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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-15 16:07:06
    1)勝義方便メモNo.9 togetter.com/li/681727 に関してでございますが、超宗派活動に関すること、仏教3.0についての拙所見、葬式について、とまとまりなくツイートしたままに、またも放置状態になってしまっております・・ #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-15 16:08:14
    2)そのため、新たにNo.9を踏まえた上で「勝義方便メモNo.10」として考察を展開して参りたいと存じております。特には、「仏教3.0」について拙生なりに更に考えてみようかと存じております。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-15 16:09:08
    3)ちなみに、勝義方便メモNo.9 togetter.com/li/681727 で「仏教3.0」に関することは、一応、52-77までとなっており、最後はかなり中途半端となってしまっております・・とにかく考察を少しでも再開して参りたいと存じます。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-15 16:19:07
    4)「勝義方便メモNo.10」のまとめはこちらとなります。 togetter.com/li/719545 また、ご叱正、ご批正の程もどうか宜しくお願い申し上げます。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-16 15:17:06
    5)「仏教3.0」を考察していく上で欠かせない話題の書、「坐禅の意味と実際」 生命の実物を生きる 内山興正老師 大法輪閣 古書にてようやく手に入れることができました。しっかりと拝読させて頂きます。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/GuyhLdzPxP
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-18 08:37:56
    6)「坐禅の意味と実際」、第九図における「覚触(かくそく)のZ→Z′ライン」のありようをどう捉えるのかが誠に要諦となります。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/oq3s2REklb
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-18 08:41:47
    7)内山興正老師は、「覚触のZ→Z′ライン」を「自己が自己を自己する」、「真実の自己の実物」、「自己ぎりの自己」、「尽一切自己」と表現なされておられます。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/Xl6uKLqdBn
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-18 08:43:06
    8)あるいは、「真如、法性、法身、法界、仏性、如来蔵、心、唯心、一心、不ニ、一乗、実相、妙有、畢竟空、如如、如是法、涅槃、非有非無、中道、第一義諦」とも同類項と内山老師はお考えになられておられるように存じます。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/JM01W5sg2N
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-18 08:44:33
    9)また、山下良道師( @Sudhammacara )は、「覚触のZ→Z′ライン」を、「青空」、あるいは「青空としての私」とお考えになられておられるのではないかと存じます。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-18 08:45:37
    10)拙生は、「覚触(かくそく)のZ→Z′ライン」を「空にして縁起なる存在としての自己」と捉えることとなりますが、微妙に両師とは異なるところがあるかもしれません。そのあたりを少しこれから考えて参りたいと存じております。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/HJBukeDLcs
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-19 09:44:55
    11)「覚触のZ→Z′ライン」に関しての内山興正老師が捉えておられることの表現の補足として、「生命の実物」と同等の内容において、「如実空、離言真如、廃詮真如、真空」も追記させて頂いておきます。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/3AxrjMS1M3
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 08:05:39
    12)「覚触のZ→Z′ライン」をどう捉えるのかは誠にそれぞれ個々人においても異なってくるかとは存じます。ただ、方便としては無数にあるとも言えますが、勝義諦、離言真如、離戯論としては最終的にないと言えるものにもなります。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/3AxrjMS1M3
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 09:39:17
    13)「覚触のZ→Z′ライン」は、心相続の流れを捉える上でも一つの重要な視座になるものと存じます。覚触ラインが仏道成就のために必要な順縁の流れ、ライン外は迷い苦しみを生じさせる逆縁や中立的なものと考えることができます。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/3AxrjMS1M3
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 11:31:51
    14)「覚触のZ→Z′ライン」矢印→の方向は世俗の時間の流れとして、ただ、仏道の進み具合によって、前進があると上向きのライン、仏道が後退するのは下向きのラインとして示すと、より分かりやすくなるのではないかと思われます。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/3AxrjMS1M3
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 12:00:39
    15)イメージとしてはこの拙図となります。もちろん、aとbの間にも微細な順縁、逆縁、特に影響にならない中立的な縁はあり得ます。a、b、c…は、あくまでも直接的な因縁となるものとしてご理解を頂けましたらと存じます。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/XffumiNsmX
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 12:21:28
    16)例えば図で示しますとこのようになります。つまり、単純なラインではなく、様々な微細な善悪による因縁、あるいは、そのどちらでもないものも当然にありながら少しずつ上向き下向きと変化していくという感じとなります。 #勝義方便メモ pic.twitter.com/JalErLIvgq
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  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 13:23:50
    17)ただ、「覚触」というラインを如来と同等の悟り、涅槃のラインとしてしまうならば、拙図は全く違ったものとなります。拙生は、覚触のラインとは、あくまでも悟りへと向かう道程における実際の自己のありようと考えることになるからであります。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 15:09:38
    18)実際の自己のありようとは、もちろん自性、実体として成り立っていない「空」なる存在であり、様々な因・縁に依りて成り立っている「縁起」なる存在となります。よって、仏道における悟りへと向けた順縁、逆縁次第においては、そのありようも刻々と変わっていくことになります。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-22 16:52:47
    19)「覚触のZ→Z′ライン」で、明らかに欠落しているのは、「縁起」であると考えております。覚触されるのも、何も因・縁なく突然に覚触されるわけではなく、しかるべくの因・縁ありての覚触ということとなるはずです。思いを手放すにしても当然に因・縁ありてとなります。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-23 13:43:12
    20)「覚触」を本来悟っている自己、もともと仏性や如来蔵を有してある自己と考えるのであれば、メルヘン、ファンタジーであり、おめでたいものとなります。もちろん、如来が善巧方便でそのように説かれることはあるにしても、そのまま真に受けるのは浅薄なこと限りなしであります #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-23 13:52:41
    21)僭越ながらにも、まだもちろん判断材料が乏しく断定できないところもありますが、内山興正老師の捉えられている「覚触」や山下良道師の捉えられている「青空」には、「縁起」という考え方が抜け落ちてしまわれているか、あまり重視をされていないと思える次第でございます。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-23 16:54:12
    22)日本仏教1.0は、正直、八宗の祖師と称されている龍樹大師の中観思想の真意を理解しきれていないところもあり、その影響が後代まで続いている感は否めません。奈良時代に三論宗はあったものの、さほどの勢力とはならずで、空の真意も捉えきれていなかった感も大であります。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-24 08:12:23
    23)仏教1.0であれ、仏教2.0であれ、それぞれの方便の教説に関して、こっちが正しいだの、あっちは間違っているだの、こっちが優れているだの、あっちは劣っているだのと、差別化しようとするのは所詮、コップの中の嵐のようなもので、正直くだらない争い事にしか過ぎない。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-24 08:16:43
    24)つまりは、中論・「観法品」(第十八・第六偈)『もろもろの仏は「我〔が有る〕」とも仮説し、「我が無い(無我である)」とも説き、「いかなる我も無く、無我も無い」とも説いている。』の理解が大切となります。 #勝義方便メモ
  • 川口英俊 @hide1125 2014-09-24 08:17:58
    25)中論・「観法品」(第十八・第八偈)『一切は真実(そのようにある)である」、「一切は真実ではない」、「一切は真実であって且つ真実ではない」、「一切は真実であるのではなく且つ真実ではないのでもない」。これが、もろもろの仏の教説である。』ということであります。 #勝義方便メモ

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