胡蝶巡りし希いの淵 一日目の現実

個々の現実。向き合う時。
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人間《オド》 @fallin_odo

目覚まし時計の音で目が覚める。 針は6時を示しているのを確認して素早く止めた。 丁寧に被っていた布団を畳むと枕もとの眼鏡をかけ、スリッパをはいて起き上がる。 自分の格好を見下ろす。スーツ姿ではなく、綿で出来たネイビーのパジャマ。

2015-02-15 22:20:58
人間《オド》 @fallin_odo

ふむ、と頷いてすたすたと冷蔵庫まで歩いて行き、一人用にしては幾分大きなその扉を開ける。 日付順に作り置きの食べ物が並んでいる。 雇っているハウスキーパーが3日分ずつ、朝夕纏めておいてくれている。 今の人材は優秀だと感心するようにゆっくり瞬きを一つ。

2015-02-15 22:21:59
人間《オド》 @fallin_odo

そこまで来てようやく言葉を発する。 「トリトマ、お前は何か朝食は必要とするのか?」 恐ろしくマイペースに動きながらオドは険しい顔で冷蔵庫の中身とにらめっこをしている。 「必要ならば今日の夕飯か明日の朝食用のものを出すが」

2015-02-15 22:22:57
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

「ほら、目が覚めたっていうのに、私がいることを疑いもしないんだもの」 名前を呼ばれれば、虚空から可笑しげな声を返す。隠していた姿を見せれば、夢の中と同じキモノ姿で現れる。 「いらないわ。食べることはできるけど、受け取ることができないし」 ゆるゆると頭を振り、朱赤の髪を揺らす。

2015-02-15 22:51:11
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

室内を見回せば、広さの割にものが少ないせいで、空虚さを感じる。 「空っぽの箱ね。他には誰もいないの? 『此処』なら、オドくらいの暮らしをしてる人は、『家族』を持つものだけど」 交友が苦手な人でも、地位や財産とそれなりの人格さえあれば、血縁や仕事の縁から、話を持ちかけられるものだ。

2015-02-15 22:51:15
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

空気の感触や部屋にあるものから、文明や文化の水準を推し量るのは、悪魔にはそう難しいことじゃない。 「その食事も、あなたが作ったものじゃないわよね」 自分で作るのなら、多種少量の料理を保存しておくよりも、食べる前に調理したほうが、手間と味と衛生の面で有利なのだし。

2015-02-15 22:51:20
人間《オド》 @fallin_odo

怪訝そうな顔で、声がした方を振り返る。 夢の中で見たのと同じ、赤い姿。 「あれはそういう夢で場所だったんだろう?」 レンジに今日の日付のぶんの朝食を放り込む。 「なら申し訳ないが私だけ頂こう。ああ、それから気楽に過ごしてくれてかまわん」 言わなくても良さそうだと思いつつも告げる。

2015-02-16 00:46:50
人間《オド》 @fallin_odo

家族、と言われて眉間に皺が寄るのが分る。 「一時期、妻はいた」 コップに牛乳を注ぎながら苦々しげに告げた。 「5年程前に『愛が感じられないのよこの仕事人間!』と言って出ていってしまったが」 青い目が少しだけ遠くを見る。 温め終わりの合図が空しく響く。

2015-02-16 00:48:55
人間《オド》 @fallin_odo

レンジから食事を取り出す。 オートミールが暖かく湯気を立てる。 「家事は全て人に頼んでいるからな」 椅子に座って、軽く祈りの動作をして食事をする。 「時間がないのもあるが、私より完璧にこなせる人物がいるならその人に任せた方が効率的だろう」 一匙掬って飲み込み。 「適材適所だ」

2015-02-16 00:49:54
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

「そういう夢で、そういう場所よ」 あっさりと幻想を現実に受け止めてしまう様子を見て、私は微笑み頷く。それは悪魔と関わる才能ともいえる素養だ。 「気にしないで。食べたくなったら買って食べるわよ。『此処』ではそういうのに不自由しないし」 言われずとも適当に腰を下ろして寛ぎはじめる。

2015-02-16 13:20:07
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

祈りの動作にはほんの少し不愉快を感じて眉を動かすけれど、ただの習慣に口を挟むことはしない。 「なるほどね。細君とあなたは、お互いに適材適所じゃなかったということかしら」 話を聞きながら、食事をする姿を眺める。粛々と作業じみて咀嚼と嚥下を繰り返す様は、とても楽しそうには見えない。

2015-02-16 13:20:14
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

「細君を取り戻したり、新しい伴侶を得ることは望まないのね。人間はよくそういう願いを持つけど」 人間が望むものは、ほぼ力と心のどちらかだ。心を望むものは大抵、自己に従属するものを願う。オドの願いも心を望むもので、本来なら私の得手なのだけど。 「そうじゃなく、対等の友達がいいのよね」

