#角川小説 「エフ・エム」 vol.1

角川Twitter小説コンテスト応募作品をまとめました。 おかげさまで最優秀賞候補作品30作品にノミネートして頂きました。ありがとうございます。 「これからあなたに90分間、時間を差し上げます。何回間違っても構いません。 90分以内に私が誰か、当ててください。もし時間内に私が誰か、思い出せなかったら、」 続きを読む
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水木ナオ* @nytf_fm

男はなんでもない、と手を振ってみせ、その店員が他の客の所に呼ばれていくのを見届けると、こちらに向き直った。「お静かに。言ってるでしょう?あなたに僕が誰なのか、思い出してもらうこと。それだけが目的です。だから、」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:30:46
水木ナオ* @nytf_fm

「もしあなたがこの場から逃げ出そうとすれば、僕の目的が果たせないことになるので、僕は即座にスイッチを押します。もう一つ、大声を出したり、店員など他の人間にこのことを知られたときも同様です」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:33:19
水木ナオ* @nytf_fm

ピースサインのように指を2本突き出し、その実言っている内容は平和からは程遠い。ああ駄目だ、現実味がなさすぎる。「……なあ、いたずらなんだろ、これ。それだって偽物なんだろ?なあ」はは、と乾いた唇を歪ませるが。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:36:37
水木ナオ* @nytf_fm

「いやいや、これ結構すごいんですよ。そうですね、フカダさんの会社のオフィスくらいなら簡単に吹っ飛びますよ。こんなふうに」「え?」聞き返す間もなく、男は胸の内ポケットから取り出した携帯電話を開いてボタンを押した。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:40:05
水木ナオ* @nytf_fm

ぱくん、と携帯を折り、男は悠々とブレンドを煽る。「今あんた、なんて」「ああ、あと3分程待って下さい。多分そのくらいで上がってくると思うので。フカダさんのオフィスってカミヤ町ですよね?」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:42:29
水木ナオ* @nytf_fm

カップをテーブルに置き、男は自分の腕時計に目をやると、「そろそろかな」と携帯を開いた。なにやら操作をした後、はい、と俺に画面を見せ付ける。Twitterの、画面?『カミヤ町でビルが燃えてる!』 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:45:42
水木ナオ* @nytf_fm

『カミヤ町、警察と消防でえらいことになってる』『カミヤ町で爆発ってマジ?!』男の手の中で『カミヤ町』の文字が次々と画面を滑り落ちていく。「便利な世の中ですね。ニュースを待たずしてリアルタイムで情報が得られる」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:48:58
水木ナオ* @nytf_fm

満足気に頷く男の前へ、咄嗟に手を伸ばす。置かれていた俺のスマホを奪おうとしたが、「おっと危ない」すんでのところで防がれてしまった。「返せ、会社に電話を、」「掛けてももう誰も出られませんよ」「……っ!」 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:51:17
水木ナオ* @nytf_fm

手が震えるのは怒りか、恐怖か。自分でも分からない。「あんた、これ、これは、何なんだ。思い出せなきゃ、死ぬ?何で、こんなことで、あ、あんたまで死ぬとか、馬鹿げてるだろ」声を上擦らせながらも男を睨みつけると。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:54:28
水木ナオ* @nytf_fm

「馬鹿げてる?」す、と。男は初めて俺の前で笑みを消した。「こんなことではありません。あなたに思い出してもらえないなら、私に生きてる意味はないんです」畜生、こいつ、マジだ。鋭い眼光に射竦められて、声も出ない。 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 17:57:46
水木ナオ* @nytf_fm

だがそれも一瞬のこと。すぐに男はあの狐のような笑顔に戻ると、「さて、そろそろ本当に始めましょうか」とテーブルに頬杖をついた。「タイムリミットは90分。それでは改めて、……私は誰でしょう?【90:00】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-24 18:01:07
水木ナオ* @nytf_fm

俺はほう、と溜息を吐くと、ほとんど口を付けていなかったアメリカンを一気に呷った。砂糖は頭の働きを良くするんだったか、もらっといて良かったわ、くそっ。そして深呼吸をニ、三回繰り返す。よし、落ち着け。【89:43】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 18:32:01
水木ナオ* @nytf_fm

