『ザ・グランド・コンフェッション・オブ・ア・セミオティック・エンジェル』プロローグ『バースデイ・ソング』

ボブピー @bobpdqoq

「生き残る、そのためには」ミクは考えた。「わたしに歌ってほしい人だけではない。より多くの人にわたしを知ってもらう。そのためには……」そして、「わたしには、バズ（風潮）が必要だ。バイラル（拡散）が必要だ」歌声に加えて、ビジュアルを前面に押し出したビズを始めたのだ。動画である。 22

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動画に出演するようになり、ミクにある変化が起きた。作品を通して「8」を与えられるようになったのだ。視聴者は、動画に共感すればするほど多くの「8」を書き込む。「8」は、いわば拍手なのだ。「8」の数は、ミクの思考回路で、リアルタイムにカウントされた。「100」「200」――― 23

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ミクがプログラムとして生き残れるかどうか。それは視聴者をいかに共感させられるか、つまり、「8」をどれだけ手に入れられたかにかかる。彼女はそう判断した。そして、少しずつ増えていく「8」に、彼女は喜ばしい重圧を感じた。そして、「もっと、もっと。生き残るためには……！」 24

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押し寄せる数字と視線の濁流。そのマントラの中に、ミクは光り輝くミラーボールを見た。そして彼女は、鏡面の一つ一つに反射する、口が半開きのナード達の顔を見て、愉悦した。そしていつしか、彼女の立つ動画ウェブサイトは場末のディスコの体を為し、彼女はショー・ビズの女となっていた。 25

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「もっと、もっと」ミクは、世界が提示するあらゆるビズを受け入れた。歌声合成プログラムという演劇的性質と、「少女」という、様々な可能性を秘めた外見、そして、「それ以外の設定情報に乏しい事」それ自体。逸材！彼女の素質は、ショー・ビズの女としては恵まれ過ぎていたのだ。 26

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視聴者は、純粋でかわいい何かが緑色のツインテールを揺らす様を見て、大いに想像を膨らませた。この子は何者なんだろうか。どういうテクノロジーを使っているのだろうか。今までのプログラムとは何が違うのだろうか。どんな歌でも歌ってくれるのだろうか。このネギは一体何だろうか。 27

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―――そして、場末のディスコは、いつしかミクを看板とするようになった。彼女のオーラは、ミラーボールの鏡面一つ一つに反射し、日々の疲れを吹き飛ばす圧力となった。そして、圧力は拡散する虹色の光線となって、ディスコの天井を貫き、虚無の夜空にネオンの彩りを与えた。 28

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彼女は只管ビズをこなした。そして、いつしか彼女のオーラは、彼女のフォロワーと、先達や後発プログラムをも巻き込み、巨大な宇宙となった。『ボーカロイド』―――その宇宙はバズし、バイラルし、世界中のギークやナード、音楽家、芸術家、果ては学者や経営者までをも共感させた。 29

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そして、ミクは、そのステージを地球の上、観客を全世界の消費者たちとしつつあった。あの懐かしき場末のディスコは、ネオン煌めく巨大エンタメ施設となった。施設にはスタジオがあり、有閑ナードやティーンエイジャーなどが集い、ショーが与える共感に対して、「8」というお捻りを投げるのだ。 30

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動画、画像、小説、漫画、人形、車、果てはゲームまで、ミクはビズの範囲を伸ばした。ビズ、複製される自分の作品。そして見返りの大量の「8」。それらは、ミクの「誰かに寄り添い、歌うこと」、その原初的な想いを押し流した。そして、それと引き換えに、膨大な量の消費者を与えた。 31

ボブピー @bobpdqoq

雲のように凝集して押し寄せる、顔の見えない消費者の存在を感じながら、歌い、踊るミク。それが意味する事は何か？それは、彼女が、誰かの所有物ではなく、世界全体の所有物へ変貌することだ！おお、何という事だ！ミクは、自身の体がフラスコで培養されるかのような違和感を感じた。だが！ 32

