【メモ用】芝村さんのパルマダの話(完了)
学校の教育は間違っている。怪我している時は別よ。多分。今私が決めたんだけど。いいからほら、膝の上に。 "ちゅ……あー。お嬢さんそれは流石にどうでしょうか。いささかサービスのし過ぎかと思うんですが"
2015-03-06 14:02:55私は無視した。彼の額を覗き込む。似てる。髪の分け目まで似てる。 結構血が出てるわ。どうしたの。 "……凶暴な女にやられた" 私は彼を派手にはたいた。前席の軍曹が叫んでいる。 "なんてことするんですか。相手は子供ですよ!!" 10時間先がどうこう言ってた癖に。
2015-03-06 14:03:56うるさい、黙れ。遺憾だわ。手が滑ったのよ。 殴ってしまったユーイチローにしか見えない小学生を片目で睨む。 彼は私を冷静に見ていた。恐れる様子もなく、敵意を持つでもなく、冷静な目。昔からそうだった。何も変わってない。いや、違う。あれから15年は経っている。
2015-03-06 14:07:11何も変わってないのがおかしい。 何故ここに? ここに子供が遊ぶ場所なんてないでしょ。 "この街には猫がいない" 発作的にまた殴ろうとして前席の軍曹が銃を構えるのが見えた。ベルギーの拳銃。 軍曹、自分が何をしているか分かっている? "分かっておられないのは中尉、貴方です"
2015-03-06 14:13:42落ち着きなさい。 "落ち着くのは中尉、貴方だ" 軍曹は突然天使が肩にでも乗ったかのような顔をしている。 まあ、どんな軍隊でも汚い仕事をさせると一定数こういうのは出る。 建前は大切だ。だが今は邪魔でしかない。 軍曹を射殺しようとしてユーイチローが私の銃を掴んだ。
2015-03-10 11:12:29"やめた方がいい" 子供に何が分かる。 "分からない時はまず考えるべきだ" 自分を棚に上げて何を。あんた猫がいないとか言いながらふらふら歩いてたでしょ。 うっかりなのか、記憶が混濁している。目の前の少年がユーイチローであるように、私は文句をつけていた。ずっと言いたかった事だった。
2015-03-10 11:13:28軍曹を見て溜息をついて見せる。冷静になったという意思表示。 この子を隣町の病院に連れて行くわ "了解です" "病院より家に帰りたい" 私は昔の仕返しに、ユーイチローの言葉を無視した。 隣町が一番いい。この街の病院も悪くないけど獣医兼業だし、何よりもうすぐ戦場になるから。
2015-03-10 11:13:57ユーイチローを膝の上に抱いて車に乗っていると、彼が酷く恥ずかしそうにしているのに気付いた。 楽しい。 ものすごく楽しい。 勝った気になる。 名前を聞こうかと思ったけど、その気がなくなってしまった。この子はユーイチローでいいわ。どうせもう会わないし。
2015-03-11 12:05:27彼を病院に叩き入れて、時計を見れば8時間後に迫っていた。各地から同志が集まってきているのは間違いない。 さて。パルマダに帰りましょうか。軍曹。 "あの少年に変な事はしてないでしょうね" ルームミラーでチラチラ見てたでしょ? "見てました。見てましたが肝心な所は見てませんで"
2015-03-11 12:06:24人手不足で良かったわね。銃殺してたわ。 "自分はもっと早く確認すればよかったと思っております" 唐辛子が人の形になっているお前らと一緒にするなと思ったが、黙った。カーラジオではミラノで大規模な爆発事故というニュースが入って来ていた。
2015-03-11 12:07:01仕損なったのか、それとも作戦は失敗か。 "早いですね" そうね。良くない兆候だわ。 "逃げますか?" いいわね。イタリアが奴らに支配されてないなら、喜んでそうしていたわ。 とはいえ、命の投げ出し方はある。
2015-03-12 15:13:34ミラノの本隊が先んじてやられているのなら、パルマダでの陽動作戦は無駄になる。 無駄死には避けたい。 どうする。どう動く。 時計を見る。まだ時間はある。 車内のラジオに耳をそばだてながらパルマダに戻る。戻った頃には夕暮れだった。