2015-02-16 13:20:19
人間《オド》 @fallin_odo

「なら何一つ問題は無いな」 そういうものだと割り切ってしまえばどこまで不可思議な事案であろうとも日常の一部でしかない。 「ならいい。取り繕うのも繕われるのも好まん」 気ままにくつろぐ赤色を視界の端にとらえながら、黙々と作業的に匙を口に運ぶ。

2015-02-16 20:07:33
人間《オド》 @fallin_odo

「そうだな。そうだったのかもしれん」 夫婦というものをそういう言葉で割り切るが正しいかは、男には分からないが。 「合わなかったんだろう。一応記念日を蔑にしたりはしなかったんだが、結局はどれも気に入られなかった」 肩をすくめて食事を続ける。

2015-02-16 20:07:46
人間《オド》 @fallin_odo

「妻に関しては――言い方が悪いが、世間では一定の年齢になれば結婚して家庭を持つのが普通だと。そう認識した上でしたものだった。互いにね」 深く望んだわけでは無く、ただの通過点。立てられた目標の一つなだけ。 だから頷く。 「そうだ、私は対等な友を望んでいる」

2015-02-16 20:08:45
人間《オド》 @fallin_odo

さしたる量もないそれはすぐに空になった。 「思うままに生きていても、世間が不自然だと見ればノイズが増える。離婚はしたが結婚したという事実は終えた」 だからいい。 空いた皿を流しに運び、水に浸けておく。洗い物はしない。 そしてそのままいつも通り、洗面所へと行き、歯を磨き、顔を洗う。

2015-02-16 20:11:41
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

「今はいなくても、事実があれば十分、と」 粛々と食事と身支度を済ませる様は、確かに人の生活風景であるのに、機械じみて見える。ことごとくの無駄が徹底的に省かれているからか。 「見たところ、あなたは執着心というものがない――というか、壊れているのね。細君が欲した『愛』に必要な部品が」

2015-02-16 22:28:45
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

愛と呼ばれる感情は、様々な情緒を組み合わせたもので、しかもひと通りではない。心を操るのが本文の私には、馴染みの深い造詣だけれど。 「あなたは、友達に何を期待するの?」 問いかけてから、少し考えて言葉を補う。 「あなたの友達は、あなたに対して何の役目を負うの、と言い換えてもいいわ」

2015-02-16 22:28:49
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

「友達というのは、多くの場合、生活基盤を共有せず、興味関心を共有し、互いに情緒への干渉を許す相手のことを指すものだけれど」 首を傾げる。耳飾りがちりと鳴る。どうにも私には、オドの求める友達の形が見えてこない。 「あなたは何をどう共有して、どこまでの干渉を、友達に求めるの?」

2015-02-16 22:28:54
人間《オド》 @fallin_odo

「事実があれば煩いのは減る」 ぺ、と口をゆすいだ水を吐き出してから簡潔に。 「部品が足りないなど心外だ! 私はロボットではないぞ!」 歯ブラシを洗って立て掛ける。 「だが、その愛とやらを人に与える方法は分らない」

2015-02-17 01:10:14
人間《オド》 @fallin_odo

部屋に戻って来てクローゼットを開ける。 中には皺ひとつない、似たようなスーツとワイシャツが並んでいる。 どれを着ようかと思って、ふと気がつく。 トリトマを見る。 ふむ、と考えてクローゼットの中にぱたんと入った。 着替えるにも十分な広さだ。

2015-02-17 01:10:54
人間《オド》 @fallin_odo

パジャマを脱いでワイシャツに腕を通す。 「私は知らない」 夢の中からずっと変わらぬ、不機嫌そうな男の声。 「幼い頃の話だ、勉強し親の期待に添い他人から称賛される。それだけで過ごしてきた。努力しただけ返ってくる物事というのは気分が良かったからな」

2015-02-17 01:11:20
人間《オド》 @fallin_odo

「だから友人などという存在は知らなかった」 プレスされて真っ直ぐなズボンをはき、スーツを着る。 「ある日小さな売店の前を偶然通りかかった時だ。自分と同じぐらいの子供が何人かでアイスを買って食べていた」 「人は誰かと難しいことも考えずに食べ物一つで、ああして笑える生き物なんだな」

2015-02-17 01:12:27
人間《オド》 @fallin_odo

ネクタイを結ぶ。鏡がないので多少曲がっているかもしれないが後で直せばいいと思う。 「私にはお前が言う友人の定義が合っているのかすらも分らんが、そうだな」 クローゼットの中から、着替え終わって出てきながら言う。 「私と一緒にアイスでも食べてくれて、仕事の愚痴でもこぼし合えればいい」

2015-02-17 01:13:16
悪魔《トリトマ》 @DemonKniphofia

ロボットではない、と憤られても、私は笑って首を傾げる。 「あら、有機生命体だって部品でできているわ。骨、筋肉、血管、血液、臓器、皮膚。『此処』の病院では、人間の部品交換だってしてるじゃない?」 クローゼットに篭って見えなくなった相手に向かって、隔てなど気に留めず話し、聞く。

2015-02-17 15:32:38
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