男子凍結 第一部
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十四
「忘れ物はない?」 キリナが心配そうにカスミに声をかけた。 「大丈夫だって。忘れてたって、取りに来ればいいんだし」 そう答えたのはカスミではなくハルナだった。今日はハルナとカスミが新居へと移る日。午後には引越しのトラックが到着する予定になっている。 #twnovels
2015-08-16 18:49:44「そうは言ってもねぇ。やっぱり、私も行こうか?」 「だ~め。母さんが来たら、家具の配置とかいろいろ口出しするでしょ。私が一人暮らしをするときもそうだったんだから。部屋を片付けたら招待してあげるから、それまで待ちなさい」 #twnovels
2015-08-16 18:50:09「・・・それじゃ諦めるけど。困ったことがあったらすぐ連絡するのよ」 そう言いながらも、キリナはまだ納得したふうではなかった。 「はいはい。解ったから、ついて来たりしないでね」 そう言ってハルナはカスミを振り返った。 「母さんがついてくる気になる前に、行こ」 #twnovels
2015-08-16 18:50:39カスミは、十ヶ月ほどの期間を過ごした家を眺めていたが、ハルナに言われて視線を二人に向けた。 「うん。そうね。キリナさん」キリナの目をしっかりと見て言葉を継いだ。「これまでいろいろありがとうございました。これからはハルナと一緒に暮らしていきます」 #twnovels
2015-08-18 20:56:23そういって頭を下げるカスミを前に、キリナは目を潤ませていた。 「何かあったら、いつでも帰ってきていいからね。ここはあなたの家でもあるんだから」 それを見ながら、ハルナは呆れたように言った。 「はいはい。今生の別れってわけじゃないんだから、それくらいにして」 #twnovels
2015-08-16 18:51:35「でも・・・」 「一週間に一回くらいはこっちに来るんだから、いつまでもやってないの。カスミ、行くわよ」 「はい。それじゃキリナさん、お世話になりました。部屋を片付けたら、来てくださいね」 そう言ってカスミは、もう運転席に乗っているハルナの隣に座った。 #twnovels
2015-08-16 18:52:30「気をつけて行くのよ」 まだ名残惜しそうなキリナを振り切るように、ハルナは自動車をスタートさせた。その後ろで、キリナはいつまでも手を振っている。カスミも助手席の窓を開けて後ろを振り返り、手を振ってキリナに答えた。 #twnovels
2015-08-16 18:53:10「キリナさん、なんかいつもと違ったね」 前に向き直って窓を閉めると、カスミはハルナに聞いた。 「あれね。母さん、自分の大切なものが目の届くところから離れるのが不安なのよ。まぁ、すぐに慣れると思うわ。私が別居したときもそうだったから」 #twnovels
2015-08-16 18:53:45「へぇ。なんか意外。結構長いこと一緒に住んでいたのに、全然気付かなかった」 「誰でも、普段の生活だけからじゃ見えない一面があるものよ。逆に、一緒に暮らしてみないと解らないこともあるけどね」 #twnovels
2015-08-16 18:54:18「じゃあ、まだ私の知らないハルナの一面もこれから解るのね」 「そういうこと。私も、カスミのこと全部ひん剥いて丸裸にするから覚悟しておいてね」 「そんなこと言って、もう丸裸にして、体中の毛まで抜いているくせに」 二人は声を出して笑った。 #twnovels
2015-08-16 18:55:18ミユキは、研究所の自分の椅子に座って、愛おしそうに自分の腹部を撫でた。ミユキはこれまで、二人のクローンの母体となっていた。一人目は昨年の九月、十九歳の生涯を閉じた。二人目はまだ教育期間中で、月に一度の定期検査のときに会うだけだ。 #twnovels
2015-08-18 20:53:13そして今、ミユキは自分にとって三人目のクローンをその身に宿している。モデルSと呼ぶ、キリナの遺してくれた情報を元に産み出した最初のクローンを。まだ一月にも満たないので見た目には判らない。けれど、その命は確かにここに宿っている。 #twnovels
2015-08-16 18:57:25そして今日、もう一人のモデルSクローンの着床が確認できた。その子はマルヤ生研に入って今年で三年目になる研究員が身篭っている。来年にはこの二人、あるいはもう一人別モデルのクローンも加えて三人を送り出すことになるだろう。 #twnovels
2015-08-16 18:58:02楠多さんはクローンの完成を自分で見届けることなく、私に託した。いや、そうだろうか?最近、ミユキは思う。榊多さんはやりたいことをやった、つまりその目的は、あのクローンを産み出すこと、ただそれだけだったんじゃないだろうか。 #twnovels
2015-08-16 18:58:37キリナは、一見ユリエのような生真面目な研究者に見える。けれど、その実はミユキと同じ、自分の目的のためなら手段を選ばないところがある。だから、あのクローンを研究所から連れ出す際、ミユキに協力を求めた。そして、今もそのクローンは生存しているらしい。 #twnovels
2015-08-16 18:59:11ミユキは、そのクローンを直接看てみたかった。教育期間中の一ヵ月毎の定期診断も、教育期間が終わって研究所に帰ってきてからも、あのクローンに関してはキリナが一人で看ていた。だからこそ、データを改竄しても誰も気付かなかったのだろう。 #twnovels
2015-08-16 18:59:43私は、何をしたいのだろう。私は、完璧なクローンを造りたい。寿命が人間と変わらない、完全なクローンを。この子が、そうなってくれるだろうか。ミユキは自分のお腹をそっと撫でた。そのためにも、あのクローンを看たい。この子の寿命の延命のためにも。 #twnovels
2015-08-16 19:00:28白羽螺ユリエは焦っていた。同期でマルヤ生研に入ったミユキと同時に身篭ったユリエのクローンは、ミユキのそれよりも十ヶ月も早く他界してしまった。そして今、ミユキの考え出した新しいクローンの製造法は今までにないアイデアが入っている。簡単なことだったのだが。 #twnovels
2015-08-16 19:01:56けれど、ユリエが気付かなかったのは当然でもあった。ユリエとミユキではそもそもクローンの寿命を延ばすために研究している方法論がそもそも異なり、対立するようなものではない。それでもユリエはミユキに“負けた”のが悔しかった。絶対に見返してやる。私の方法で。 #twnovels
2015-08-16 19:02:45