【詩小説レッズ・エララ神話体系】時雨とエヴィル「雪中行軍」
客観的にみて頭脳の出来は、青年が天才であるゆえに、図抜けて異常に優れているのだが、こと「戦場の動物的カン」となると、時雨に一日の長がある。戦場の獣は、平時の常人の神経より、ずっと細やかで、ずっと大胆で、遙かに恐ろしい。その感性を、エヴィルは非常に信頼している。16
2014-12-05 21:10:48というわけで、さっさと洞穴に向かって行く二人であった。その道程を見つめる追跡者はほくそ笑んだ。二人はその笑みすらも予測していたというのに。17
2014-12-05 21:13:59青年「うー、さむさむ」時雨「あったかいねえ」エヴィルが魔法で炎を展開し、エヴィルが魔法であたりの寒波を防御し、なおかつ魔法壁で、対衝撃まで完備している、いささか過剰防衛な気もせんでもないが、とにかく洞穴の中で陣を構える二人であった。そして炎にあたる。ぽかぽかである。18
2014-12-06 22:59:09「……来ないな」絶賛訝しむ青年。「そりゃあすぐには来ないよ。相手は油断を誘っているんだから」「こんな寒空の下でか。相手の方が先に死ぬんじゃねえの?」「実はそれも狙ってたり」「ぶっひゃっひゃっひゃっ!」大笑いする青年。可虐趣味のある変態である。敵は全て玩具か実験台である。19
2014-12-06 23:01:30「まーいいや」ごろん、と、毛布をひっかぶって寝転がるエヴィル。そういう怠惰な姿、あなみだら、しかし美し。対し時雨は行儀よく座っている。育ちというよりは、性格の差だろう。最も、時雨が聖人でまっとうか、と言ったら、疑問は残る。このような塹壕戦をのんきに提案するくらいなのだから。20
2014-12-06 23:04:38「寝るのはまだ早いと思うよー」相変わらずの、のんきな声で時雨は語る。刀の手入れをしながら。物騒なブツを取り扱っているわりには、平和な声である。天然ではない。なぜならその瞳は、愛刀を前にした慈しみに溢れながらも、さながらもう一つの刃にも似て、研ぎすまされていたから。21
2014-12-06 23:09:48びゅおうびゅおうと外は豪なる風であり、大粒の雪が、過去も憎悪も夢も押し流さんとばかりに吹き荒れる。あとに残るは、雪のカーテンから垣間見える、暗い、暗い、黒の世界。それを、二人はあったかな洞穴の中から、じっと見ている。孤独なその白い雪と暗い黒は、不思議と省察を迫る。22
2014-12-06 23:12:57省察も迫ってられないほどヤバいのは、追跡者である。相手に気づかれるわけにはいかないからランタンひとつ灯すわけにはいかない。アレがあれば相応に暖かいのだが。せめてもの慰めは懐中懐炉であるが、これはお慰み程度だ。エヴィルのような魔術耐寒装備など求めるべくもない。23
2014-12-06 23:15:01クソが……おもっきりバツを引かされた、と、追跡者は思っていた。町の……それこそ、ひとつの町の産業を自由自在に操り得るマフィアを、簡単に潰してしまうような二人組なんだぞ。そいつらが、実力的にも、人格的にも、まともな奴らであるわけはない。これも、己の立場の弱さか、と思う。24
2014-12-06 23:19:08思えば、あのマフィアの情婦に興味を抱いたのがそもそも間違いだったか、と追跡者は思う。あの魅惑に溺れた自分は、いつしかマフィアの中で、いいように使われる立場となってしまっていた。最もそれなりに腕が立つ(あの町のレベルでは)ので、下っ端扱いではないが「腕のいい技術者」ではある。25
2014-12-06 23:22:14その技術を買われ……といったら聞こえはいいが、ようは掃除屋である。後始末をつける。それが俺の仕事だ、と思う。だがここまですることはあるのか、とも思う。あの二人……そうだ、さっさとこの雪の中に放り込んでおけば、死ぬだろう。そして俺はさっさと町に帰るのだ。26
2014-12-06 23:26:20そしてしっぽりやるのだ。自分を束縛してやまないあの女であるが、しかしそれは甘美なものでもある。第一……このような雪国。閉鎖的な町。他にどのように生きていくというのだ。27
2014-12-06 23:29:34そこでふと思う。あの二人は、どうやって生きてきたというのか。どこかにパイプがあるわけでもなく、貴族爵位を持っているわけでもなさそうだ。部下もいない。あるのは……圧倒的な剣術と魔法の才能、そしてイカレた神経のみ。ただそれだけで、世界を渡れるものなのだろうか。28
2014-12-06 23:33:49渡れるのだろうな、と追跡者は思う。それが「力」の意味だ、と。力さえあれば。誰をも有無を言わさぬ力があれば。それだけ人は自由になれるのだ。中途半端なマフィアや町組織を蹂躙しても、一向にかまわない、だけの力。シンプルで、まっすぐなベクトルで、それだけに自由が担保されたもの。29
2014-12-06 23:36:51振り返って、自分にそういうものはあるか?ない。俺はあまりに束縛されている。それゆえの安全さというのもある。快楽もある。何より……安心。これが大きい。これを捨てようとは思わない。ガキのころは捨てて、無頼漢になろうとも思った。だがそれは10歳までの夢だった。現実……。30
2014-12-06 23:39:57才能か、才能か、と追跡者は思う。そしてふと思う。……憎い、と。正確には「うらやましい」にきわめて近似した「憎い」なのだが、まあ、それほど遠いものでもないだろう。追跡者は、今までそれほどこの仕事には乗り気がしていなかった。だがことここに至って、はじめて「奴らを殺す」と燃えた。31
2014-12-06 23:44:08――なお、オメガ的な次元のゆがみにより、タイトルコールが一瞬おくれてしまいましたが、なんかこのほうが趣があるので、これでよしとするのです。――
2014-12-06 23:48:38【報告】当アカウントのポータル的ペエジはこちらになります。逐一、ログを漁っていきます。カニバライジング行為……redselrla.blog.jp
2014-12-06 23:49:35「レッド・ムーン・ライジング」。その赤い小型の月は、三日月であった。追跡者のボロ布めいたマントから、右腕がにょっきり出たと思ったら、そこには機械があった。あったのだ。いかなる隠しの術かわからねど、彼はその武器を隠し持っていた。超大型のボーガン状の機械、そして先端には赤三日月。32
2014-12-22 17:19:49弓と同等の射出力を誇り、訓練を経れば弓よりも広範囲をネコソギできる兵器である。あたかも研ぎ澄まされた鎌を回転させて首を刈るかの如く……。遠目からその追跡者を見た者は、雪の中に赤々としたたり落ちるかのような真紅の三日月鎌を見て、畏怖するものだ。夜の黒と雪の白に異物……。33
2014-12-22 17:25:14今まではその畏怖の力でもって、追跡に恐怖というものをプラスしてきた……だが今回は、先手を打つ必要がある。相手は手慣でイカレている。だったら、この攻撃をよりトリッキーにし、相手の考える間もなく、殲滅することこそがクールである。が、しかし、この追跡者は、一つのことを失念していた。34
2014-12-22 17:28:25それは、要するに、このような先制攻撃を仕掛けるということは、いずれは真っ向勝負になるということだ。奴らとの全面戦争は避けられない。だが追跡者は、それをこそ望んでいた……ロジックの隘路がここにある。要するに、追跡者は、時雨とエヴィルに、何らかの鉄槌を下したくなっているのだ。35
2014-12-22 17:35:25