- newgibbousmoon
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ただ一度の永遠・番外編「春の嵐」 合格発表を見に来た時、一緒にいたのは寿一だった。 一足先に推薦で合格していた寿一は、オレの合格をわが事のように喜んでくれた。 このあたりでは名門校として知られる箱根学園なので、周囲のほかの合格者達の中には親と一緒に泣いて喜んでいる者もいた。
2014-11-30 00:35:00@newgibbousmoon けれど、オレは何となく違うとどこか冷めた意識で思っていて、ふと隣を見れば、同じような目で見ているヤツがいた。 それが尽八だった。 「尽八、受かってたんでしょ、ほら、戻るわよ」 「ああ。ありがとう、姉上」 「やっくんに電話するんじゃないの?」
2014-11-30 00:41:22@newgibbousmoon ものすごく綺麗な姉弟で、周囲の視線を集めていた。 尽八一人でも目立つほうだったが、姉だという人と一緒だとものすごい注目度が高い。 硬質な、冷ややかな横顔が、「やっくん」という人名を聞いた瞬間へにゃりと崩れた。 「もちろん、するにきまってる」
2014-11-30 00:43:19@newgibbousmoon 「さっさとすれば~」 「ここでは落ち着いてできないし、長電話できないじゃないか!」 「……あんたね、電話は一回三分じゃなかったの」 「合格のお祝いだから延長してもらう」 「遠慮ないわねぇ」 「姉上、遠慮していたら、ヤギの手紙より連絡つかないぞ」
2014-11-30 00:47:29@newgibbousmoon 「やっくん、あんたには甘いものねぇ。あたし達には警戒心バリバリなのに!」 「それは姉上達が靖友をからかうからだ」 「からかってなんかいないわ、半分以上本気。でも、中学生に本気なんてみっともないじゃない。フラれ続けてるんだからさらにみっともないわ」
2014-11-30 00:49:25@newgibbousmoon だから、からかってるって体裁崩さないの。年上の女が年下の男に迫るのって勇気居るし、フラれるのってすっごいキツいんだからね。 「やっくんはそのへんがわかってて、からかわれてるって事にしてやんわり断ってくるの。すっごいスマートでデキのいい男なのよ」
2014-11-30 00:51:38@newgibbousmoon ほんと、罪深いわ~、と呟いたその女性の声に潜む甘い響きに、オレの中の何かがぞくっと反応した。 ちらりとそちらを見ると、その女性はオレを見て、ふわりと笑った。 オレはあわてて視線を逸らした。 年上のお姉さまが好みのオレの、ドンピシャだった。
2014-11-30 00:54:01@newgibbousmoon 帰りの電車の中で寿一が変な顔をしていた。 「どうしたんだ?寿一」 「い、いや、綺麗な女性がいただろ」 「あ、うん」 「それが、キレイだったんだけど何か怖くてな。キレイすぎると怖いって本当だな」 「確かにゾクゾクはしたけど、怖いっていうよりキた」
2014-11-30 00:56:42@newgibbousmoon 「オレはおまえほど、女性に慣れてないから純粋に怖いんだ。何かとって食われそうな気がする」 晩生の寿一は、そんなことを言って軽く身を震わせた。 後に、尽八にその時の事を話したら、尽八は深くうなづいて寿一に言った。 「フク。おまえのそれが正解だ」
2014-11-30 00:58:43@newgibbousmoon いいか、アレはそのうち絶対痛い目を見るからな、とオレを見て言って、それから更に言葉を続けた。 「うちの姉たちは、一人残らず夜叉だからな」 尽八には四人姉がいるのだと聞いてオレは羨ましく思ったが、尽八はおまえは女を知らなすぎると溜息をついていた。
2014-11-30 01:02:37@newgibbousmoon それはともかく、オレと寿一が尽八と再会したのは、入寮日だった。 寮に入る一年生はまずは四人部屋に入ることになっている。 その同室者が尽八だった。 「おまえ達が同室者か。先に入寮したので、こちら側を使わせてもらうことにした。東堂尽八だ、よろしく」
2014-11-30 01:07:39@newgibbousmoon 部屋のドアを開けると、正面の壁には大きな窓が二つ、更に右側と左側の壁にそれぞれ二段ベッドと机が二つ配置され、作りつけのクローゼットがあった。 それなりに個人の私物スペースが確保されてはいたが、オレ達にはオレ達特有ののとても重要な問題があった。
