<密蜂二人旅 左腕の男(前編)>

実験的にツイッタで書いている小説『★魔法少女血風録★』のまとめです。今回はトンデモ西部時代劇。
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おおらか @noba_nashi

この国に荒々しき波が押し寄せるその少し前。 九州、肥後国のどこか。 雲一つない青空の下、荒野の丸石に女が腰かけている。 女は腰に下がった水筒を取り、水を少し飲んでから、静かに言った。 「…あたしに何か用?」 女は囲まれていた。馬にまたがった男が三人、彼女を見下ろしている。01

2014-11-24 23:11:33
おおらか @noba_nashi

彼らは役人ではないだろう、鎧では抑えきれない野蛮さが彼らからは立ち昇っていた。 「怪しい奴だ!」 「こんなところで何をしている!」 「どこの者だ!」 「…質問、一つにまとめて」女はうんざりした顔で言った。 「無礼な奴だ!」 「斬ってやろう!」 「質問に答えろ!」02

2014-11-24 23:13:39
おおらか @noba_nashi

「…矛盾してるってば」女はため息をついた。 「訳の分からないことを言うな!」 「そうだ!斬ってやるぞ!」 「いいから質問に答えろ!」 (うるせぇなあ、とっと撃っちまえよ) 女がゆっくりと立ち上がった。奇妙な出で立ちの女であった。03

2014-11-24 23:16:38
おおらか @noba_nashi

短い髪は煤けた赤い色、眠たげな眼にふっくらとした唇。頭にはつばの広い帽子を乗せている。頭からすっぽりと被ったような薄手の袖のない外套は茶色、そこから伸びている裾の広がった袴は白く、足元は女には不似合いのいかつい赤茶の西洋靴だ。04

2014-11-24 23:17:58
おおらか @noba_nashi

「…怪我をしたくなかったら、ほっといて」 女が手袋をした両手をわずかに持ち上げる。外套の前が開いた。腰には物々しい帯革、そして銀色の小さな髑髏を首から提げていた。奇妙、実に奇妙な、女。 馬が怯えたように嘶いた。足つきに落ち着きがなくなっている。05

2014-11-24 23:19:04
おおらか @noba_nashi

「ウヌゥ!?」 それは馬上の男たちも同じこと、一瞬で女が放つ剣呑な空気に呑まれていた。 「ヌヌヌ」 「…もう行ってちょうだい。お互いのために」 「ヌゥ!馬鹿にしおって!」 女の正面にいた男が腰の太刀に手を置き、女を睨みつける。毛虫のような眉毛の男だ。06

2014-11-24 23:26:17
おおらか @noba_nashi

「やはりここで斬ってやろう!」 「おう!」 「そうだそうだ!」 残りの二人が囃し立てた。女はため息をついた。 (シャッシャッシャ、面白くなってきたなあ。おい) 「…ぜんぜん、面白くない」 「なにをぶつぶつ言っておる!エイヤーッ!」 毛虫眉毛が太刀を抜き、女に打ち下ろした。07

2014-11-24 23:28:08
おおらか @noba_nashi

女は難なく太刀をかわし、そして男の腕をむんずと掴んだ。 「アッ!放せ!アッ!放せ!」 「…それっ」 女の小さな掛け声とともに毛虫眉毛の体が宙に浮いた。 「アッ!?エッ!?」 毛虫眉毛は仲間たちの驚いた顔を逆さまに見た。そして万物の法則に従い、荒野へと落下した。08

2014-11-24 23:33:39
おおらか @noba_nashi

「グヌゥー!よ、よくも」 なんとか立ち上がろうとする男に向かって、女が素早く右腕を突きだす。色気を感じさせる細い手首、しなやかな指。その上を這うように袖口の中から何かが飛び出した。 ガッチャ。09

2014-11-24 23:38:34
おおらか @noba_nashi

それはとても小さな道具だった。そして単純な作りでないことが一目で分かる道具だった。それは直線と曲線を併せた形で、直線の筒の部分は男の眉間に、曲線の部分には女の細い指がかかっていた。道具は胸元の髑髏と同じく銀色で、不思議なことに髑髏よりもその小さな道具のほうが死を感じさせた。10

2014-11-24 23:41:03
おおらか @noba_nashi

「ヌ…ヌウ?」 「…分かったでしょう?死にたくなかったら」 「なんじゃあ、これは」 「…あれ?」 毛虫眉毛がうねうねと動き、男は自分の眉間にあるものを見つめている。周りの男たちもどうしたものかと様子をうかがっていた。 「…あ、この時代じゃまだ通じないのか」11

