20140914 #ETV 特集「それでも道はできる~福島・南相馬 コメ農家の挑戦~」

原発事故で被災した福島県南相馬市。ここに、放射性物質に汚染された農地を再生し、地区の農業を復活させようとするコメ農家たちがいた。 これは、その格闘の姿を1年にわたって追い続けたドキュメンタリーである。 南相馬市では、避難先から戻った多くの農家が「安全なコメはできるのか、風評被害にあわないか」という不安をぬぐえず農業の再開をあきらめていた。 しかし20キロ圏の内と外にまたがる太田地区では、杉内清繁さんをはじめとする農家の人たちが、「降ってきた放射性物質がどのようにしてコメに移るのか、その原因を究明することが不可欠だ」とみずから田の水や土を細かく調べ、研究者とともに試験田を作り続けていた。 続きを読む
復興 震災
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ほんのこ @shbttsy74
#ETV 特集「それでも道はできる〜福島・南相馬 コメ農家の挑戦〜」2014年2月ウクライナ。南相馬市のコメ農家、奥村さん・杉内さんが、チェルノブイリ原発事故で強制移住となった村へ。「こんな大きな原発の事故が起きた中で、生きる道がどういうふうにできているのか」
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#ETV 東日本大震災で津波の直撃を受けた南相馬市。1000人を超える犠牲者を出した。南端から福島第一原発までは約10km。人口は現在64,000人。街では除染作業が続くが、予定の24%しか終わっていない。市の南部は多くが原発から20km以内で、宿泊が制限されている。
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#ETV 20km圏内の内と外にまたがる太田地区、田は今では雑草に埋もれている。しかし、自力で除染方法を探り、試験的にコメを作っている農家もあった。杉内清繁さん63歳。先祖が命がけで開拓した田畑を守ってきた杉内さん。現在、コメを作っているが販売はしていない。
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#ETV ビニールハウス内で野菜を作っている。震災から3か月後には南相馬市に帰ってきた杉内さん一家。「検査しながら、少しずつでもいいからお野菜作りを続けたい」作った春菊を出荷。検査を実施して福島産として売る。一時は値が4割以上急落していた。母親「戦争よりひでえかもしんない」
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#ETV 大規模な水田が放射性物質で汚染されたのは世界で初めて。対策の研究も後手に回っている。有機米栽培の知識を使って、独自に安全なコメづくりを目指す杉内さん。2012年4月、籾殻を使った除染を試みた。表面に凸凹が多く、放射性セシウムが吸着すると聞いたため。
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#ETV この年のコメは、国が決めた基準値を下回った。「自分もわかんない分野をどうやって、理解のできるものにしていくかっていったら、虚脱感に陥るようなそんな感じでしたね。何やったらいいかわかんない。いやあ、でも疲れますわこれ。頭ん中おかしくなりそうだもん」
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#ETV 2013年10月、震災後2度めの稲刈り。南相馬市は、杉内さんのような田を「実証田」としてデータを集めている。太田地区では23の田が実証田として収穫。1kgあたり100ベクレルの基準値を超えるコメは、この年は出なかった。「あとは食べて味がいいか。乞うご期待」
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#ETV 杉内さん、稲刈りを中断して放射能測定センターへ。市民団体がボランティアで運営。取れたてのコメ1kgを測定。その時、1枚のデータが杉内さんへ。1週間前に杉内さんの田の稲を抽出した時のデータ。1kgあたりのセシウムが、高いもので96ベクレルあった。
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#ETV 「できるだけゼロに近づけたい」と対策に尽力してきた杉内さん。「腹が痛くなったよ。あの数字を見ると。90なんて出るのはありえない」福島県ではコメをすべて1袋ずつ放射能検査される。基準値を超えるものは破棄。2013年、1,099万袋を測定し、99.93%は検出されず。
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#ETV 基準値を超えた28袋のうち、27袋が太田地区に集中した。専業農家の奥村健郎さん、神社への道の両側に、仲間とともに44枚の田を作付。その田から基準値を超えるコメが出た。「今年は下がるのかなと思ってたところが、実際そうではなかった」
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#ETV 土がセシウムを吸収しにくくなる方法を研究して試してきた奥村さん。工場の倉庫を借りて、事故以降の3年間、田んぼ1枚1枚のデータを集めてきた。
