＜密蜂二人旅　左腕の男（前編）＞

おおらか @noba_nashi

「ハッ！」八郎が笑う。その右手には弓！左手には矢！なんということか、八郎は魔法少女が右側へと走り出した瞬間、弓を持ち替えたのだ！長い左腕は矢を目いっぱい引き、目の前の魔法少女を狙っている。一瞬のうちに密は自分の射抜かれた姿を幻視する。(密！)魔法少女は飛び込むような回避行動！90

おおらか @noba_nashi

危険！空気を抉る矢は魔法少女を掠めるように飛んでいった。「左は上手くいかん」八郎は顔をしかめつつ、再度弓を持ち替えた。魔法少女も態勢を立て直し、銃口を八郎へと向けた。ぶつかり合う視線。八郎がニヤッと笑う。「おもしれえ弓だな」「…弓じゃないわ」「じゃあなんだ」「…教えない」91

おおらか @noba_nashi

「仕組みは分からねえが、矢を飛ばしてるのは確かだろ？」「…矢じゃないわ」「それじゃあ何だ？」「…教えない」「へっ、そうかよ」八郎が笑う。「お前に二つ言っておきたいことがある」 「…なに」狙いをつけたまま密が答える。「一つは、化け物女が想像よりも可愛いじゃねえかってこと」92

おおらか @noba_nashi

「…ありがと」 （密！何お前満更でもない顔してんだ！おい！） 「そしてもう一つはだな」 「…もう一つは」 「その可愛い顔を射抜かなくてはならないのが残念だ」 「…じゃあ、放っておいてくれればいい」 「そうはいかない」八郎が笑った。この武士は覚悟ができていると密は思った。93

おおらか @noba_nashi

手足を失おうとも口で噛み付いてこようとするそんな貪欲な覚悟だ。荒野で出会った、毛虫のような眉毛をした武士とは明らかに違う。心の強さが明らかに違う。この男を止めるには、本当に手と足を奪うしかない。そしてその覚悟はすでに完了している。94

おおらか @noba_nashi

次の一撃が勝負の要となる。確定的なその事実が、何人も受け入れない歪で濃密な関係性を作る。 静かな覚悟を携えて殺しの道具を構える二人は、残酷なまでに美しい。その静寂の中、風が吹いた。頭上からひらひらと舞い落ちる葉のひとひら。交わる視線。無言の約束。葉が地へと落ちる、それが合図。95

おおらか @noba_nashi

ひらりひらりひらり、ああ！今！葉が落ちる…そのときである！ 「ボォォォォォォォ！！」 森を揺らす咆哮！咆哮！咆哮！ 「なんだぁ！？」 「…来た」 （賑やかになってきやがったぜえ！） 咆哮と地響きが二人へ急接近！木々をなぎ倒しながら飛び出す！ 「ボォォォ！」 化け物牛の入場だ！96

おおらか @noba_nashi

鋭く尖った角の先から蹄まで真っ黒に染まったその姿は、まるで牛の影を切り取ったかのようだ。黒牛は二人の射手の間に着地すると、こぶのように盛り上がった肩を震わせ、体を八郎の方へ向けた。「チィッ！」八郎は矢を放とうとするが遅い！黒牛の猛烈な突進がそれを許さない！激突！97

おおらか @noba_nashi

「ムァー！」天高く八郎の体が舞い上がり、そして落下！森の中へ消えた。 （射ッ射ッ射ッ！ありゃ死んだなぁ！） 「…行くよ」 ハチノスの軽口と同時に密の銃が火を噴いた！さらに次の弾を素早く装填、発射！二発の弾丸は正確に黒牛の巨体に着弾！貫通！死！…否！なんと黒牛は無傷！98

おおらか @noba_nashi

「…」密は無言で次の弾を装填する。その視線は黒牛の足元へ向けられていた。そこにはぺしゃんこに潰れた金属、先ほど撃った二発の銃弾が哀れな姿で転がっている。黒牛がゆっくりとその鋭い角を密に向ける。赤く血走った眼の奥は渦を巻き、狂気に支配されていることは明らかだ。99

おおらか @noba_nashi

「ボォォ！ボォォ！」 前脚の蹄で大地を打ち鳴らし、その口から泡を吹き出しながら黒牛は吠える。そして目の前の魔法少女に向かって突進した！常人ならば精神が恐慌状態に陥って当然の状態、しかし魔法少女は冷静に引き金を引く。ダン！100

おおらか @noba_nashi

頭を狙って放たれた弾丸を黒牛は角を振るい叩き落とす。「ボォォォォ！！」鋭く尖った死が迫る。魔法少女は腰を低く落とし大きく跳躍、突き上げられた角を紙一重で躱し、そして空中で回転しながら黒牛の背に銃弾を撃ち込む。曲芸撃ち！しかしその体を貫くことはできない！101

おおらか @noba_nashi

弾丸はシュルシュルと回転しながら豆のように縮んだ。黒牛はまったくそのことに気づいていないかのように速度を緩めず突き進む。その背後に魔法少女は着地！「ボォォォォォ！」黒牛は木々をなぎ倒しながら大きく旋回！なんと暴力的な森林伐採！102

おおらか @noba_nashi

袴から弾丸を取り出し、銃に込める。1.2.3.4.5.6！銃が息を吹き返す。 （再装填の時間はたまんねえなあ。ええ？）ハチノスが喜びの声を上げる。 「…変態髑髏」 「ボォォォ！」黒牛が再び森の中から飛び出す！突進攻撃！密は静かに息を整え、引き金に指を掛けてそれを待ち構える。103

おおらか @noba_nashi

そのときだ。 「ムァァァァァァァア！」 密の背後から突然の咆哮！新手か！？否！鎧姿の男が飛び出したぞ！鎮西八郎の復活入場だ！ （射ッ射ッ射ッ！しぶとい奴だぜ) 八郎は密を軽々と飛び越え、どっしりと着地！目をギラつかせながら両手を広げた。「さあ！楽しくなってきたぜ！」104