改めて、正面から男の顔をじっと見つめる。一重瞼に細めの吊り目、そこに銀縁の眼鏡。それ以外はこれと言って特徴のない、色白で、紺のありふれたスーツのいかにもビジネスマンといった風体だ。……見覚えは、ない。【88:57】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 18:41:05
水木ナオ* @nytf_fm

「黙ってていいんですか?時間はどんどん経ちますよ。時間内は何度間違っても構いませんから」「じゃあまず、あんたプレゼンがどうたらって言ってたけど、俺の顧客とか営業相手じゃないな?」「ええ嘘ですから」【88:39】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 18:48:59
水木ナオ* @nytf_fm

「分かった」なら安心してタメ口もきける。「同じ会社の社員?」「曖昧すぎです」そう言われても、本社支店合わせて200人弱、顔と名前が一致する人間など同じところで働く上司、部下、同僚たちの十数人程度だ。【88:25】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 18:53:58
水木ナオ* @nytf_fm

幸い、職場の人間関係には恵まれている。上司も、部下も、同僚も、お局さまとだって関係は円満だ。……円満だった、になるのか。固く手を握り締める。爪先がぎゅっと手の平に食い込んだ。【88:17】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 19:00:25
水木ナオ* @nytf_fm

一体どうしてこんなことを。普通に考えたら怨恨か?いや、こんな死なばもろともな行動に出る時点で十分常軌は逸しているんだけど、それを踏まえてもこれほどの行動に出られるような恨みを買うようなこと、したか?【88:03】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 19:06:15
水木ナオ* @nytf_fm

ぱっと思い付くようなのなんか、こないだの、「朝の通勤電車で座って居眠りしてたら、降りる時に荷台から俺の膝に荷物落とした挙句、一言も謝らないで降りた奴?」「それはあなたが自分を思い出させたい相手では」【87:42】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 19:12:28
水木ナオ* @nytf_fm

「うるせえ」朝は通勤ラッシュ、昼から夕方は外で営業周りかオフィスで事務仕事、夜は直帰か、飲んで帰るか。そんな毎日で浮かぶ顔や名前を片っ端から挙げていくが。「違います」仕事で関わる人間は出し尽くした。【86:01】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-25 19:18:32
水木ナオ* @nytf_fm

最近が駄目なら、逆に生まれた頃に戻ってみよう。「実家の右に住んでたミモリさんちの人」「違います」「左隣のセンダさん」「違います」「斜め後ろのカミオカさん」「いいえ」「向かいの白樺コーポの」「いいえ」【84:34】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-26 17:37:12
水木ナオ* @nytf_fm

「ええと、ヒカリ幼稚園の、先生?」「いいえ」「父兄」「いいえ」「同じもも組だった」「いえ」「さくら組」「いえ」「ゆり組!」「いえ」「ひまわ」「フカダさん。その当てずっぽう、許すの幼稚園までですよ」【83:23】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-26 17:57:05
水木ナオ* @nytf_fm

ふん、と男は呆れたように息だけで笑った。「知らないことを言える人間はいませんよ。フカダさん、思い出してごらんなさい、身近のほんの些細なことから、忘れられない大切な思い出まで」【82:56】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-26 18:04:24
水木ナオ* @nytf_fm

ほんの些細なこと……ふと頭を過ぎったのは1週間前の出来事だ。その日はペットボトルの水に付くおまけの新シリーズが始まる大事な日。いつもより1時間早起きし、会社近くのコンビニで首尾よく全種揃えたのだが。【82:16】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-29 09:36:50
水木ナオ* @nytf_fm

その時、棚でラスト1つだったバージョンのボトルを、同じく狙ってたらしき奴の目の前で、これ見よがしに奪ってやったのだ。そいつか?「違います」でもあれは腹が立つ。俺がやられたら相当むかつく。だって、【81:02】 #角川小説 http://t.co/0AYyCe5POO

2013-04-29 12:24:01