『炎上急行』#2
もう一つは……メルヴィはミルギルィの手首から覗いたアクセサリーを見た。そして確信した。三つ眼の意匠が彫られた時計。三つ眼と言えば、この世界の主神、エンベロードを意味する。神の信徒は目を隠さない。神の寵愛は、視線からもたらされるのだ。手術で目を増やすものもいるくらいだ。 56
2014-10-04 14:58:09魔法の悪影響以上に、神からの力を得れば魔法使い相手に戦い続けることができる。しかし、神を信仰するにはリスクがある。この世界では神はほとんどの力を失っている。その信徒は邪教徒扱いだ。怪しい儀式に溺れ、生贄を捧げる、社会の不穏分子。 57
2014-10-04 15:04:06わざと見せたのだろうか、ミルギルィは時計を隠し、にこりと笑って人差し指を口に添えた。秘密、ということだろうか。やがて汽笛が三度鳴り、列車は動きだした。列車内のアナウンスが開始される。しかし、何故かガサゴソというノイズが聞こえたのだ。 58
2014-10-04 15:07:49列車はいま石灰岩の丘から下りて赤茶けた砂漠を疾走していた。もはや宿場町から遠く離れ、助けが到着するのも、そもそも異常を知るのも遅すぎた。ミルギルィはこの異常事態でも静かに瞑想している。 60
2014-10-05 10:44:12「ハイジャックだ……どうしよう」 カトールは不安になって剣を抱いた。「まずは奴らの目的を窺いましょう」 コリキスは冷静にアナウンスに耳をすましている。エルベレラは不安そうにメルヴィを見た。メルヴィはいざという時に備え、魔力の薬を飲む。ミルギルィは目を閉じて集中していた。 61
2014-10-05 10:51:03「ここから20キロ先の給水所跡でこの列車は停車する。この列車には重要な積み荷が隠されているはずだ。それこそが我々の欲しているものである。諸君らは静かにしているだけでいい。目的のものが手に入り次第君たちは解放される。我々は誘拐犯ではない」 アナウンスはそう告げて終わった。 62
2014-10-05 11:00:56「積み荷って何でございますの? テロリストが欲しいものって……怖いですわ」 「やれやれ、僕らは静かにしているだけでいいんだね。はやく災難が過ぎてほしいな」 そう言うカトールに向かってコリキスは冷静に客室の外を窺いながら言う。「いや、彼らの言う積み荷が、僕らの可能性もある」 63
2014-10-05 11:08:41カトールはぎょっとした。「おいおい、冗談じゃないよ。僕らは確かに密命を受けているけどさ……テロリストに狙われる筋合いはないよ」 やがて黒服の男たちがこちらへと集団で歩いてきた。一行は武装を隠し、表向きは友好を装う。客室の扉が開け放たれ、黒服の男たちと視線が交錯した。 64
2014-10-05 11:18:56メルヴィたちは黒服の男たちに見覚えがあった。街で出会ったあの黒服たちだ。しかし、今は重武装した黒衣の戦闘員を連れている。黒服たちは忌々しげに一行を見回すが、手は出さない。魔法使い風の男に目くばせすると、男は首を振った。「静かにしていろ」 それだけを口にした。 65
2014-10-05 11:23:37そして黒衣の男たちは去っていった。「ハァ~寿命が縮まりますの」 エルベレラがため息をつく。しかし、すぐ近くの客室で怒声が上がった。「貴様、やはり貴様か!」 「てめぇら、何しやがる!」 この声は……ロドルの声だ! 揉み合う音が聞こえてくる。黒服に抵抗したのだろうか。 66
2014-10-05 11:29:19「やはり……ロドル様が積み荷だったようですね。街ではうまく隠していましたが……魔法探査で見つかったのでしょう。逃げますよ」 ミルギルィはそう言って他の5人を急かした。「どういうことです? ロドルは、何を運んでいたのです?」 「すぐわかりますよ」 67
2014-10-05 11:45:15凄まじい勢いで殴り飛ばされた黒服が客室の前を水平に飛んでいった。ミルギルィは安全を確認して、5人を客室の外に誘導する。「早くしなさい。逃げ遅れれば死にますよ」 メルヴィたちは訳も分からず従うしかない。列車は猛スピードで疾走している。「ロドル様は鍵を運んでおられたのです」 68
2014-10-05 11:48:43「鍵? 鍵とは何だ?」 「神の力を完全に発揮するためには、人間に埋め込まれた遺伝子の鍵が必要なのです。それは神によって出現頻度は異なりますが……。私の感知力では、ロドル様は混沌神の鍵を持っておられるのが分かります」 「そういえばあいつら、カオス信奉会とか言ってたな」 69
2014-10-05 11:55:09メルヴィはロドルがいる方の通路を見た。そこには何人もの黒服が倒れている。視界の端にロドルが映る。いや、アレはロドルなのだろうか。メルヴィは戦慄した。ロドルの顔をしたその生き物は、ずるずると身体を引きずり、無数の口で黒服を咀嚼している。戦闘員も手がつけられないようだ。 70
2014-10-05 11:56:38「はやく逃げましょう。殺されますよ」 ミルギルィが冷たい目で言う。ロドルの顔をした肉塊は……ゆらゆらと6本の手をこちらに向けた。おいでおいでをしている。メルヴィたちは、息を飲んで駆け出した。 71
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