陸奥を亡くした長門の話
- Sakawalove_YHG
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私は昨日建造されたばかりなんだから当たり前だろうと言えば、また「あらあら」と挟んでから「長門はどれくらいだと思う? 私の練度?」ときた。つくづく冗長な話をする奴だった。姉である私とは正反対だったな。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 11:10:02私が答えようと口を開いたとき、しっと陸奥は唇をおさえた。「貴方が今言おうとした練度の一つ上よ」と微笑む。だから私は「最高練度だと言おうとしたんだがな」と投げつけるように言った。陸奥はまた「あらあら」だ。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 11:11:49「正解、その一つ上」と言う陸奥に、私はから笑いを飛ばしたよ。 ……そしてその日の夕刻の演習、陸奥が相手の金剛と加賀を一撃ずつで仕留めた時はもう、逆に笑えた。その二人も最高練度だったんだ。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 13:47:11当時はケッコンのシステムがなかった。正しく言えば、ケッコンのシステムが実装される直前だった。だから当時の最高練度に達していた陸奥は本来、倒した金剛や加賀ともある程度互角のはずだったのだから。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 13:48:05陸奥の弾道――それは正確に敵に当たる、というより、敵が逃げ回りながら正確に当たりに来るようにさえ見えた。回避は避ける、というより、弾が自分の意志で避けて通るようにさえ見えた。心が折れそうになった。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 13:51:52戦艦というのはな、鼻持ちならない自負や自信と共に生まれてくることも多いのだよ。私も多分その口だ。だがあれを見てしまうとそんなのがポッキリといってしまう。強すぎて、戦っているようにさえ見えないのだから。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 13:53:58そうだな、褒めちぎってばかりでも仕方ない。とりあえず陸奥は信じられないというより、信じたくないほど強かった。それだけだ。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 13:54:21私は強くなりたかった。だから陸奥に頭を下げて戦い方を教えてくれと乞うた。陸奥はまた「あらあら」のあと「そうね、すぐに長門に追い越されちゃうかもしれないわね。がんばって」と咬み合わないことを言うばかり。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:08:15私もそれなりに我武者羅にやってみたのだが、結局、私はありふれた長門に落ち着くしか無かったのだな。陸奥のようには、最後までなれなかった。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:12:03陸奥は何かにつけて鈍臭く、戦闘以外ははっきり言って周囲が世話を焼いてやらないといけないようなやつだったが、いいやつだった。姉の贔屓目を抜きにしてもそう思う。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:16:54戦闘でも、何度助けられたかわからない。陸奥は守れる味方はなんだって守ってみせた。勝負のためならどんな犠牲にもなった。彼女は普段要領を得ないだけで、優しくて、勇敢で――本当にいいやつだったと思うよ、私は。我が妹ながら誇らしかった。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:18:39なんだ? 矢矧。くすくす笑って。……妹が自慢なのね、だと? 当然さ。姉妹を誇りに思わない艦はいない、そうだろう?
2015-02-01 14:19:46ただ、誰もが陸奥を好いていたわけじゃない。むしろ、一緒に過ごす時間が長い私のような者以外は悪感情のほうが強かっただろう。なぜなら陸奥は兎角、提督に贔屓にされていた。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:24:57陸奥と提督は当然まだケッコンしていなかったが、それでも常に提督にべったりで、提督もまた陸奥をあらゆる海戦……それこそ戦艦を外したほうがいいような場所でさえ運用した。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:27:29想像はつくことだが、陸奥は強すぎて単体で敵を圧倒した。他の面子はろくに戦闘らしい戦闘ができなかった。結果練度が伸びない。私もかなり苦労したな。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:31:02まあ、気がつけば敵は全滅、もしくはとっておいたショートケーキのいちごみたいに「あとはこれを撃って終わらせてね」みたいな状況にされてしまう。これで練度を上げろというのも無茶な話だよ。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:36:22ああ、それと、艦娘はどうも提督に惚れっぽい性質を持っているようだから、恋敵も多かったんだろうな。やっかみ、嫉妬……嫌がらせを受けても陸奥はそれを提督に報告したりしなかった。だからこそ、余計に。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:39:42陸奥は、たとえどんなに自分を非難する艦娘であっても、戦闘とあらば必ず守って助けた。それで改心した者もいた。余計に態度を硬化させる者もいた。私はそんな姿を見る度、たまらなく愛おしく、切ない気持ちになった。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:41:46白状すれば、私も一時期、提督を独り占めにする陸奥が……それで……嫌らしいことに「陸奥をいじめる奴など戦闘で護らなくていい」ともっともらしく言った。それで犠牲者が出れば優しい陸奥がどれほど心痛めるだろうと……な。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:47:45そのとき「闘牛って知ってる?」と陸奥は出し抜けに言った。牛は闘牛士の赤い布を追うのではない、実際は色など見えず、動くものを追ってしまうのだと。「だからなんだ?」と思った。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:49:11「私達の頭の艤装、牛みたいだから、うっかり動くものは守っちゃうのかしらね?」と、ピントがずれたようなことを言いながら、陸奥は今日守ることが出来た艦娘にそうするように、私の目を満ちたりた表情のまま見つめてきた。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 14:51:34陸奥は、多分壊れていたんだろう。今の司令部にいる陸奥と比べれば、あの陸奥はやっぱり確実におかしかった。最高練度の一つ上、彼女は確かにそこの住人だった。幸にも不幸にも。#矢矧の手記_外伝
2015-02-01 17:20:30