キトの話。

ロジキト②
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イフ@東都へ行こう @2_tnm

『ようこそ、東都へ』 そんなふうに言われても、とても、歓迎される気分ではなかったのだ。 「…………」 「…………」 黙ってガラクタの道を行く。 名前も知らない男は、私につかず離れず、少し前を歩いていた。 「…………」 その男によると、私の瞳は、人間のそれの色ではなくなったらしい。

2015-01-17 16:03:52
イフ@東都へ行こう @2_tnm

頭から、硬くて重い、何かが生えた。 なのに体は、酷く軽かった。 私は、人間ではなくなった。 「…………」 別に、人間であることに執着はなかったけれど。 「…………」 夢の中を歩いているようだった。 「キト」 私の名ではない私の名。 呼ばれて顔を上げる。

2015-01-17 16:07:48
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「ふらふらするな。しっかり歩け」 振り向いた男が、そう告げた。 「……うん」 この男は、私を知っている。 「……ロジルト」 けれど、私は、この男を知らない。 この男は、一体、誰だろう。

2015-01-17 16:10:10
イフ@東都へ行こう @2_tnm

体と同じくらい、頭の中も軽かった。 全てが思い出せないわけではない。 うっすら覚えている、ここではない世界のこと。 そこで自分が、どんなふうに扱われていたのか。 「なんだ」 この男はたぶん、私と親密な関係にあったのだろう。 それはほとんど勘だったけれど。

2015-01-17 16:14:06
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「……なんでもない」 再び足を出す。 どこから来たのか。 どこへ向かっているのか。 頭がぼうっとして、上手く考えられない。 昔からそうだったような、気もする。 「キト」 「……なあに?」 「……キト、」 男の顔が歪む。 この男もまた、苦しいのだろうか。

2015-01-17 16:16:38
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「キト」 「聞こえてるよ」 わからないだらけで、もう眠ってしまいたかった。 「ロジルト。そろそろ休もう」 告げると、男が頷く。 適当な廃ビルの陰に隠れて、ごろんと横になった。 「キト」 まだ、名前を呼んでいる。 一体何だというのだろう。

2015-01-17 16:19:47
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「……キト」 お前の名が思い出せないんだ、と男は私を抱き締めた。 体温が。匂いが。腕の硬さが。 懐かしくて、涙が出そうだった。 「ロジルト、もう一度」 私の名前を。 「キトと呼んで」 男の胸に顔を埋めながら、すがるようにして乞う。

2015-01-17 16:23:34
イフ@東都へ行こう @2_tnm

「キト。キト。キト」 私は人間じゃない。 「キト」 私にこれ以外の名はない。 「……キト」 私は、キトなのだ。 「……ロジルト」 そしてこの男は、ロジルトだ。 ロジルトが、そう呼ぶならば。 「私は、キト」 その名で、生きていけると思った。

2015-01-17 16:27:12