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#ETV 分子生物学者の河田さん。測定した空間線量を地図に重ねると、太田川流域が特に高い傾向にあるとわかった。横川ダムの底には、汚染された泥が堆積している。そこから流れ込んだ可能性があるのではないか。対策会議には、福島県各地で農業再生の取り組みをサポートしてきた人たち。
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#ETV 水が原因という意見の一方、土壌が原因ではないかとも。太田地区は砂地が多く、土がセシウムを吸収しやすいという。しかし、どの仮説も決定的でなく、結論は保留。太田地区の農家の代表が集まった。土は手入れをせず放置すると、元に戻すのに同じ時間がかかるという。
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#ETV 「年金を売れない放射能のコメ作るためにつぎ込んで将来に行くのか。それはどうなのか」
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#ETV 杉内さん、96ベクレルのコメが田のどこから出たのか調べる。「悔しいけど、誰にそれをぶつければいいのかな」この時、この土地でのコメ作りを断念せざるを得ないのではないかと思いつめていた。母親「側で見てるとかわいそうになる。みじめだ。親戚の人も、頑張りきれっかって言う」
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#ETV 妻の和子さん「還暦すぎてから、大変な、いろんな新しいことへの挑戦でしょ。陰ながらだけど応援したいと思ってます」杉内さん、有機米の栽培をはじめて、最初の3年は通常の半分しか取れなかったが、その後研究を重ねて収穫を増やした。この頃、杉内さんは眠れない日々が続いていた。
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#ETV 杉内さん「だんだんわかってくると、人間弱いな」NHKスタッフ「打ち勝てると思ってやっていた?」杉内さん「最初はね。ウチを守んなきゃなんないもんな。最後に帰ってくるとこ、みすみす目をつぶんなきゃなんないというのは、とても過酷なもんだな」
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#ETV 奥村さん、コメ農家の高江さんの倉庫へ。震災以降は一度も作付をしていない。籾摺り機のベルトはネズミにかじられていた。高江さん、農業再開を迷っていたが、この日結論を出した。「うん、やりますよ。機械が働きたいって言ってますから、やりますよ」
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#ETV 奥村さん「諦めたんではしょうがないでしょう。私らはあと数十年で終わりだけど、この先ここに住む人間がいますからね」
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#ETV 杉内さん、栃木県へ。上三川町の民間稲作研究所の、稲葉光國さん。稲葉さんからさまざまな技術や農業哲学を学んだ。南相馬で栽培してとれた菜種の搾油をここで試していた。コメを作れない田んぼに植えた菜の花。僅かずつでも土壌からセシウムを除去するために。
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#ETV とった菜種には1kgあたり80ベクレルほどのセシウムがあるが、搾った油にはセシウムが移行しない。発酵させ燃料として使用。残渣は処分する予定。この日、細かな数値まで測定できる装置で菜種油を測定した結果が出た。ND(不検出)。
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#ETV 奥村さん、畑での太陽光発電にとりかかる。1反あたり年間50万円の利益が見込まれる。パネルは上部の空間に設置し、地面では農作物を作れる。
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#ETV 20km圏内の避難指示解除準備区域は、昼間は立ち入れるが泊まることはできない。専業農家の江口さん、ハウスでキュウリを栽培してきた。2年後には指示解除により、自宅に戻り農業再開が可能。しかし、ハウスの中はあの時のまま。枯れた葉としなびたキュウリ。
ほんのこ @shbttsy74
#ETV 江口さん、杉内さんの菜種の畑を見に来た。菜種栽培をやってみないかと杉内さんに薦められた。しかし、不安を振り払えない江口さん。
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#ETV 「20年30年の先々のことが心配なんですね。でも『20年30年先のことを言ってどうするの?』という人が大半です。オレがやって間違ったら『お前のいうことは信用なんねえ』ってなっちゃう」
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