2014-11-24 23:41:53
おおらか @noba_nashi

女が肘を曲げると銀色の道具は袖の中へと引っ込んだ。そして 「…それなら、こっち」 「こっち?」 怪訝な顔をした男の眉間に、思いきり右の拳を叩きこむ。 「ヌワーッ!」 「おのれぃ!」 「おのれい!」 馬上は不利と判断したのか、残りの二人が馬から降りた。12

2014-11-24 23:42:54
おおらか @noba_nashi

「…そこは揃うんだ」女が感心した顔で言う。 二人が刀を抜き、左右からジリジリと女に迫る。 (撃てーッ!シャシャッシャ!撃ち殺せーッ!) 「…五月蠅い」13

2014-11-24 23:43:59
おおらか @noba_nashi

右の男が動く、上段からの一撃を女は体を捻って軽々と回避、さらに足を引っかけて転ばせる。 「ウワーッ!」 「オノレーッ!」 そこへ左の男が斬りかかる。 女はくるりと体を回転させて、男の背後へと回り込むとその背を思い切り突き飛ばした。 「アレーッ!」 男は無様に倒れた。14

2014-11-24 23:45:44
おおらか @noba_nashi

「…ふぅ」 両手をはたいて、女は帽子を深く被り直した。それから丸石に立てかけておいた紐のついた細長い筒を肩から掛けた。 「…さようなら、モノノフさん」 (つまらん) 「…もともと面白くもないし」 (なんで撃たねえ!撃てよ!) 「…五月蠅いなあ」15

2014-11-24 23:46:54
おおらか @noba_nashi

いきなり相手のいない不気味な言い合いを始めた女の背後で毛虫眉毛の男がゆっくりと立ち上がっていた。 「ウ、ウググ」 男は血走った目で足元の太刀を拾うと思い切り女へと斬りかかった。 「シネェーイッ!」 (密!) 「…分かってるよ」 そして女は引き金を引いた。16

2014-11-24 23:48:41
おおらか @noba_nashi

その銃声は荒野へと響き渡った。魔法少女の来訪を知らせるように、どこまでも響き渡った。17

2014-11-24 23:49:57
おおらか @noba_nashi

★魔法少女血風録★〈密蜂二人旅 左腕の男〉

2014-11-24 23:50:20
おおらか @noba_nashi

阿蘇忠国(あそのただくに)は荒野に立って、その地平線を眺めていた。聞き慣れない音が聞こえたのだ。獣の咆哮とはまた違う、なにかとても大きな音だ。音がした方角は忠国が兵を向かわせた場所でもあった。18

2014-11-28 00:55:38
おおらか @noba_nashi

ただの見回りのつもりと三人向かわせたのだが、何か大事があったのだろうか。そこまで考えて、いやいやそれはないなと忠国は自分の考えを否定した。 (自らから仕掛けてこようなんて度胸のある奴はもうこの土地にはいないだろう)彼の背後には、どこかの誰かの城だった場所があった。19

2014-11-28 00:57:35
おおらか @noba_nashi

先日、彼とその仲間たちが夜討ちをしかけて潰したばかりの城だ。今では忠国たちの拠点の一つとなっている。(この国のお偉いさんは臆病者ばかりだから、自分の城に籠っていたほうがいいと考えるに決まっている。それにこちらへやってくるにはあの森を通らねばなるまいしな)20

2014-11-28 00:59:28
おおらか @noba_nashi

忠国は地平線の向こう側にある黒牛森のことを考えた。その森には名の如く化け物みたいな黒い牛がいて、決して人を通さないというのだ。兵たちを見回りに行かせたのはそれを確認させるためでもあった。(牛は森から出られんと聞いていたが、よもや森に立ち入ったのではあるまいな)21

2014-11-28 01:01:34
おおらか @noba_nashi

「ムッ?」 そのとき、地平線に影が見えた。忠国は目を凝らす。それはだんだんと大きくなり、やがて馬とそれに跨った人の姿になった。 「戻ったか」忠国はホッと息をつく。しかしすぐに向かってくるその影がおかしいことに気づいた。馬は一頭、兵は三人。馬が足りない。22

2014-11-28 01:06:32
おおらか @noba_nashi

「どうした!何があった?」やってきた男たちに忠国は聞いた。 「女!」「女!」「女!」「女?」三人が口ぐちに喚いた。男たちは全員怯え、慌てていた。「どうした、どうした」忠国がもう一度聞くと、毛虫のような眉毛をした一番年かさの男が、震える手で烏帽子を脱いだ。「女、化け物」23

2014-11-28 01:09:27
おおらか @noba_nashi

「ムゥ、これは…」忠国は言葉を失った。烏帽子には穴が開いていた。穴の周りは焼け焦げて黒くなっている。そしてそれは太刀でも槍でも、そして矢でも開けることはできないで綺麗な円を描いていた。24

2014-11-28 01:10:40
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