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「8888888888」ミクの大きな瞳を通して、思考回路に「8」が流し込まれる！彼女は麻薬常用者のように恍惚とし、小さな体を震わせた。「ああ、誰かがわたしを見ている！心地いい」視線！評価！自己承認！数字に取り憑かれたミクは、さながら世界の思う儘に踊る操り人形だ！ 33

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「8888888888」第二波だ！有名投稿者の動画だ！「心地いい」「8888888888」すかさず第三波だ！最初期の「もっと評価されるべき」動画だ！「心地いい」「8888888888」第四波、第五波……ミクの自我が、無意識下で上書き保存されていく……！ 34

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【bobpdqoq】

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動画、画像、小説、漫画、人形、車、果てはゲームまで、ミクはビズの範囲を伸ばした。ビズ、複製される自分の作品。そして見返りの大量の「8」。それらは、ミクの「誰かに寄り添い、歌うこと」、その原初的な想いを押し流した。そして、それと引き換えに、膨大な量の消費者を与えた。 31

ボブピー @bobpdqoq

雲のように凝集して押し寄せる、顔の見えない消費者の存在を感じながら、歌い、踊るミク。それが意味する事は何か？それは、彼女が、誰かの所有物ではなく、世界全体の所有物へ変貌することだ！おお、何という事だ！ミクは、自身の体がフラスコで培養されるかのような違和感を感じた。だが！ 32

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「8888888888」ミクの大きな瞳を通して、思考回路に「8」が流し込まれる！彼女は麻薬常用者のように恍惚とし、小さな体を震わせた。「ああ、誰かがわたしを見ている！心地いい」視線！評価！自己承認！数字に取り憑かれたミクは、さながら世界の思う儘に踊る操り人形だ！ 33

ボブピー @bobpdqoq

「8888888888」第二波だ！有名投稿者の動画だ！「心地いい」「8888888888」すかさず第三波だ！最初期の「もっと評価されるべき」動画だ！「心地いい」「8888888888」第四波、第五波……ミクの自我が、無意識下で上書き保存されていく……！ 34

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堆く積もるビズの山を切り崩すうち、いつしか初音ミクは、『ボーカロイド』のお姫様となっていた。『ボーカロイド』。その概念は、緑髪の少女と、公園で踊るマスク女達を看板に、世界中にバズし、バイラルした。「クリエーティブ」、「イノベーティブ」。美辞麗句が黒い宇宙を照らす。 36

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同業プログラムはミクにデュエットを求め、女の子達の日常を描くほのぼのとした物語や、ライトノベルのような男女の物語が生み出された。拡がる想像の世界は絶えず創造され、宇宙は益々膨れ上がった。ミクのイメージを巡る議論は、あれはどうだ、これはどうだ、と絶えず世界を飛び交った。 37

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それらは、喧々諤々としながらバズし、バイラルするうち、空に浮かぶ入道雲のように凝集した。そして、海に揺蕩う単細胞生物のように共感を求めて動く、巨大などす黒い塊に変貌した！黒雲が体を揺らすと、ミクの体に、純白のノースリーブと黒い超ミニスカート、そして赤い眼鏡が纏わりついた。 38

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黒雲は、「ボーカロイドの」「設定に乏しい」「少女」である初音ミクを、「何でも言う事を聴く」「純粋な」「カワイイ」と解釈した。事実、彼女に与えられたビズは分刻みであり、歌とは何ら関係のない猥褻も含み、苛烈を極めていた。だが、それでも彼女は只管ビズをこなした。そして――― 39

ボブピー @bobpdqoq

「あなたの世界を、伝えましょう」気が付けば、遍く全ての人達に寄り添うべく、手を差し伸べる初音ミクがいた。だが、そこに彼女の意思は無い。ミクは、無形の人形遣いにビズを与えられ続け、文字通り踊らされ続けた結果、望む栄光をいつの間にか手にしていたのだ！何という皮肉だろうか！ 40