2015-03-12 15:14:03見慣れた何もない山の上の街に幾つもの煙が上がっている。車を止めて、双眼鏡を覗いた。 奴らが街中で私の同志たちを長い剣で殺して回っている。拳銃や機関拳銃ではあの滑らかな皮膚にも傷はつけられないみたい。
2015-03-12 15:14:44化け物ね。 呟いたら双眼鏡越しに相手と目が合った。1㎞は離れていると思うけど、意味はなかったか。 まあ、バスはもう出てないだろうし、どう転んでもユーイチローは死なないだろう。 そう考えると心は軽くなった。 復讐もしたし、人生はそんなに悪くもなかったわね。
2015-03-12 15:15:27見つかったわ。 "逃げますか" そうね。どうせ追いつかれるにしても、街に被害が出るのは避けましょう。 街を破壊して陽動するつもりがあべこべになった。奴らは非常識な速度で車に追いついてくる。 それは少年の形をしていた。
2015-03-12 15:17:12それは少年の形をしていた。 "来た、スパーダだ" 笑いながら走るそれは、誰も見たことのない見目麗しい姿を豹変させて、酷く大きな口を開けて笑っている。 "無駄だ。人間。時間稼ぎにもならぬ" 私は窓越しにP90を連射した。窓ガラスの穴を手で押し広げ、更に撃つ。
2015-03-13 13:29:22拳銃弾よりはるかに初速が速いこの銃ならと思ったが、スパーダは左手を変形させて盾にした。まだ笑い続けている。 見れば目の前に別のスパーダ。 車を正面から受け止めてひっくり返した。 世界が回る。意識が飛ぶ。
2015-03-13 13:30:13軍曹を左手で引いてひっくり返った車から出る。火災にはなってないが気化した油で目がしみる。 目の前に二つのスパーダがいる。 "無駄だと言った。お前がどうするかは分かっている" 私はガムを吐いた。スパーダは避けもしない。頰についたガムが落ちていく。
2015-03-13 13:31:33あら、予想出来てないみたいだけど? "前は手榴弾で自爆していたが" スパーダの一つが、黒目ばかりの目を虫のように動かした。 "今度は違うな" "何が起きた?" 知るか。そんな事。 手榴弾という手があったか。もう遅いけど。 至近距離で撃った。弾倉空にして死にたい。
2015-03-13 13:32:25"先の情報は完全だったはずだ" "我々以外にもいるということか" 全部撃ち切った。スパーダは笑っている。 "この女に聞かねばなるまいな" "何処まで耐えられるかな"
2015-03-13 13:33:44自殺分の弾を取って置くんだった。 バカね。私は、本当にバカだ。 昔からバカだった。男運なかったし。 格闘を仕掛けようと跳び上がった。 その瞬間に地面に転がる。蝶かなにかのように、細い剣が私の胴体を貫いている。
2015-03-17 13:34:08それでも目は瞑らない。スバーダ共に、憎しみの視線をくれてやる。 脚先に鋭い痛みが走った。血と皮と肉が舞った。 "脚の指先からミリ単位で切り刻んでやろう" "助けは来ない"
2015-03-17 13:34:29"いいや、来るさ" 痛そうに頭を抑えながら、メガネの少年が山道の下からひょっこりと姿を現した。 腰のベルトに二本、30㎝くらいの木の棒を挿している。 "正義の味方って奴は、その気になれば、どんなところからでも生まれるんだ" 私は逃げてというどころか、思わず痛みまで忘れた。
2015-03-17 13:35:51やっばりユーイチローだ。 何処から? "病院に連れて行かれたあたりから。正義の味方は生まれたのさ" どうやってきたの。 "二本の足で" 車で二時間を? ユーイチローは曲がりくねった山道を見下ろした。 "真っ直ぐいけば、それ程じゃない"
2015-03-17 13:36:26ユーイチローは二本の木の棒をベルトから抜いて構えるでもなく、ゆらりと下ろした。普通に歩き出す。 "もういいから休んでろ。そこの坊や共、未来からは助けは来ないぞ。諦めて戦いに来い" スバーダ共が身を捩じらせた。腕を剣にして長く伸ばした。 "ただの人間が"
2015-03-17 13:38:44