ダーウィン、マルクス、オウエン

産業革命以来、社会を支配してきた思想家を3人挙げることができる。だが、競争を煽り弱肉強食を正当化して金持ちに有利な社会を志向するダーウィニズムも、平等だけを主張し一人一人の努力を引き出すことに無頓着なマルクス主義も、両極端である。今の日本に必要なのはオウエンの発想ではないか。
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shinshinohara @ShinShinohara
社会思想を代表する人間として、3人を挙げることができる。ダーウィン、マルクス、オウエン。ダーウィンは社会に「生存競争」(自身は適者生存と言ったのだが)の発想を育て、富者が貧者を食い物にする弱肉強食の社会を自然なことと強弁した。貧富の格差など意に介さない乱暴な思想だった。
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マルクスは弱肉強食のダーウィニズムを憂い、共産主義を生んだ。弱者である労働者にストという戦術を与え、強者に対抗し公平な社会を目指した。だが「結果平等」に偏りすぎ、働き者と怠け者を区別しない悪平等が蔓延し、社会の活性を奪う乱暴な思想だった。
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ロバート・オウエン。私の大好きな実践者である。産業革命時代の「弱者から搾るだけ搾り取るのが利益を最大化させるコツ」という常識を打ち破り、社員の福利厚生を充実させ、しかも一人一人の能力も向上、世界一の品質と利益を誇る工場を実現した。なぜそんなことが可能になったのか?
shinshinohara @ShinShinohara
マルクスは物質的欲求のみに焦点を当てたため、労働者一人一人の能力向上をどうすれば実現できるかという解を持っていなかった。「結果平等」に重きを置きすぎた。オウエンは「労働者の能力最大化」に焦点を絞った。その結果、社員全員の福利向上と利益最大化の両方を手にした。
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オウエンからすれば弱肉強食のダーウィニズムは愚かな思想であった。労働者は安くこき使われ、疲弊しきってしまう、そうなれば製品の品質劣化、生産性悪化を招き、ひいては企業全体のパフォーマンス悪化に繋がり、結局は資産家の評判も落とし、何もいいことがないと考えたからだ。
shinshinohara @ShinShinohara
オウエンがもしマルクスより後に生まれていたら、やはり共産主義もできが悪い思想だと考えただろう。結果平等に偏し過ぎると怠け者が得をして働き者がバカを見る。そうなれば社会全体のパフォーマンスが悪化し、結局社会は転覆してしまう、と予見しただろう。
shinshinohara @ShinShinohara
オウエンはダーウィニズムのように「優秀な者が強者、愚か者が弱者」という発想をしなかった。また、マルクスのように「平等を徹底しさえすれば社会は幸せ」という単純な発想をしなかった。オウエンは「一人一人、全員のパフォーマンスを少しでも引き上げること」を徹底して追求した。
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一人一人のパフォーマンスを向上させようとすれば、生活不安があっては話にならない。そこで生協の前身となるような制度、すなわち生活品をなるべく安く社員に提供し、給与も買い叩かず、生活にゆとりが生まれるように努力した。まずは生活基盤を安定化させた。
shinshinohara @ShinShinohara
だがそれだけでは工場の生産性は上がらない。そこで社員の「向上心」をくすぐる工夫を凝らした。それぞれの持ち場に色札を下げ、きれいな仕事をした人間が誰か分かるようにした。技術の教え合いも奨励した。その結果、ほぼ全員が優秀さを示す色札に置き換わっていった。
shinshinohara @ShinShinohara
生活を安定させることで「心の健康」を確保し、仕事の出来を「見える化」すると同時に教え合いを奨励することで「向上心」を育んだ。その結果、激烈な競争が繰り広げられるイギリス産業革命において、圧倒的高品質と利益を誇る紡績工場を実現し、ブラック企業を取り締まる工場法成立に寄与した。
shinshinohara @ShinShinohara
