#角川小説 「エフ・エム」 vol.1

角川Twitter小説コンテスト応募作品をまとめました。 おかげさまで最優秀賞候補作品30作品にノミネートして頂きました。ありがとうございます。 「これからあなたに90分間、時間を差し上げます。何回間違っても構いません。 90分以内に私が誰か、当ててください。もし時間内に私が誰か、思い出せなかったら、」 続きを読む
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水木ナオ* @nytf_fm

『――…では明日、よろしくお願いします。楽しみですね』 http://t.co/0AYyCe5POO #角川小説

2013-04-23 03:35:12
水木ナオ* @nytf_fm

「はい、ええ、こちらこそ。それでは失礼します」ふう、と電話を切る。と、同時に、相手に見えもしないのにお辞儀するように腰を屈めていた自分に気付いて、俺は思わず舌打ちをした。我ながら良く仕込まれたもんだ。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 16:56:01
水木ナオ* @nytf_fm

中小企業向けの販売管理システム販売会社に入社してはや14年。営業マンとしては上々の腕前だと自負している。今日の訪問先も反応は上々、次回で契約にこぎつけられるだろう。さて。腕時計に目をやる。もう5時か。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:00:27
水木ナオ* @nytf_fm

一回会社に戻って、軽く明日の準備をして……と算段していると、ぽん、と肩を叩かれた。「フカダさんじゃないですか!」振り返ると、眼鏡を掛けたスーツ姿の男がにこにこ笑っている。「いやあ先日はどうも」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:05:37
水木ナオ* @nytf_fm

「あ、これはこれは、どうも!」名前を呼ばれて咄嗟に笑顔で会釈を返しつつ、頭の中で素早く記憶を辿る。こいつ誰だっけ……?年の頃は俺と同じくらい、30半ばといったところか。同じ会社の社員か、取引先の担当者か? #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:11:43
水木ナオ* @nytf_fm

「先日はご提案ありがとうございました!現在弊社でも前向きに検討しておりまして」眼鏡の奥できゅっと細まる吊り目。どうやら売り込みを掛けた会社の担当者のようだ。ちら、と襟元を見るが社章は見当たらなかった。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:15:57
水木ナオ* @nytf_fm

「調度良かった。実はその件でお話を伺いたいのですが、この後お時間ありますか?」「はい!」相手の申し出に、一も二もなく笑顔で答える。新たな契約を取る機会を逃すわけがない。彼のことは、まあ話すうちに思い出すだろう。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:20:33
水木ナオ* @nytf_fm

珈琲が美味い店なんです、と男に案内されたのは、大通りから一本道を外れた所にあるカフェだった。こじんまりとした店内はそこそこ客で埋まっている。立ち話をしていた店員の女の子が、いらっしゃいませ、と慌てて寄ってきた。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:25:35
水木ナオ* @nytf_fm

「フカダさんは何にします?」「私はアメリカンで」「僕はブレンドを」少々お待ち下さい、と戻っていく店員を見送って、「ちょっと失礼」とスマホを鞄から取り出す。会社から着信は無し。すると、「おや、素敵ですね!」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:30:36
水木ナオ* @nytf_fm

「え?」顔を上げると、さっきと同じように目を細め、狐の様な笑みを浮かべて男が俺のスマホを指差していた。「そのケース、お洒落なデザインですね」「あ、ありがとうございます」そうか?シルバーのシンプルなやつなんだけど。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:36:05
水木ナオ* @nytf_fm

「僕まだガラケーなもので。いいなあ」「へえ、変えられないんですか?」「今、これといって特に不便が無いもので…あ、ちょっと見せていただいてよろしいですか?」「ええどうぞ」スマホを渡したところで、「お待たせしました」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:40:32
水木ナオ* @nytf_fm

珈琲の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。添えられていた砂糖とミルクが、琥珀色に白く渦を描き消えていく様を眺めていると、男がどうぞ、と自分の砂糖を差し出した。「僕は苦いの平気なので」と、美味そうにブレンドを煽る。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:45:14
水木ナオ* @nytf_fm

