オバケのミカタ第四話『オバケのミカタと瀬戸大将』Cパート(3/3)

Cパートです。
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アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

抱いた帽子箱の中からティーポットが手を伸ばして、友愛の涙をそっと拭った。ひんやりした手が、熱い頬に心地よかった。「ごめんなさい」「なんだよお……同情なんて要らないよお。あんたがお化けなら、あたしを普通の家に生まれ変わらせてよお」「生まれは選べませんわ。でも」 #OnM_4 159

2015-01-24 22:10:57
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「……でも?」「友人は選べる。ワタクシは九千円払ってくれる誰かより、別れを惜しんで泣いてくれる子と、友達になりたいと思いますわ」「……。ばっかじゃないの……あんたのためなんかに、泣いてるんじゃ――」「……友愛?」名を呼ばれて顔を上げると、死人が立っていた。 #OnM_4 160

2015-01-24 22:11:12
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「お父……さん」忘れていた――そして努めて思い出さないようにしていた記憶がどっと押し寄せてきた。父の実家がこのあたりだったこと。近所に父が通っていた空手だか何だかの道場があって、小さい頃、母と一緒に何度か覗きに行ったこと――。「……友愛。泣いているのか」 #OnM_4 161

2015-01-24 22:12:16
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父はぎこちない笑みを浮かべ、こちらに一歩、踏み出してきた。「今日は……お前の誕生日だったな。母さんはどうした。もしかして――父さんに、会いに来てくれたのか」瞬間、かっと身体の奥が熱くなった。誰が――誰がお前なんかに――。自分勝手な男。母の苦労も知らずに。 #OnM_4 162

2015-01-24 22:12:29
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

父の手が伸び、頭を撫でられた。父は満足げな笑みを浮かべる。友愛は少しも嬉しくなかった。彼の笑いは優しい父親を演じている自分に酔っているだけのものだと気づいていたからだ。「なあ。もし――母さんに冷たくされてるんだったら――父さんのところに――」死人が誘った。 #OnM_4 163

2015-01-24 22:12:46
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友愛は父の手を弾き飛ばすなり、帽子箱を抱えて立ち上がった。そして、一目散に逃げ出した。「友愛!」父は金切り声を上げた。「どこへいくんだ!」友愛は振り返らなかった。交差点を突っ切り、狭い路地が入り組む住宅地へ駆けこんだ。 #OnM_4 164

2015-01-24 22:13:04
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「あなた、どうして逃げたりしますの? お父さんなのでしょう!?」箱の中からポットが顔を出す。「違う! 違う!」友愛は叫んだ。母の顔と父の顔とクラスメイトの顔が、脳裏で万華鏡のように溶け合い、潰れた誕生日プレゼントの箱の形に凝った。 #OnM_4 165

2015-01-24 22:13:22
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父が追ってくる。友愛の名を呼ぶ声がする。友愛が幾つ目かの角を曲がって大通りに飛び出ると、車道を挟んだ反対側から声が上がった。「いた! あの子だよ渡辺さんちの子!」ツインテールの女の子が自分を指さしている。眼帯の女子中学生と、ポニーテールの女子高生が一緒だ。 #OnM_4 166

2015-01-24 22:13:40
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眼帯娘の肩に、妙なものが乗っていた。ティーカップの頭をした、ボーンチャイナの人形めいたもの。それはぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうに繰り返していた。「姫! 姫! 我が姫君!」どう見たってティーポットの同類だ。友愛は箱の中を覗きこんだ。「ねえ、あれ……」 #OnM_4 167

2015-01-24 22:14:11
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ティーポットは難しい顔をして、黙りこくっていた。ティーカップ頭と少女たちは横断歩道の前で信号待ちしている。信号が青になって、彼女たちがこちら側の歩道に渡ってくるのが見えてようやく、ポットは口を開いた。そして叫んだ。「友愛。……逃げなさい!!」 #OnM_4 168

2015-01-24 22:14:39
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「えっ」「早く! 走って!!」友愛は走り出した。眼帯少女たちが慌ててバタバタ追いかけてくる。「あんたこそ! どうして逃げるのよ! 仲間なんでしょ!?」「彼はワタクシを迎えに来たんですわ」「だったら!」「ワタクシは帰りたくありません! あなたのところがいい!」 #OnM_4 169

2015-01-24 22:14:56
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友愛は喉が詰まって、何も言えなくなった。喋る代わりに息を吸って、走った。目の前の脇道から、突然、父が飛び出して来て、行く手を塞いだ。「お前! なんでお前! なんで逃げるんだ!」父は口元を歪め、顔を真っ赤にして突進してきた。友愛は咄嗟に、車道へ飛び出した。 #OnM_4 170