2014-11-30 01:13:00@newgibbousmoon 「福富寿一だ」 「新開隼人。隼人でも新開でもどっちでもいいよ」 「福富と新開、だな。俺の事は東堂で」 「ああ」 「うん、よろしく」 尽八は人当たりのいい笑みで笑った。 今にして思えば、あれは警戒心バリバリで鼻にもひっかけていなかった状態だった。
2014-11-30 01:15:29@newgibbousmoon 勿論、当時はそんなこと気付いていなくて、結構気さくなヤツなのかなとか考えていた。 「もう一人はまだ来てないんだ?」 「ああ。靖友は……俺の親友なんだが、あいつは身内に不幸があったから、入学式当日の入寮なんだ」 「へえ。親友同士で一緒なんだ」
2014-11-30 01:18:28@newgibbousmoon オレと寿一と一緒だな、と言うと、尽八は、運が良かったんだ、とふにゃりと笑った。よほどその親友が好きなんだな、とオレはのんきなことを考えながら寿一を見る。 寿一がおまえが言ってくれというような表情をするので、オレは小さくうなづいた。
2014-11-30 01:22:49@newgibbousmoon 二人でいる場合、交渉事のようなことはだいたいオレの役目だった。 寿一は不器用なとこがあるし、言葉が足りないところがあるので、オレがそういうことをしたほうがうまくいく率が高かった。 「あのな、東堂くん。オレと寿一は、自転車競技部に入る予定なんだ」
2014-11-30 01:24:16@newgibbousmoon 箱根学園はスポーツの名門校でもあり、いろいろな競技に力をいれている。中でも自転車競技部は全国トップクラスの強豪校で、オレと寿一はそのために箱根学園を選んだのだ。 「奇遇だな。オレもだよ」 まあ、そんなに驚くほどの事でもないが、と尽八はつぶやく。
2014-11-30 01:26:36@newgibbousmoon 「なーんだ。じゃあ、この部屋に自転車もちこんでもいいかな」 もちろん部に置き場はあるだろうが、愛車はできるだけそばにおきたいのが自転車乗りだ。 「それはかまわないが、工具やパーツは床の上に置きっぱなしにしないということだけは注意してくれ」
2014-11-30 01:28:17@newgibbousmoon 「ああ、もちろんだ」 あっさりと難題が認められて、オレは安心した。それから尽八の言うことも最もだと思ってうなづく。 「それと、室内でバラすときは絶対に新聞かダンボールかシートをひくこと」 「ああ、そうだな」 寿一もほっとした表情でうなづいた。
2014-11-30 01:29:43@newgibbousmoon 「それから、メンテ後は必ず掃除をする事」 「うん」 「あとは……」 まだあるのか、と正直うんざりしかけた。 「……今の処は特にない、かな」 「大丈夫だ、東堂。新開のことはオレが責任を持つ」 「うむ。わかった」 「寿一、オレは別にちらかさないよ」
2014-11-30 01:34:54@newgibbousmoon 寿一はアテにならないという顔でオレを見たので、オレは口を尖らせた。 「あー、でも、そのもう一人の人に悪いかな」 「靖友?ああ、大丈夫だ。靖友は部活には入らないかもしれないが、ロードは持ち込んでるから」 「え、そうなのか?」 「ああ」
2014-11-30 01:36:13@newgibbousmoon 靖友の愛車はちょっとすごいぞ、と尽八は言う。 「なんで?」 「フルカーボンなんだ」 「へえーっ。まだ出たばっかだろう?っていうか、すごいな、それ」 「……競技をやらないのに、フルカーボンなのか?」 寿一が眉を顰める。 「競技ならばやっている」
2014-11-30 01:37:52@newgibbousmoon 部活に入らないかもしれないというだけだ、と尽八はそっけなく言った。 「なぜ?」 「靖友は成績優秀者の奨学金をとっているから」 ああ、とオレ達はすぐに納得した。 スポーツ特待生……スポーツ推薦で入学した授業料免除者はその競技での好成績を求められる。
2014-11-30 01:40:33@newgibbousmoon 同様に、成績優秀ゆえに授業料免除をされている特待生は、当然、優秀な成績を求められる。具体的には、学年十位以内を常にキープしなければいけないのだ。 「……一緒に、部活をしたいんだがな」 尽八は聞いているほうが切なくなるような声音で言った。
2014-11-30 01:42:41@newgibbousmoon 入寮してからの三日は、荷物の整理や部活への挨拶などであっという間に過ぎた。 スポーツ特待の寿一に便乗して、オレも普通より早く部活への仮の仮入部……すごくおかしいけれどそれしか言いようがない……が認められたのはラッキーだった。
2014-11-30 01:45:17