では遠慮なくと俺が2本目の砂糖を投入している間も、男は俺のスマホを物珍しそうに眺めていた。ひとしきりそうして。「ありがとうございました」そう言って男はスマホを、自分の手元に置いた。「え?すいません、それ返して…」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:51:17
水木ナオ* @nytf_fm

「フカダさん」俺の声を遮って、男はスマホを挟むようにテーブルに両肘を突くと、手を組んでその上に自分の顔を乗せた。そして。「さて、僕のこと思い出しましたか?」「え」「あなた、僕が誰だか分かってないでしょう?」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 17:55:38
水木ナオ* @nytf_fm

ぎくり、と肩を揺らす。しまった、ばれていたのか。きゅうと目を細め、男は静かに笑っている。そうならそうと早く言ってくれれば…や、これは営業マンとしての俺の失態だ。姿勢を正し、「申し訳ございません」深々と頭を下げた。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 18:01:10
水木ナオ* @nytf_fm

「大変失礼ですが、改めてお名前を教えていただけませんでしょうか」恐る恐る申し出るも、「駄目です」笑顔でぴしゃりと却下される。ああこれは相当怒ってるな、どうしようか……と思ったその時。男が妙なことを言い出した。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 18:06:23
水木ナオ* @nytf_fm

これからあなたに90分間、時間を差し上げます。何回間違っても構いません。90分以内に私が誰なのか、当ててください。もし時間内に、私が誰なのか思い出せなかったら、」あなた死にますよ。男は心底楽しそうに言った#角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-23 18:13:01
水木ナオ* @nytf_fm

「えー…と。それは社会的にという意味で?」「いえ、物理的な話です」あ、これは厄介なやつに絡まれたな。心の底から面倒臭くなり漏れかけた溜息を、慌てて我慢する。こういうヤバイのは刺激せず、スルーするに限る。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:06:33
水木ナオ* @nytf_fm

恐らく、さっきの路上での俺の電話を聞いてたんだろう。名乗る俺の苗字を覚え、内容から営業マンだと判断して?で?壷か?印鑑か?何を買えば神に救われるんだ、ん?なんて、まくし立てるのは腹のうちだけにしておいて。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:10:12
水木ナオ* @nytf_fm

「あっすいません、そろそろ会社に戻らねばなりませんので…」表情だけはにこやかに、席を立とうとすると。「フカダマサトさん。34歳。身長175cm、体重62kg、かに座のO型。独身で現在彼女はいない」「なっ……」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:12:55
水木ナオ* @nytf_fm

男はつらつらと俺の個人情報を並べ立ててみせた。「僕のこと、たまたま目に付いたあなたをカモにしようと絡んできた、面倒な男だと思ってるでしょう?その方が良かったかもしれませんね」くすくすと、嫌な笑い方だ。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:15:28
水木ナオ* @nytf_fm

「仕方ないなあ」男はふと、自分のジャケットのボタンに手をかけた。「余計な深読みなんていらないんですよ」一つ、また一つボタンを外していく。「物事は至極単純、あなたは90分以内に僕が誰なのか思い出せないと、」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:18:54
水木ナオ* @nytf_fm

男はジャケットの前を開き、自分の腹を指差した。なんだ?ウエストバッグを巻いて――「僕と一緒に粉々に吹っ飛びます」「……嘘だろ」美容師のシザーバッグのようなそれには、赤い配線で繋がれた筒が何本も押し込まれていた。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:21:30
水木ナオ* @nytf_fm

爆弾なんて生で拝む機会のない人生を歩んできた。あんなの偽物だ、そう言い切るだけの知識もない。再びボタンを留めた男は、腰元から太いペンの様な物を取り出した。混乱した頭でも、それが起爆スイッチであろうことは分かった。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:24:51
水木ナオ* @nytf_fm

「僕がこれを押せば即座にドカン、ですから」「あ、あんた……何が目的なんだ!」絞り出した声は思いのほか響き、店内の視線がちらほらとこちらに向く。呼ばれたと思ったのか、店員がこちらにやってこようとした。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:27:19