『鉄砲肩の殺し屋-スワローズ初の日本一の扇の要』大矢明彦小話

まとめました。
雑談
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
昔の名選手を艦娘が紹介する謎コーナー。 2回目は強肩・好リードでスワローズの初の日本一を支え、コーチ・監督して偉大な捕手、そしてベイスターズ38年ぶりの日本一の基礎を作ったこの方を紹介したいと思います。 提督「オッ」 pic.twitter.com/jzIoHMYgav
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
大矢さんは駒沢大学出身。大学時代は東都リーグで3度のベストナインを受賞しましたが1つ上の先輩に『ミスタータイガース』田淵さんがいたためやや地味だったようです。 1969年ドラフト7位でスワローズ(当時はアトムズ)に入団。同期には中日谷沢さん、南海の佐藤道さん、門田さんらがいます。
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大矢さんは一年目から正捕手に就くと自慢の強肩を駆使し、高い盗塁阻止率を記録していきます。年間盗塁阻止率5割を4度記録(この記録は田淵さんと古田さんのみ)、通算盗塁阻止率.433は古田敦也(.462)に次いで歴代2位の記録と歴代でも最高クラスの強肩でした。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
また、それまでの捕手像とは違った細身の身体に甘いマスクで捕手にしては珍しく女性ファンの多い方としても有名だったそうです。 ちょっと今の流行りとは違いますでしょうか・・・? pic.twitter.com/eHnLXGJkB9
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ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
大矢さんはリードに関しても非常に評価が高く投手陣から絶大な信頼を得ていました。 それもそのはず2年目の監督は名将広岡監督で外野のフェンスの渕を永遠とリード論について熱く語る広岡監督の後ろを打撃練習の時間を割いてまでメモを取りながら歩いていたそうです。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
またヘッドコーチにはV9時代のジャイアンツの扇の要であり、後に名将として自身の後のベイスターズの監督に就任する森祇晶さんがおり、名捕手が誕生する下地は十分にありました。 なお、徹底した『管理野球』を行う広岡監督と森コーチへの反発は凄まじい物があったようですが・・・
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
創立26年目を迎えるもまだ一度も優勝が無い1978年のスワローズでしたが、この年は『小さな大打者』若松さんや『月に向かって打て』で有名な大杉さんらクリーンナップが爆発、投手陣もエース松岡さんや安田猛さんが奮起し、前半戦を首位で折り返します。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
しかし、夏場に失速、8月後半にV3を目指す長嶋ジャイアンツに4G差を付けられ優勝への道が遠のいていきます。 やはり、優勝は難しいのか。 そんな空気が蔓延していたナインを奮起させたのはヤクルト後援会のこんなありえない一言でした。
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『ジャイアンツに勝つとヤクルトが売れなくなるから優勝しなくていいわ(笑)』 この言葉に激怒した大矢さんらスワローズの中心選手は奮起し、その年のセ・リーグ優勝を決めるのでした。大矢さんはこの年のベストナインに選ばれています。
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またこの年のスワローズは『開幕から129試合完封負けなし』という記録を持っています…試合数が『130試合』の時代なのでいかに凄い記録かわかりますね。ちなみに最終戦で阻止した投手は後にカープの黄金期を支える大野投手でした。 セ界の火薬庫、はこんな時代からあるのですね・・・
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
さて、1978年の日本シリーズ、パ・リーグは82勝39敗9分という圧倒的な成績でV4を達成し、V9時代のジャイアンツを彷彿とさせる阪急ブレーブスとの戦いでした。 大エース山田久投手や福本選手らを中心にGG賞を1塁手以外すべて独占するなど圧倒的な戦力をもったブレーブス。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
一方、若松選手や大杉選手、マニエル選手ら強力なクリーンナップを持つものの防御率2点台の投手が不在、外野守備にも不安があり、戦前の評価はブレーブスのジャイアンツ以来の4連覇待ったなし!と誰もが思っていたそうです。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
しかし、シリーズに入ってもスワローズ打線が落ち着くことはなく、シリーズは第7戦までもつれ込むことになります。 その運命の第7戦。先制点はプッシュバントで出塁した大矢さんが後続の内野安打の際に相手選手が抗議に入ろうとした一瞬を見計らってホームを強襲するという何とも泥臭いものでした
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さらに、6回裏に大杉選手の放った本塁打はポール際ギリギリのホームランになりこれに講義したブレーブス上田監督の抗議は1時間19分にも及びました。これは現在でも日本シリーズ史上最長の中断時間となっています。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
これ以上点差を広げられないブレーブスは大エース山田久投手を7回から投入。最後の望みに繋げようとしますが8回裏に前の打席で『疑惑のホームラン』を放った大杉選手が文句なしの一発を放ちスワローズ初の日本一を決定づけました! youtu.be/PFXWZkeYr5U
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これがその時のホームラン。山田久投手の失投を両リーグ200本塁打にあと1本で引退した大打者が見逃すことはありませんでした。 大杉勝男 正真正銘文句なしのホームラン: youtu.be/PFXWZkeYr5U @YouTubeさんから
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初の日本一に輝いたスワローズ。それまでの徹底した『管理野球』の下、鬱屈していた感情をプレーにぶつけた選手たちの喜びの輪ができあがります。優勝後、報道陣の前で涙をこらえられない若松さんと大矢さんの写真です。 pic.twitter.com/HZjhST4rer
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その後、同期入団であった元祖がに股打法こと八重樫さんの台頭もあり、コーチ兼任となり1985年限りで引退。スワローズの初の日本一とその類まれなる強肩、好リードでスワローズ投手陣を支えた名捕手は惜しまれながら神宮をあとにしました。 pic.twitter.com/CN1l78GfnH
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その後、しばらくは現場から離れていましたが1993年にベイスターズのバッテリーコーチに就任。そこで自身を超える才能を持った若手捕手と出会い、球史に残る大捕手に育て上げました。 pic.twitter.com/OOIraABgWa
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高卒1年目から積極的に起用されていた谷繁選手。大矢さん以上の強肩と強打を武器にしていましたが粗末なリードやインサイドワークが原因でなかなか正捕手になるまでには至りませんでした。 しかし、外野手だった選手を捕手にコンバートさせるなど谷繁選手に緊張感を与えるなど辛抱強く育て上げました
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その後の谷繁選手の活躍は皆さんご存知のとおりです。かつては『ムーニーマン』と呼ばれ、某投手から名指しでバッテリー拒否されていた谷繁選手は通算出場記録2位、そしていよいよ野村さんの記録を超えようとする大捕手へと成長していきました。大矢さんの功績の一つでしょうね。
ベイ山城さん@2019シーズン復帰 @Bay_yamashiro
1996年より監督に就任。それまで遊撃手だった進藤選手をニ塁へ、三塁手だった石井琢選手を遊撃手へ、セカンドだったローズ選手を3塁へ大胆なコンバートをさせるなどその後のベイスターズ優勝への基礎を作っていきます。
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1997年にはあと1歩のところで優勝を逃し2位。優勝はかつて自分が所属した野村ID全盛のスワローズでした。 優勝へあと1歩。しかし、フロントは大矢さんとの契約続行を望まず、ファンと選手たちが惜しむ中、横浜スタジアムを去りました。その翌年ベイスターズは38年ぶりの優勝を果たします。
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広岡さん・森祇晶さん→大矢さん→谷繁選手へ繋がる名捕手の流れはきっと谷繁選手が次へ繋げてくれるでしょう。 名捕手の血が絶たれることがありませんように。 以上、大矢明彦さんの小話でした。 pic.twitter.com/pbvdSmKlxl
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