昨今の日本は産業革命時の「弱肉強食」社会に逆戻りしつつある。マルクス主義が崩壊し怖いものがなくなった今、「愚かな庶民」に頭を下げることが死ぬほど嫌いな資産家たちが「我々優秀な種族が支配する社会に戻すべき」と、弱肉強食の時代に戻そうとしている。;彼らが優秀とはとても思えないのだが。
shinshinohara @ShinShinohara
これに対抗するのにマルクス主義は有効ではない。すでにソ連で大失敗の記憶が根強いし、何よりストという戦術も成り立たなくなっている。IT化が進んで人が要らなくなり、事務職はパソコンが、労働はロボットがかなり代替するようになった。ストを打てばそのままクビにされるのだ。
shinshinohara @ShinShinohara
何よりマルクス主義の欠点は「一人一人のパフォーマンス向上」にビックリするほど無関心。資本家を悪者として糾弾すれば仕事は終わりだと考えている節がある。これでは上に文句を言うだけの人間をのさばらせ、社会全体のパフォーマンスを悪化させ、社会が成立しなくなってしまう。
shinshinohara @ShinShinohara
オウエンは違う。生活の安定は確保するが、評価はしっかり下す。すると不思議なことに、パフォーマンスを向上させようと各人が努力する。人間には「承認欲求」があることを看破していたのだ。特に収入に響くわけではなくても「私も頑張ってると認められたい」気持ちをくすぐれば、人は努力するのだ。
shinshinohara @ShinShinohara
マルクスはオウエンの思想を「空想的社会主義」と評した。だがどう考えてもマルクスの方が空想的社会主義だ。オウエンは自らの工場で実践し、実現して見せた。マルクスは本を書いたが実践者ではなかった。一人一人のパフォーマンス向上への目配りが足らなかったのも、実践の乏しさ故だろう。
shinshinohara @ShinShinohara
今の日本社会に足りないのはこのオウエンの発想ではないか。生活の安定は確保するが一人一人のパフォーマンスを向上させることも怠らない。生活安定と能力開発。この2つが車の両輪として機能することにより、社会全体のパフォーマンスが向上する。
shinshinohara @ShinShinohara
戦後日本の高度経済成長は、同時に平等さと豊かさを生んだことから「世界一成功した社会主義」と評されることもあるが、平等さと豊かさの両方を実現できたのは、社会主義だったからではない。曲がりなりにもオウエン的な「生活安定と能力開発」の両方を実現しようとしたからだと言えよう。
shinshinohara @ShinShinohara
戦後日本の労使関係に決定的な影響を与えたのが鐘紡の「運命共同体」論。社員の生活を向上させたいが、会社に噛みつくだけでは会社が転覆し、結局は労働者も路頭に迷ってしまう。経営者と労働者を対立的に捉えず運命共同体として、各人が能力を向上させ全員が豊かになることを目指すべき、とした。
shinshinohara @ShinShinohara
鐘紡の「運命共同体」論は戦後日本社会に多大な影響を与え、経営者は社員の福利厚生向上に努力する一方、社員も一人一人が会社の利益になるよう精一杯努力する、という構図が生まれた。歯車が噛み合い、日本はドライブがかかったように快進撃を開始した。
shinshinohara @ShinShinohara
戦後日本の経済的成功は「世界で最も成功したオウエン主義」によるものだと言えよう。他方、「日本株式会社」と揶揄されるほどに閉塞した社会にバブルの頃にはなっていたことは、別途反省されなければならない(どちらかというと自民党長期支配による1940年体制に起因するが、ここでは省略)。
shinshinohara @ShinShinohara
オウエン主義なら一人一人が活力を持ち、全体のパフォーマンスも高い日本社会を実現できる。また、自由闊達に議論する社会ならば「日本株式会社」のような閉塞感のある社会にせずにすむ。オウエン主義で一人一人が元気で豊かな社会を実現し、自由闊達な空気で開かれた社会にする。それが進むべき道だ。

コメント

ニコニコ星 @nikonikoboshi 2016年5月6日
二百年前の思想で世の中がよくなるんなら、とっくにそうなっているんだよなあ…。こんな発想、所詮社畜やブラック企業を正当化するだけの意義しかないよ今の日本では。
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