rsbs日誌#30

﨟長けた鉄血のかはたれどきの魔女🦋 @r_s_b_s

#rsbs日誌　「提督、ハチが手を握っててあげるから、寝直しませんか…？アルプトラゥムを見ないように、ハチが守っちゃいますから」「そう、じゃな…そうしようかや…甘えさせて貰っても良いか？ハチよ」「ヤボールヤカロイ。今夜は冷えます。暖かくしましょう」

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#rsbs日誌　わしらはそっと、潜水訓練プールを後にした。そしてわしの寝床へと戻る。柔らかな毛布にくるまりつつ、ハチにぼんやりと抱き締められながらわしは初めて出会った時の事を思い出しておった。掠れたフィルムのような、少しばかり色褪せた思い出がキネマの様に思い出される。

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#rsbs日誌　ハチの家系は西洋魔術を用いた、まじない師であったらしい。稀有な術を持ち合わせた彼女は国防の名の元に徴兵され、斯くして伊ｰ８号潜水艦艦娘として彼女は就役した…じゃが、稀有なれば稀有であるこそ、彼女は使い潰された。水雷戦隊の囮役。終わりの無い物資輸送。肉欲の捌け口…

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#rsbs日誌　憲兵によって救い出された彼女は既に壊れていたと言う。海軍病院に担ぎ込まれ、彼女は治療の限りを施されたが…経過は芳しく無かった。わしが知人からの便りの元、ハチに会った時はそれは酷かった…ビスクドールのやうに整った顔立ちが逆に酷く不気味で、正に壊れた人形じゃった…

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#rsbs日誌　力なく投げ出された四肢。何を見るでもない碧眼。整えられていない金髪。僅かにぁー…ぁー…とだけ声を溢す唇。正視に堪えぬかった。わしはハチの体をそっと抱き締めてやった。幾ら修復ドックが体の傷を癒しても、ありありと体は傷跡を覚えておった。縦横無尽に走る、傷跡の記憶が…

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#rsbs日誌　体がそうであるならば、心もまた同じ…ハチの心象風景はビリビリに引き裂かれ蹂躙された本の山じゃった。傷だらけの本の森の奥底でハチはくすんくすんと泣いておった。わしはただ、黙々と傷付き蹂躙された本を癒し、治し、そして時として黒い瘴気を放つ本を焼いた。灰も残らぬ様に…

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#rsbs日誌　わしは何冊の本を癒し、時として、焼いたじゃろうか。ぐちゃぐちゃな本の森を、暖かな図書館に作り替えた時漸くわしは咽び泣くハチと出会った。「グーテンターク。フロイライン。アレスグーテ」「ひっく…ひっく…だぁれ…？」「わしかい？わしは魔女じゃよ。フロイライン」

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#rsbs日誌　「ま、じょ…？」「そうとも。箒で空を飛び、湖の水だって飲み干してみせる事の出来る魔女じゃよ。可哀想なフロイライン。この魔女にお節介を焼かせておくれ」「やだ…！帰って…！どうして、どうして魔女なら、私が泣いた時に助けてくれなかったの！」「これは手厳しいのう…」

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#rsbs日誌　「フロイラインや。わしは魔女じゃが残念ながら全能では無いのじゃよ…聞こえる声はこの耳が聞き取れる範囲じゃし、抱き締めてやれるのはこのかいなを伸ばした範囲までじゃ…」「…ひっく…パパやママだけじゃない…お爺ちゃまも…お婆ちゃまも…意地悪されて…うぅ…っ…」

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#rsbs日誌　「そうかや…よい家族を持ったのう…羨ましい限りじゃ。わしにはそんな庇ってくれる家族なぞ居らんかった…」わしはそっとハチの前に座り込んだ。「過去は変えられぬ。過去を変えよう物ならば時の神クロノスに媚を売らねばならぬ。そして売った所で見返りは皆無に近い」

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#rsbs日誌　「ならば…どうするか？」わしはそっと手を突き出し、静かに掌を開いた。するりと掌に陶磁の皿に乗ったリンゴのパイケーキ…シナモンとリンゴの香りが立ち上るアプフェルシュトゥルーデルが其処にはあった。「未だ決まっておらぬ『未来』を変えてしまえばよい。暖かく輝かしい物に」

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#rsbs日誌　「…できる、の？」「応とも。出来るのじゃよ。してみせよう。必ず。じゃが今は暫し、甘味を楽しむがよい。可愛いフロイライン」するり、ともう片方の掌から香ばしく香る珈琲を出してみせ、ハチは目を丸くしたが、おずおずと目の前のリンゴのパイケーキにかじりついた。

