船に乗る話/④ 洞窟の中の女

延々女が独白する やたら手こずった話 http://togetter.com/li/75693←前 次→まだ
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altana @altana

あの子が泣き始めると二人きりの家はその泣き声で一杯になって、私は子供を抱えて家の中をふらふら歩き回ったわ。おかしなことだけど私は自分の子供の考えていることがいまいち理解できなかったのね。普通の母親は何か霊感のようなものでそういうことがわかっていたそうだけど。 #twnovel

2010-12-13 19:07:14
altana @altana

私他人のことはすぐに理解する自信があったのよ。自分がどう動けば相手が気持ちよくなるか、相手がこう言ったらこう返せばいいかなんて、すぐに理解できたわ。でもあの子がぎゃあぎゃあ泣いているのは何故かなんて解らなかったし、言葉が話せるようになってもそれは変わらなかった。 #twnovel

2010-12-13 19:08:24
altana @altana

そうやってぎゃあぎゃあ泣いているのを見ると、この子は結局の所そうやって私をこの家に拘束するためにそうしているんだろうという気分になって、あの子が夫から派遣された私への監視役のように思えたものよ。実際あの子の目玉のぎょろりとした所なんてあの人にそっくりだったわ。 #twnovel

2010-12-13 19:10:21
altana @altana

あの人は家に帰るとその目玉でぎょろぎょろと私を閉じこめているその家をじっくり観察しているの。そのくせ私のことにはたいして興味も持たないんだわ。私がその日掃除していないと不機嫌に私のことを見下すのよ。けれど何にも言わないの。今日のご飯なに?なんてとぼけてるの。 #twnovel

2010-12-13 19:12:07
altana @altana

その六階建てのマンションは台所とキッチンと居間が繋がってて、それだけで昔住んだ独り暮らしの部屋をすっぽり包むような広さなの。私は掃除機を使って毎日その面積を測り測りしていたわ。毎日やるものだからどこを掃除してどこをしなかったか時々わからなくなっていたものよ。 #twnovel

2010-12-13 19:16:35
altana @altana

マンションのエレベーターの前にはちょっとした広場があって、そこで毎日近所の主婦達と世間話したわ。彼女達は皆男性アイドルのファンをやっていて付き合いでライブに連れていかれて。おかしなことなんだけど毎年応援する所が変わるから、皆色んな人達のグッズを持ってるのよね。 #twnovel

2010-12-13 19:18:37
altana @altana

学生の頃からそうだったけど、そういう色々に移り変わっていくものを回りに合わせて好きになるのには飽々していたし、私は私だけが持っていられる、もっと特別な何かを求めていたのよ。それがある限り私は私でいられるような、主柱のような存在を求めていたの。 #twnovel

2010-12-13 19:21:01
altana @altana

学生の頃には私は向こうから告白されてすぐに彼氏が出来たわ。彼に愛情を注ぐことが私の何かを確固としたものとしてくれるんじゃないかと思っていた。でもセックスをしてからはその考えは変わったわ。私は一月も経たないうちに他の男を作ったし、それもまた長くはなかった。 #twnovel

2010-12-13 19:22:21
altana @altana

彼が私の中に入ってきた時に、私は私の体の中にあるとても広い洞窟に気づいたの。それは彼が入ってくると同時にそれを中心として、大きな響きを伝えるのよ。響きは時間が経つごとに反響していって、だんだん外の世界のことがわからなくなって、全身が響きと一緒に振動を始めるの。 #twnovel

2010-12-13 19:24:39
altana @altana

その響きは人によってそれぞれ異なった音色を持っているの。私は沢山の男達が私の洞窟を通っていくのを感じて、ここが私の居場所だと感じ始めたわ。でも彼らは洞窟を通り過ぎていくとやがていなくなってしまったわ。そうすると洞窟は本当にただのがらんどうになってしまうのよ。 #twnovel

2010-12-13 19:26:00
altana @altana

私はその響きをずっと私の中にとどめておきたかった。それで一番いい音色のする彼と結婚しようと思って、避妊をやめたり奥さんに電話したりして、私は彼を追いつめて罠をはってあの洞窟に閉じ込めようとしたわ。結局結婚は出来たけど私は仕事をやめることになった。 #twnovel

2010-12-13 19:27:13
altana @altana

それで家に一人になってみると、閉じこめられたのは私の方だったと気づかされることになった。私はがらんどうの家で独り家事をするだけの生活で、私の洞窟には夫さえもやって来ることが少なくて、そのたった一つの音さえ忘れそうになった。おまけに私は妊娠していた。 #twnovel

2010-12-13 19:28:43
altana @altana

子供と初めて対面した時も私は一体これが私の子供なんだろうかと不思議な気分になった。何だか私に似てない代わりに今まで会った沢山の男達に少しずつ似ているような気がした。彼らの響きを聞けない今はその類似さえも忌々しくて、初めはどうしても好きになれなかった。 #twnovel

2010-12-13 19:30:37
altana @altana

子供を産むと私はぶくぶく太り始めた。これも夫が他の男に会わせないようかけた呪いであるような気がした。彼は私の生活に細かく注意して、できる限り男と会わないように仕向けていった。実際子供を家に置いていくことは出来ないし、私を支えていた美しさも次第に失われていった。 #twnovel

2010-12-13 19:32:09
altana @altana

私は外の世界の残梓をこびりつけて帰ってくる彼が憎らしくて口の中でぶつぶつ言いながらもしかしそれが羨ましくて羨ましくて仕方なかった。彼は私の洞窟の隅々まで灯りを照して他の男の居ないことを調べていくけれど結局彼に逆らうことは出来なかった。空洞は余りに寂しかった。 #twnovel

2010-12-13 19:33:26