芸術家についていろいろ調べて回ってきた。あの港町だけじゃ限界があったからあそこを管轄する市役所、さらにはやつの過去の経歴なんかを追うために近隣都市にも何箇所か足を運んできたわ」
2014-09-10 11:20:25「交通費なんかがかなり嵩んじまったからなんとしてもこの件を雑誌社か何かに垂れ込んで賃金をもらわないと元が取れないわ」 友人はそんなことを言ってからから笑い、調査したという内容について語って聞かせた。
2014-09-10 11:22:16「まず問題の芸術家だけど、前衛アートかなんかの世界ではそれなりに知る人ぞ知る存在だったらしい。とはいってもどっかの会派閥に属したり、個展を開いたりだとかいういかにも芸術家然とした履歴はなく」
2014-09-10 11:24:17「また芸大に入ったり留学したりあるいは高名な芸術家に弟子入りしたりなどして専門教育を受けた経歴もない、 完全我流の、いわばアウトサイダーアーティストと称される部類の人間だったそうだ」
2014-09-10 11:26:27そういう連中っていうのはもはや自分が芸術家であるという意識も、作品を 造っているという自覚もないやつらのほうが多いらしいよ。何の見返りを想定するわけでもなく、放って置いても内なる衝動に駆られるがまま勝手に作品を作り出す奇人変人たちだね」
2014-09-10 11:27:38「まあそういった人種のほうこそ真の芸術を作り出しうる存在なのではないかと僕は思うが、世に評価されるのはその中の一部のみでたいていは日の目を見ることもなく埋もれていくわけだ。処世術がないからね」
2014-09-10 11:28:49「彼もまあそういう大多数のうちの一人だったみたいで、とりわけ何かの賞をもらったなどという過去もなかったようだ。 さっき言った彼を認知する一部の層というのも、だから普段アートギャラリーに出入りし、高級時計をはめた腕で 髭をなでているようないわゆる『玄人』ではなく」
2014-09-10 11:45:43「暇を持て余した主婦だの捻くれ者の中学生だのをないまぜにした、どちらかといえば一般人寄りのただの物好き集団がメインであったらしい。彼はさっきも言ったとおり個展なんて開いたことはなかったんだけど、昔すんでいた借家をやはりゴミ屋敷みたいに改造してしまってて」
2014-09-10 11:46:42「その様子を新聞だか週刊誌だかに無断掲載されたことが元で少しだけ知名度を得る結果につながったらしい。それそういった市井のファンも獲得できたようなのだな」
2014-09-10 11:52:44「けれど、いざその物好きたちが小金と引き換えに作品の購入を持ちかけてみても、彼が首を縦に振ることはなかなかなかったようだ。彼は芸術家の例に漏れず偏屈な性格の持ち主で、また実際のところ軽いコミュニケーション障害みたいなのもわずらっていたらしく」
2014-09-10 11:54:40「いろいろな職場に2,3ヶ月雇ってもらっては首にされることを繰り返していたんだそうな。同時に借家の汚染、破損が原因で家主とも金銭トラブルを抱えていた形跡があるから、経済的にはかなり追い詰められていたものと考えられ」
2014-09-10 11:56:32「その意味ではそういった物好きたちの声はまさに願ってもない天からの助けとも呼べるものであったはずなのにね。 まあごくまれに売った事例もあったみたいだけど、その作品は彼いわく失敗作だったんだそうな」
2014-09-10 12:03:02売られたうちの一体の画像が個人のホームページに乗っけられているのを見つけることができたのだが、角はついていなかったよ。角は芸術家がこだわりを持ってつけた彼の作品上のアクセントだったわけだから」
2014-09-10 12:06:39「これを宿していない時点でそれはやはり彼にとって何の愛着もない、創作の過程で派生したガラクタに過ぎなかったのだろうね。つまり彼にとって作品とはそもそもが生活の糧を得るための売り物ではなかったということだ」
2014-09-10 12:09:24「そんな経歴の持ち主だから、実際のところどうやってあの島の一部の土地の購入資金や島で創作に没頭する間の生活費を手に入れられたのかはまるで見当もつかない」
2014-09-10 12:10:24「もしかすると芸術家のファンたる物好き集団の中に、彼の姿勢に傾倒し、何の見返りもなくただ金だけを供給する強力なパトロンの類が現れたのかもしれないけれどね。同じ疑問はあの港の連中も抱いたらしく」
2014-09-10 12:12:18芸術家は裏では何か悪い商売をしていたのだろうとか、あいつが今も島にいたなら自分たちも食い物にされていただろうだとか、そういう妄想臭のひどいネガティブな噂話を俺自身あそこでは何度も聞かされたよ」
2014-09-10 12:13:24まるで芸術家自体が島から陸へ略奪目的で襲来する昔話の中の鬼であったかのごとき扱いだったわ。港町での芸術家へ対する評判は総じて悪いよ。彼へ向けられる目線には憎悪の色が練りこまれているといっても過言ではなかった」
2014-09-10 12:18:35「それについては彼の創作、というかある意味もう研究といったほうがいいかも知れないんだが、そのテーマが関係していてね。彼が作品を造るうえでのモチーフは彼自身の言葉によると主に『時間』と『絶滅動物』、および歴史に消えた『先住民族』の3点に限られていたそうだ」
2014-09-10 12:20:34「時間の流れは決して一方向ではなく、また単一でもなく、われわれの身の回りには絶えず異なる系統の時間軸が 網目のごとく張り巡らされているはずだから、何らかの手法でそれと接触することにより過去に滅びた報われぬ存在たちを救済できるはずだというのが彼の弁で」
2014-09-10 12:22:21「またその実行を命題に日々動いていたようなのだがね。芸術作品を造ればなぜそんな絵空事が適うことになるのか凡人の僕にはよく分からんがとにかく彼の意識はそこにあった」
2014-09-10 12:23:25