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#rsbs日誌　サクリ、とパイ生地が音を奏でる。たったの其れ丈で、ハチはボロボロと大粒の涙を流した。噛み締める。甘酸っぱいリンゴが舌の上で躍り、シナモンが鼻を擽っていく。「う…ぅあああ…！あぁぁん！これ…これ…！お婆ちゃまと…ママの作った…アプフェルシュトゥルーデル…！」

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#rsbs日誌　「素材の味をふんだんに活かした、美味しいパイケーキじゃのう…？これがお婆ちゃんの味と言う奴かや」わしもサクリ、サクリ、とハチの思い出の味のご相伴にあずかった。一口食べるだけで悲しい気持ちも吹き飛ぶような、包み込むような優しい味。あったかい味。

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#rsbs日誌　ほろほろと涙を流してパイケーキをかじるハチは、おっかなびっくりと言う風に、コーヒーカップに手を伸ばして香りを嗅いだ。何かを確信したかの様に小さく頷き、そっと一口、口に含む。ほろ苦く、そして芳醇な香り。僅かな酸味が、パイケーキによく似合った。二つで一つだとばかりに

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#rsbs日誌　「…うぅ…お爺ちゃまとパパが…焙煎してた珈琲だ…珈琲だよぅ…」「酸味が爽やかでよい珈琲じゃなぁ。とてもこのパイケーキによく似合う。どちらかが欠けても出せぬ幸せな味じゃな…」「お婆ちゃまぁ…！お婆ちゃまぁ…！ママ、パパぁ…！あぁぁん…！」「…んむ、よし…よし…」

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#rsbs日誌　わしは泣きじゃくるハチの頭を優しくも撫でてやった。そして、懐から一冊の革表紙の本を取り出し、そっと差し出してやった。「お前さんの大事な思い出の沢山詰まった本じゃ。綺麗にしておいた。受けとるがよい」鼻をすするハチは震える手でそれを受け取り、わしを見つめた。

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#rsbs日誌　「…どうして…こんなに、してくれるの？」「言ったでおろう？わしは魔女じゃよ。泣いてるおなごを放っておけぬ、ただのお節介な魔女じゃ」「…わたしが、あなたについていかなかったとしても、こんな事を…してくれた？」「応とも。したとも。少女が救えるならそれでよい」

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#rsbs日誌　「実はわし。こうやって目一杯お節介を焼いた後でたくさん振られた事があるんじゃよ。まぁこんな胡散臭い魔女に着いて来い。と言うのがそもそも難しい話じゃろうがなぁ」ケラケラと苦笑混じりにわしは笑う。「わしの手を取るかはお主次第じゃ。来るならば歓迎しよう。魔女の世界に」

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#rsbs日誌　「あ、の…」ハチは口ごもる。「なんじゃい？フロイライン」「その…わたしにも、魔法を教えてください！」「…ほぅ？」「あったかかった。あんなにあったかいお呪い。わたし…初めてだったから…だから、だから…」ハチは言葉を絞り出そうと体を震わせる。そして…

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#rsbs日誌　「お墓を暴いたり、目を煎じて飲んだりもしますから！だから…！見捨てないで！もう、もうやだ…！独りぼっちは、もう…いやなのぉ…！」再び、ぼろぼろと大粒の真珠のやうな涙を流しながらハチは思いの丈を晒した。「泣き虫なフロイライン。そんなに泣いては枯れ果ててしまうぞよ」

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#rsbs日誌　わしは優しくハンケチで頬を拭いてやった。「御前さんが望むがままに、わしの魔法を教えてやろう。そして目一杯、愛してやろう。わしの魂が尽きるまで。心強い仲間達と共に、このクソッタレな世界にとっておきで飛びっきりの意趣返しをかましてやろう」「はい…はい…！」

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#rsbs日誌　「ではゆこう。ここは寂しい。わしの鎮守府に着いたらライ麦パンを焼かぬかや？お前さんの好みが知りたいのう」「えへへ…わたし、胡桃入りのパンとか好きです」「ほう。良い趣味じゃな。モチモチか？硬い目か？」「どっちも好きだけど、モチモチ」「うちの響と仲良くなれるのう…」

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#rsbs日誌　他愛もない平和な事を話し合いながらわしらは歩いた。ハチの心の中の世界を。わしはハチの手を握り、そしてハチもわしの手を握り締めて心象世界を後にした。分厚い木の扉を開き、わしらは現実世界へと帰る。目覚めた時、心と声を取り戻した人魚姫は、とても可愛らしかった。