2015-01-24 22:15:15
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運悪くその車線に、法定速度を大幅にオーバーする速度で、紺色の乗用車が走りこんできていた。クラクションが友愛の鼓膜を打ちのめし、猫のように立ちすくませた。急に、周囲の時間がゆっくりに感じられた。スローモーションめいた速度で車が迫る。友愛の身体は動かない。 #OnM_4 171

2015-01-24 22:15:41
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世界の音が遠くに聞こえる。腕の中でティーポットが何か叫んでいた。そのとき、偶然、斜め向こうの歩道を歩いていた女子高生が目に入った。制服姿で、四角いビニール袋を提げている。野暮ったい丸眼鏡と、ふわふわのセミロング。次の瞬間、彼女はビニール袋を手放していた。 #OnM_4 172

2015-01-24 22:16:14
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宙に浮いたビニール袋が、スローモーションの世界でゆっくり落ちてゆく。それが地面に落ちるより早く、眼鏡の女子高生は走り出していた。スローで動く世界の中、彼女だけが通常の早さで動いた。瞬き一つの間に、彼女は友愛のすぐ目の前にまで迫っていた。 #OnM_4 173

2015-01-24 22:16:38
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そこに車が突っこんでくるのは、ほぼ同時だった。四つのタイヤから白煙を上げながら、友愛と眼鏡の女子高生をまとめて薙ぎ倒す勢いで迫る。女子高生は軽く身を屈めたかと思うと、ぬいぐるみでも持つみたいに、友愛の身体を片手で抱き上げた。そしてそのまま、自分も跳んだ。 #OnM_4 174

2015-01-24 22:17:06
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

女子高生は、突進してくる乗用車のボンネットを――蹴った。靴が鉄板にめりこみ、陥没させる。彼女はそれを足がかりにして、さらに歩道めがけて跳んだ。箱の中から、ポットの上半分と蓋がスッポ抜けて、宙を舞う。友愛が手を伸ばして蓋を掴んだが、上半分は取り損ねてしまった。 #OnM_4 175

2015-01-24 22:17:39
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

女子高生はガードレールの上に着地し、友愛を抱えているのと逆の手で道路標識のポールを掴むと、それを支柱に身体をくるりと半回転させた。そして足を伸ばすと、落ちてゆくポットの上半分を、サッカーボールみたいに足で受け止め、はね上げた。 #OnM_4 176

2015-01-24 22:17:59
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

くるくると戻ってきたそれを、友愛は今度こそ抱きとめた。女子高生はガードレールから歩道に降りると、友愛をそっと解放した。その瞬間、時間の流れが戻るのと同時に、世界中の音がどっと戻ってきた。 #OnM_4 177

2015-01-24 22:18:17
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「友ぅ愛ぁ!」「マコト!」「姫ェェ!」「曲さん!?」左右から、父と眼帯少女たちが駆けてくる。悲鳴のようなブレーキ音が尾を引き、通行人たちがぎくっと硬直する。友愛は腰が砕け、その場にへたりこんだ。女子高生はすっくと立ち、奇声を上げつつ走ってくる父を睨んだ。 #OnM_4 178

2015-01-24 22:18:47
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

女子高生は地を這うような水面蹴りで、走って来る父の脚を刈った。父の身体は空中で一回転し、アスファルトに叩きつけられる。腰を強打してうめく父の肩を踏みつけ、地面に縫い留めると、女子高生はそこから彼の鳩尾めがけて飛び肘を食らわせた。 #OnM_4 179

2015-01-24 22:18:56
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

全体重の乗った肘が急所に突き刺さり、友愛の父は悶絶した。女子高生が素早く体勢を立て直し、父にとどめを刺そうとしたところでようやく、友愛は声を出すことができた。「待って、お父さんなの! 待って!!」「……えっ?」女子高生が動きを止めると、眼鏡がずり落ちた。 #OnM_4 180

2015-01-24 22:19:22
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

駆けつけた巡査に哀とマコトが事情を説明している間、カップとポット、ニ体の瀬戸大将は、並んで食器のふりをしていた。マコトが踏み台にした車のボンネットには、板金加工したみたいにくっきり、スニーカーの跡が残っていた。つけた本人はちょっぴりばつが悪そうにしていた。 #OnM_4 181

2015-01-24 22:24:34
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

憑き物が落ちたように落ち着いた渡辺友愛の父親は、娘と短く言葉を交わすとホームセンターに赴き、陶磁器の金継ぎセットを買って戻ってきた。「誕生日おめでとう」それをぽんと手渡し、去っていく父の背中を、友愛はじっと見送っていた。#OnM_4 182

2015-01-24 22:24:50