甲状腺被ばく量の直接測定(喉元に線量計)は何をやっているのか

 I-131 による甲状腺被ばく量を推定する方法として、喉元にサーベイメータなどの線量計を当て、喉元での線量率を測定する方法があります。あれはいったい何をやっているのでしょうか?  可能なかぎり分かりやすく、ここでそれを説明してみたいと思います。やや今さらな話ではありますが、あまり簡単な話でもなく、いまだに幾つかの誤解があるようですので、念のためこの解説を作りました。
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はじめに

 空気中や飲食物などから I-131 を摂取すると、その多くは甲状腺に集まり、そこで放射線を放ちます。それなりの量の I-131 を摂取してしまった場合には、喉元に線量計を当てるような簡易な方法でも、甲状腺内の I-131 が放つ放射線を捕らえることができるようになります。

 その喉元での放射線測定から得られる情報から「甲状腺被ばく量」を推定する方法が「直接測定」と呼ばれるものです。チェルノブイリではこの方法でじつに 350,000 人分もの測定が行われました (参考 http://togetter.com/li/578876 )。福島原発事故後の福島県でも、件数は 1,000 人強分と少ないものの、同様の方法による測定が行われました。

 ところで、喉元で計った線量率の情報から甲状腺被ばく量を推定するのは、そう単純ではありません。なぜなら、体内でおこる代謝により、甲状腺に残る I-131 の量は時間とともに大きく変化し、それと同時に、喉元の線量率も大きく変化するからです。例えば、同じ人が同じ量の I-131 を摂取したとしても、線量率を摂取日の10日後に計った場合と、20日後に計った場合では、測定値は大きく違ってしまいます。

 ある一時点で測定した喉元の線量率から甲状腺被ばく量を推定するには、幾つかの手順を経る必要があります。以下でそれを説明します。
 

基本的な手順

 直接測定の手順は次の4ステップから成ります:

(1) 喉元で線量率を測定する (そして、バックグラウンド分を差し引く)

(2) 得られた線量率から、甲状腺内に残る I-131 の量を推定する

(3) 甲状腺内に残る I-131 の量から、摂取した I-131 の総量を推定する
   ※ このステップで摂取日から測定日までの経過日数が考慮される

(4) 推定された摂取総量から甲状腺被ばく量を求める

以下でそれぞれのステップについて簡単に説明します。
 

詳細

ステップ (1) 喉元で線量率を測定する

 喉元にサーベイメータなどの線量計を当て、線量率を測定します。ついで、得られた線量率からバックグラウンド分(自然放射線など)を引くことにより、甲状腺内から発せられる放射線の線量率を求めます。
 

ステップ (2) 得られた線量率から、甲状腺内に残る I-131 の量を推定する

 容易に想像できるように、甲状腺内にある I-131 の量が多ければ多いほど喉元での線量率は高くなります。
 過去に行われた複数の模擬実験(※ 人の喉を模擬した容器を使った実験)により、「甲状腺内にどれくらいの量の I-131 が有ると喉元の線量率がどれくらいになるのか」 がそれなりに分かっているため、その知見を用いると、線量率の測定値から甲状腺内の I-131 量を逆算することができます。

 例えば、「緊急被ばく医療研修」のページには次のようなグラフが示されています:

   http://photozou.jp/photo/show/885961/217353263

右図の横軸が甲状腺内の I-131 量を表しています。単位は kBq です。このグラフには、I-131 の量が多ければ多いほど、サーベイメータで計った線量率(縦軸)が大きくなる、という結果が示されています。この知見を使えば、線量率から I-131 量を求めることができるわけです。

 なお、このグラフを見ると、「年齢が違うと線量率も違う」 という結果になっています。これは年齢によって首の太さや甲状腺の大きさ等が違うためです。首の太さ等が違うと、甲状腺から線量計までの距離などが変わるため、仮に甲状腺内に同じ量の I-131 が有ったとしても、喉元で計った線量率は異なります。上に示したグラフでは、このような年齢による差までが考慮されているわけです。

 念のため。ここで 「サーベイメータではγ線しか計っていないじゃないか! 内部被ばくで重要になるβ線を無視している! けしからん!」 と思う方もおられるかと思いますが、ご安心ください。被ばく量の計算ではβ線も考慮されます。甲状腺内の I-131 の Bq が分かれば、放たれるβ線の量も推定できるため、β線からの被ばく量も評価できるからです。
 

ステップ (3) 甲状腺内に残る I-131 の量から、摂取した I-131 の総量を推定する

 上で簡単に触れたように、甲状腺内に残る I-131 の量は、摂取してからの経過日数によって大きく異なります。「摂取の何日後にはどれくらいの量が甲状腺に有るか」 については、やはり過去に様々な研究があり、それなりに知見が蓄えられています。

 以下にガス状の I-131(元素状ヨウ素)を吸いこんだ場合の例を示します:

   http://photozou.jp/photo/show/885961/217353350
   ※ 縦軸・横軸ともに「対数」というやつになっているため、見慣れない人には難しいかもしれません。がんばって読んでください

 グラフの横軸が「摂取してからの経過日数」を表します。そして肝心の縦軸は、「摂取した I-131 のうちの何割が甲状腺に有るか」 を表しています。

 例えば、摂取の約1日後には甲状腺内の I-131 量が最大になり、摂取した量の約 0.2 倍(つまり2割)が甲状腺内に有る、と読むことができます。また、その後は I-131 量はどんどん減っていき、摂取の10日後には 0.1 倍前後のみ、30日後にもなると 0.01 倍前後のみが甲状腺に残る、ということも読み取ることができます。

 この知見を使うと、ある時点での甲状腺内の I-131 量から、摂取した I-131 の総量を逆算し、推定できるようになります。例えば、摂取の10日後に線量率の測定を行った場合、摂取した総量の 0.1 倍前後が甲状腺内に残っていることになるので、甲状腺内の量のおよそ 10 倍前後を摂取したと評価されます。同じように、摂取の30日後に線量率の測定を行った場合には、甲状腺内の量のおよそ 100 倍前後を摂取したと評価することができます。

 なお、このグラフも年齢ごと別けて示されています。これは年齢によって代謝の速度が違うためと考えられます。

 少々ややこしい感じですが、この説明でご理解いただけますでしょうか?
 

ステップ (4) 推定された摂取総量から甲状腺被ばく量を求める

 ここまで来れば、あとは簡単です。上で求めた摂取総量に、ある係数を掛けるだけで甲状腺被ばく量を求めることができます。

 I-131 を摂取した後にどれくらいの被ばくを受けるのか、についても過去に様々な研究があり、「摂取 1 Bq あたりの被ばく量はどれくらか」 等について、それなりに知見が蓄えられています。

 ガス状の I-131 を吸いこんだ場合の例を以下に示します:

   http://photozou.jp/photo/show/885961/217353497

 これは、摂取した I-131 の量(Bq)から各臓器の被ばく量(Sv)を推定するための係数です。細かい数字が並んでいますが、がんばって読み取ってください。この係数もまた、年齢(Age at intake)ごとに示されています。

 ピンク色の線を引いた箇所が甲状腺(Thyroid)のための係数です。この係数に Bq の値 (例えば、100 Bqなら 100、10,000 Bqなら 10,000) を掛ければ、被ばく量が推定できるわけです。

 なお、ここでは簡単のためガス状の I-131 の係数のみを示しましたが、他に粒子状の I-131 のための係数も用意されています。しかも、3種類ほども。

 さしあたり、以上で。